31 ファンタジー種族と言えばエルフとドワーフ

 馬車に揺られて数十分。

 私達は、街外れにあるこぢんまりとした工房に到着した。カンッ、カンッ、とTHE・鍛冶屋な音が聞こえて、最近慣れてきたと思っていたはずのファンタジーな雰囲気に、私は目を輝かせた。


 しかし、騎士団お抱えの鍛冶屋なのだから街中にあってもおかしくないと思っていたのだが、こうして工房から聞こえてくる音を聞くと、こりゃ騒音問題があるから街中には構えられないな、と納得する。煙突からは延々と煙が立ち上っているし、騒音だけでなく、煙も問題になりそうだ。


 ジュリアは勝手知ったる我が家の如く慣れた様子で工房に入る。私も少し緊張しながら、モズに「ほら、行くよ」と声をかけて中に入った。


 奥には一人、音の主だろう半裸のドワーフの男性が、一心不乱に鎚を剣の形になりつつある金属の塊に打ち付けている。ドワーフは立派な髭があるから年齢が分かりにくいこともあるが、種族柄背が低いものの筋骨隆々で、後ろ姿だけを見れば若々しい印象を覚えた。


 ドワーフは旧人類にあたる種族の一つだ。外見はファンタジー作品によくいる、筋骨隆々で小柄、そして男女ともに髭があるというオーソドックスなもの。

 しかしエルフとは違い、汎人よりちょっと長いくらいの寿命で、新人類との繁殖は不可能なためか、現代にも定着している人種であるものの独自のコミュニティを築いて暮らしている。

 同種族同士の結束は固い反面、多種族に対し排他的で、故に「ドワーフは偏屈で頑固者」という印象があるらしい。


 という所まで脳内で思い浮かべて、これがチート性能由来の追加知識だということに気が付く。こんな細かい設定までは流石に知らないし、プロスタのファンタジーシリーズでも出てこなかった情報だ。

 どうやら旧人類の時代の情報は、私の持っているものだけではやや知識不足らしい。知らない情報が当たり前のように脳裏に浮かんできてちょっと怖かった。

 これがクトゥルフ神話TRPGだったらSAN値が1か2くらい減っていただろう。


 ともあれ、彼のように新人類のコミュニティに属するドワーフは非常に珍しく、恐らく新人類からも、同胞からも変人だと思われていることだろう。


 ちなみにファンタジー世界ではエルフとドワーフが仲が悪いという設定が定石だが、この世界でのドワーフはエルフとの仲は悪くなかったらしい。

 一緒に箱舟に乗って新時代を迎えた仲間だからだろうか。


「アルヴィン、少し良いか?」


 返事は無い。規則正しい金属音を鳴らし続けるだけだった。


「アルヴィン! 客だ!」

「聞こえとるわい」


 声のボリュームを上げて再度ジュリアが声をかけると、仕方が無いとでも言いたげな声色で返事を返した。しかし作業の手は止めず、振り返る様子はない。

 ジュリアは肩をすくめて「終わるまで待たないと駄目そうだ」と言った。


 まあ、そりゃそうだろうと一人納得する。一度熱を入れた鉄を叩くなら、一区切りつくまでやりきらないと、その鉄はくず鉄になってしまうだろう。


 幸い作業は佳境にさしかかっていたようで、十分もすれば区切りがついたようだった。

 雨にでも降られた後のように汗でぐしょ濡れになった体を拭きながら、アルヴィンという名前らしいドワーフの職人は、工房の入り口で待っていた私達に声をかけてきた。


「で? 公爵んとこのお嬢さんは、何の用で来たんじゃ」


 彼のしかめっ面を見て、集中力の要る作業の最中に声をかけられて不機嫌になっていないだろうかと一瞬思ったが、声色はそうでもなさそうな雰囲気だ。


 一仕事終えたからか少し疲れた様子で、元の世界では夕方か夜の街でよく見かける月曜日のサラリーマンと同じ、まだ体力は残っているけど目新しい刺激があるわけでもないので代わり映えしないつまらない毎日を仕方なく過ごしているような雰囲気をしていたので、無意識に「お疲れ様です」と頭を下げてしまった。


「彼女に合う武器を見繕って欲しいのと、この少年の剣を直して欲しい。それともう一つ、新しい武器の提案があってな」

「トワと申します。本日はよろしくお願いします」

「……」

「こらモズ、よろしくお願いしますは?」

「……」


 モズは無表情に無反応と無言のまま、私の服の裾を握る。無の三連コンボに、私はアルヴィンさんに失礼をしてしまったと内心焦った。


「すみません、この子人見知りで……」

「構いやせん。わしゃあ武器に関わって、ついでにそれで報酬を貰えれば、どういう態度をとられようがどうでもええわい」


 その言葉通り大して気にしていない様子で一安心したが、それはそれでコミュニケーションに難がありそうな人物だと感じた。

 腕は良いのだろうが、自分の興味のあること以外は一切の興味が無さそうな辺り、そのうち作業に集中しすぎて寝食を忘れてポックリ逝ってしまいそうな人であるし、技術はあっても弟子とか取らなさそうだから、代替の利かない人材となってしまっている。もし彼に何かあったらこの工房は大丈夫なのか、と要らぬ心配を抱えてしまった。


