29 戦う手段

 モズと主従の関係になってから、一週間。

 私はとある用事から、ジュリアの屋敷に訪れていた。


 私は悪役令状モノの小説でよく見るような執務室と、ふっかふかで座り心地の良いソファーに感動しながら、私は静かにジュリアの説明を聞いていた。

 モズはつまらなさそうに話を聞き流していて、自分のことだというのに興味が無いようだった。


「――と、いうわけだ。これで手続きは終わりだが、質問はあるか?」

「いえ、特には」

「そうか。なら、後はこの書類を渡して終わりだ。……それにしても、被害者全員が奇跡的にろくでもない経歴の者達ばかりだったのは、運が良かったな」


 書類に目を通しチェックしてから判子を押して、ジュリアは言う。


「奴隷商人、暴行罪で逮捕歴のある冒険者、詐欺師……殺人を行ったことは事実だが、相手が相手なこともあって酌量の余地有りと判断された。流石にしばらくは犯罪奴隷のままだろうが、十年もすれば自由の身になれるぞ」

「ジュリア様、それって裏で何か手を回したりとかしました?」

「私がそんなことをするような性格だと思うか?」

「身内思いな方なので、まあ」

「なればこそ、法に従って罪を償って欲しいと思うよ、私は」

「……だってさ、モズ。良かったね、ほんのちょっとだけど罪が軽くなって」

「おん」


 さして感情を動かした様子も見せず、モズは適当に答える。罪の重さは、彼にとっては左程重要ではないようだった。


 モズに関する書類の控えを受け取り、折れたりしないよう木製のケースに入れて鞄にしまう。

 これで、モズの奴隷化やその所有権、罪状に関する手続きは全部終わった。


 ただ、今日の用事はこれだけでは無い。

 ジュリアが紅茶で喉を潤したので、私も一口、二口といただく。この世界でのお茶と言えばハーブティーで、紅茶は貴族等の上流階級が飲むものだ。

 貴重になってしまった紅茶の味を存分に堪能してから、私はもう一つの本題を切り出した。


「それで、最初にも言ったんですけど、私、戦い方を教わりたいんですよ」


 私の言葉に、ジュリアは眉間を押さえて大変難しい顔をする。顔が良い人はどんな表情でも顔が良いんだからずるいよなぁ。


 一応、便宜上は「モズに襲われて自身の非力さを実感した、だからせめて自分の身を守れるようになりたい」と伝えている。本音としては「良い機会だしそろそろ戦い方を身につけたい」だが。


 モズという近接つよつよショタを仲間にしたものの、自信が戦えなければ戦場ではただのお荷物同然。

 それにいくらモズが強いとはいえ、子供を戦場の矢面に出すのは些か、いやかなり気が引ける。

 ゲームをプレイしている最中は全然気にならなかったが、現実として見たら、ジュリアが戦うのだって「こんな若いのに命を危険に晒す真似をして」と思ってしまうのだ。明らかに未成年のモズは論外である。

 こんな風に考えてしまうのは歳のせいだろうか。


「……君の言い分はわかった。だが、しかしなぁ……」


 珍しく歯切れの悪いジュリアに詰め寄り、もう一押しだと声を上げる。


「ルイちゃんだってクロスボウ持って魔物と戦ったりしますよね?」

「あれだって、私は反対したんだ」


 少しいじけたように口を尖らせてそうぼやくジュリア。


 待って。何その表情。ゲーム本編でも見たこと無いけど何!?

 そんな顔の良い顔で年相応の子供っぽい顔するの~~~~~!? しかもルイちゃんのことで!?

 ありがとう世界。寿命が延びた。


 そう、忘れがちだが、ルイちゃんもRPGゲームのプレイアブルキャラであるが故に戦闘能力があるのだ。

 とはいえ、性能はサポートタイプな上、最初のストーリーのクリア報酬として実装されている、つまりはリリース当初から実装されていた古株キャラなので、ゲーム内性能は昨今のインフレには置いて行かれてしまっている状況だ。

 何なら、採用率が低いせいか調整アップデートでも滅多にテコ入れされないし、されたとしても劇的な強化はされない。要するに、不遇キャラである。不遇キャラの筆頭と言っても良い。


 ちなみに別衣装の探偵助手ルイちゃんはまだマシな性能をしているが、性能面では不遇から逃れられていない。毎年半周年イベントの主役として出ているし、出演率では優遇されているからただの我が儘かもしれない。

 が! 出番を優遇させるなら、性能もTIer1とは言わないけど中の中から上の下くらいにしてほしい! ルイちゃんを使うために専用パーティを組むんじゃなくて、誰にだってどんな編成にだって合わせて自分の出来ることをする戦い方がルイちゃんの性格的にも合うと思うんです!

 ルイちゃん姫プは解釈違いです!


「でもやってますよね」

「……森に薬の材料を取りに行く時に丸腰だと危険だから、と言って聞かなくてだな……それに昔、リオ先生に教わっていたから」

「リオ先生?」

「ん、ああ。ルイのお父上のことだ」


 そういえば、ルイちゃんの父親の名前は知らなかった。本編にも父親の名前は出ていなかったからだ。

 元々専属薬師だったということもあるのか、基本的に人を呼ぶ時は呼び捨てか、卿等の貴族らしい敬称しか使わないジュリアが「先生」と呼ぶのは、中々にレアだ。


「それはともかく……君にそのように思わせてしまう程、我々騎士団は信用がないのか?」

「いやいやいやいや、そういう訳じゃないんですけども」

「確かに先日はそこの少年に手を焼かされたが……」

「おまんら動きが派手でわかりやすかったっちゃ」

「シッッッッッ!!」


 モズの口を押さえるも時既に遅し。ジュリアのテンションがまた一段階下がった気がした。


「ほ、ほら! ルイちゃんの店で働く以上、薬草取りだったりキノコ採取だったり、私もそういう業務をやることになる訳ですよ! その時に自分の身は自分で守っておけるようになりたい訳でして」

「君にはその少年が着いているから問題無いだろう? 悔しいが、彼の剣技の才は天才的だ。犯罪奴隷という経歴がなかったら騎士団としてスカウトしたいくらいだ」

「いやまあそりゃあそうなんですけどね?」

「どうだ少年。我が騎士団で、剣術の基礎くらいは学んでみないか? 君ほどの才を我流で終わらせるのは勿体無い」

「興味なか」

「コラッッッッッ!!」


 子供とはいえ、目上の人に大変失礼極まりない態度をするモズに、肝が瞬間凍結されたような気がした。

 ジュリアは気にしていない様子だったが、私は慌てて話を元に戻してお茶を濁した。


「とにかく! 周囲に助けを求められず、モズも手が離せない状況だった場合を考えて、私も剣術なり槍術なりを身につけておきたいわけですよ!」

「ねえちゃんが死ぬ時はときゃおいが殺す時じゃけん、せんでも良か」

「ちょっとお口チャックしててもらえる?」


 モズは私の言うことなら本当に素直によく聞く。口元にキュッと力を入れて口を噤んだ。


 真剣にジュリアの目を見据える。顔が良くて長時間見ていたら目がムスカになりそうだが、それでもここは引けないのだ。


 いや、マジでこの女顔が良い。顔だけで世界征服出来るんじゃ無いか?


「意思は固いようだな……分かったよ」


 長い長いため息をついて、ついにジュリアは折れた。


「無いとは思うが、今まで武器を扱った経験は?」

「一年間だけ、ほんの触り程度の剣術を学んだことがありますよ」

「そうなのか? 意外だな」


 嘘では無い。私が通っていた大学では講義の一つに古武術の枠があり、日本刀や短刀の素振りをしたり、時には手裏剣を投げたりするものがあった。

 当時、いわゆる刀女子に片足を突っ込みかけてた私は、刀を振ってみたくてその講義を受けたのだ。


 そういえば、講師の先生に筋が良いと褒められてたな、なんて思い出す。

 まあ一番褒められたのは刀ではなく、吹き矢だったのだが。講義を受けてた生徒中ぶっちぎりの高得点をとって、しばらく友人に「枝葉の里の者」だの「アサリファミリーの構成員」だの言われたのは懐かしい思い出だ。