「トワ、モズ。紹介しよう。彼は我が軍の武器制作、及び調整を担当しているアルヴィンだ」

「ほれ、とりあえず剣から見せてみい」


 急かすように催促されて、慌ててモズから預かっていた刀を渡す。

 刀を手にした瞬間、くたびれたリーマンのような顔つきが鋭くなり、職人の顔になる。きっと、作業の最中もこんな顔をしていたのだろう。強面が更に凶悪になった。


 鞘から刀身を引き抜き刀身を見て、開口一番、眉をしかめて「うわあ」と悲鳴のような小さな呟きを漏らした。一般人の私から見ても酷い刃こぼれをしている状態だし、その道のプロが見たらそりゃこういう反応になるだろう。


「こりゃあ酷い。わしは何度かカタナを見たことがあるが、こんな酷い状態のは見たことがないわい。何をどう扱ったらこんな状態になるんじゃ。ふむぅ、しかも大分前からこの状態か……今まで折れなかったのが奇跡じゃな」

「あんまり自分のものに頓着しない性格の子でして……」

「これは直すより、鋳潰して打ち直した方が早いのぉ。しっかし飛花の変態職人共め、何を思ってこんな作り方を……」

「そんなに難しいのか? 見た限りだと、少々特殊な形状なだけで、特別な素材も使って無さそうだが」

「折り返しの回数が異常なんじゃ。一体何を思ってこんな手間暇を……ム、あまりにおんぼろで気づかんかったが、研ぎもなんじゃこれ。いや気持ちはわからんでもないが、ここまでする必要があるか? 変態共の執念を感じるのぉ」

「刀の折り返しって確か基本的に十回らしいですけど、実は二回だけでも良いらしいですよ。回数が多いのは伝統というか、そうすることによって品質が良くなると思われていたからかと」


 効率的に作業をしてもらうためにと思って、科学でサバイバルな週刊少年誌漫画で得た知識を伝える。

 だが、私が思っていた反応とは違い、アルヴィンさんは厳つい髭面に綺麗な小石を見つけた少年のような表情を浮かべて私を見上げてきた。先程までのくたびれた表情はどこへやら、どこか、いや、見違えるように生き生きとしているように見える。

 ちょっと可愛い。いや割と可愛い。汝は受け。筋肉と髭は受けって私の中での相場は決まっているんだよ。

 いや、私というモブおじさんの心の前では男キャラなんて基本全員受けだけど。


「汎人の嬢ちゃん、見た目によらずイケる口かの?」


 あ、この反応知ってる。元の世界に居た時によく見かけた。

 これはアレだ。オタクが自ジャンルに興味を持った別沼のフォロワーに布教しようとしている時と同じ反応だ。


 どうやらアルヴィンさんは職人というより、武器オタクと言った方が正しい性質のようだ。

 強面の職人という表面属性のせいで無意識に近寄りがたい印象を抱いていたが、そんなイメージは払拭され、一気に親近感が湧いた。


「花の三十歳なので嬢ちゃんはやめて頂けると……」

「おお、すまんすまん。飛花人は見た目で歳が判別できなくての。それで、カタナに詳しいのか?」

「そこまで詳しいわけじゃないですけど、大まかな作り方は知識だけならありますよ」


 とはいえ、刀のジャンルに足を突っ込んだ時に履修したり、科学でサバイバルな週刊少年誌漫画で仕入れた程度の知識しかないが。

 だが一般人な私が触り程度でも鍛刀知識がある事が疑問に思ったのか、ジュリアは真顔で私に問いかけてきた。


「トワ、君は一体何者なんだ?」

「日常生活で使わない知識を無駄に知ってるだけの一般人です」

「ねえちゃんはおいより賢いんじゃ。知らん事があるわけなか」

「モズ? 私は雑学知識が豊富なだけで、全知全能なわけじゃないからね?」


 表情は変わらず無表情のはずなのに、何故かドヤ顔だと分かる顔でモズが謎の自慢をする。

 なんか私に心酔してるみたいに感じるんだけどやめて? 私一般人よ?


「で、汎人の嬢ちゃん……じゃあなかったの。トワだったか、お前さんの武器じゃな?」

「ヒョエッ!? お、驚くんで触るなら一言言って……ってモズストーップ! 待て! ステイ! 大丈夫だからそのまま待機してなさい!」

「アルヴィン……前から言っているが、必要な事とはいえ、相手の承諾無しに無遠慮に他人の体に触れるのは如何なものかと思うのだが」

「おお、すまんの」


 アルヴィンさんは一言も断りを入れず、ガシガシモミモミと私の腕やら足やら背中やらを触ってきた。

 一切性的な感じはしないから良いものの、驚いて変な声を出したし、モズは射殺さんばかりにアルヴィンさんを睨んで今にも襲いかかりそうだった。セクハラ云々よりモズの殺気が怖すぎィ!