「少しだけ振ってもらっても良いか?」

「日本刀……えっと、モズの持ってる剣でいいですか? 以前やった時はこういうタイプの剣でやってたので」

「ああ、構わないぞ」

「という訳でちょっと借りたいんだけど、いいかな?」

「おん」


 私が頼むと、モズは私からの頼み事が嬉しかったらしく、目に歓喜の色を浮かべて空間の歪みから刀を取り出す。


 私はもう慣れてしまっていたが、その光景に、ジュリアは驚いた様子で目を丸くしていた。


「い、今のは何だ……?」

「アイテムボックス的な何かだと思います。って、ジュリア様はこういうの見たこと無いんです?」

「あるも何も、収納呪文なんて純血エルフくらいしか知らない呪文スペルだぞ! 旧世界呪文スペルなんてどこで覚えたんだ!」

「旧世界スペル?」


 モズと顔を見合わせる。モズはよくわからないといった顔で首を傾げた。

 しかしワンテンポ遅れて、「純血エルフ」というワードにとある情報が引っかかり、気が付いた時には無意識に声を出していた、


「あっ、あー!! もしかして、世界が白紙化される前にあった文明とか、そういうアレ!?」


 現在の「ARK TALE」の時代に存在している人類は「新人類」、白紙化される前に存在していた人類を「旧人類」と設定資料集には記載されていた。ジュリアが言っていたエルフも、旧人類の種族の一つだ。


 彼ら――エルフは名前こそ一緒だが、一般的なファンタジー小説に出てくるエルフとはかなり違う。魔法が得意なのは確かにそうだが、武器を使うとしたら弓では無くて銃を使うし、そこまで自然に思い入れがある訳でもないのでガンガン森を開拓して環境問題だって引き起こしていた。

 それに現代の人間より高度な科学技術を持っていた。それこそ、宇宙に進出出来るくらいの技術力を。

 そんな高度な技術を持っていたエルフ達が生み出した魔法が、収納呪文ということなのだろう。 


 エルフは生命エネルギーを吸収することで永遠とも言える命を得られる代わりに、非常に繁殖能力が低い。

 だから新時代で数を増やすことが出来ず、現在所在が知れているエルフは、賢者と呼ばれる男が二人居るだけだ。曰く、他にも数名まだ存在しているらしいが、明確な数は不明だ。

 数えるくらいにしか存在していないということは、それだけ収納呪文の使い手が少ないということだ。そりゃあジュリアも目を剥くだろう。


 ちなみにここで言う生命エネルギーは普通の食事からも取れるらしいが、一番効率が良いのは性的なアレソレという公式設定がある。

 生=性ということである。

 考察界隈では「エルフじゃなくてサキュバスとかインキュバスじゃねえの」とまで言われている。


 混血エルフ、もといハーフエルフはある程度の数が存在するが、彼らは同種か汎人としか繁殖できず、エルフとしての力も無い、平均よりちょっと魔力が豊富なだけの存在である。

 新人類には混血という概念が無く、例えばルイちゃんみたいに鳥人種の父親と汎人種の母親の間に生まれたとしても、鳥人種の父親の特徴のみを引き継いで生まれてくる。

 しかしエルフやハーフエルフと交わると遺伝子汚染が発生してしまうことから、「勇者は世界を救うもの」の時代になっても解決しない人権問題が生まれてしまっている。

 この世界のエルフの肩身は非常に狭いのである。


「知らなかったのか……?」

「いやその、一応私も似たようなのを使える身なんで、そういうもんなのかなーって」

「ぐわってやってみよんってやりゃあ、誰だって使えんじゃろ」

「モズ。語彙、語彙」

「語彙の問題じゃないと思うんだが?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る