「ふうむ、姿勢が悪いのぉ。膂力もさほどでも無い。姿勢はどうとでもなるが、膂力が女で普通となると、軽い武器の方がいいじゃろ」

「彼女は一時期カタナを習ったことがあるそうだ。少しだけ素振りをしてもらったが、悪くなかったぞ」

「なら斬る事に特化した剣が良いじゃろう。基礎のあるなしは、極めるなら大きな差になるからのう」


 乱暴な触診? で私の身体能力的なものを悟ったのだろう。顎髭を手櫛で梳きながら何かブツブツと唱えながら一度工房の中に入ると、一本の刀剣を持って帰ってきた。


「良さそうなモンと言ったら、これかの。ほれ、抜いてみい」


 言われるがまま、鞘から刀身を引き抜く。

 実用性しか考えられていないシンプルなデザインのそれは見た目より軽くて薄い刀身で、刃渡りは60cmくらいだろうか。脇差しくらいの長さだが、その刃は反りが無く真っ直ぐで、日本刀より幅広だ。


「これは……マチェット、ですかね?」

「農具じゃないか!」

「なーにを言っておる。立派な武器じゃろ。そう作った」


 ジュリアのツッコミに、アルヴィンさんはしれっと答える。

 私からしてみれば立派な武器、というかホラー映画なんかでよく見かける凶器だし、確か現代の軍でも採用されているものだったはずだ。軽くて扱いやすいし、取り回しも良さそうだ。


「ねえちゃんは刀使わんのか?」

「流石に私に刀は重いかなぁ。これくらいのが丁度良いよ」

「じゃあおいもそれ使う」

「使い慣れたものを使って、頼むから」

「良いのかトワ、それで……。短剣ならもっと良いのがあるだろうに」

「断言しますけど、私の性格と運動神経じゃ、相手の懐に潜り込んでヒットアンドアウェイなんて無理です。もちろん真正面から攻撃を受け止めるのも。非常時に最低限使えりゃ良いんですよ」

「そ、そういうものか……?」

「それに、ほら。例のアレをメインウェポンにしようと思っていまして」


 私の言葉に、アルヴィンさんが目を輝かせる。


「おお、そういや新しい武器と言っとったな。もしや、それか?」

「そうです。それです。弓や剣よりよっぽど養成が楽で、非力な一般人程度の身体能力でも一級品の戦闘力を手軽に手に入れられる、新武器ですよ」

「モノはあるんか?」

「デザイン画だけだが、是非見てほしい」


 ジュリアが私から預かっていた銃のイラストを渡す。


「どれ。……なるほど、メイファの火筒のようなもんじゃな」


 メイファは中華ファンタジーな国の名称だ。原作にはメイファ出身のキャラが居る程度で、国の描写はされていない。前作での情報もあまり無いので、詳細は残念ながら知らない。


 だが、メイファでは鉄砲のような武器があるようだ。デザイン画を見ただけで「似たようなもの」と言う辺り、鉄砲の類いで間違いはないだろう。

 流石武器オタクの職人、マイナーらしき武器の知識もあるとは。


「それより進化し洗練・小型化されたものですね。作れそうですか?」

「構造は分からんのか?」

「専門家じゃないのでそこまでは流石に。大まかにしかわかりません」

「そうか。ん、これは何じゃ」

「ああ、それが弾丸ですね。これを撃って攻撃する武器なんですよ。空気抵抗を減らすためにこの形状になっていて、用途によって形状が少し変わってくるんです」

「と言うと?」

「円柱型の弾丸もありますし、銃によっては小さな弾丸をばら撒くように撃つ散弾銃とか、その散弾銃で比較的遠距離を狙うために使うスラッグ弾とかあります」

「矢より手間暇がかかりそうじゃな」

「実際弓矢よりはコストがかかるでしょう。ですが銃は最悪、弾が尽きたり故障で撃てなくなっても、金属で出来ていますから鈍器として使えます。何なら銃剣をつければ刺突攻撃も出来なくはない武器ですし、取り外して銃剣をナイフとして使うこともできます」

「短剣付きの遠距離武器、あるいは射撃と殴打もできる槍の代用とな」


 実際の所、銃剣は現代の軍隊では廃止されてたりするのだが、実用性に関しては言わないでおく。


 だってかっこいいじゃん。銃剣のついてる銃って。

 私は基本的に性能で物を選ぶが、ロマンがあるならそれを捨てきれないタイプなのだ。


「弓と比較したメリットは、段違いの弾速と威力、そして取扱の容易さ。デメリットは、曲射が出来ないこと、発砲音が大きいので静粛性に欠けること、そして何よりコストの重さですね」

「面白い武器じゃのお」

「どうだアルヴィン、創作意欲が湧いてきたんじゃないか?」

「弓にとって変わりそうな代物じゃ、心躍らぬわけがなかろう。それに最近は同じ剣しか作れなくてつまらなかったからの、久々に刺激のある仕事が出来そうで腕が鳴るわい!」

「だろう? アルヴィン、君の腕を見込んで、この未知なる武器『銃』の作成を依頼したい」


 ジュリアの言葉に、アルヴィンさんは悪戯っ子のような笑みを見せる。


「んなもん言われなくっても作っとったわ。公爵のお嬢さん、わしに任せんさい」

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