27 君を知りたい

 あれから二日が経って、私はルイちゃんを連れて、少年の面会に来ていた。


「面会時間は十分です。お時間になりましたら退室願います。時間前に面会を終える場合は、近くの騎士にお声がけを」

「わかりました、ありがとうございます」


 騎士さんに一礼して、一番奥の牢屋に向かう。

 礼を言った時の声が聞こえていたのだろうか。少年は飼い主の帰りを待つペットのように、待ちきれない様子で鉄格子に顔を押し付けて、私が来るのを期待に満ちたキラキラとした目をして待っていた。


 少年は少しやつれたように見えた。よく見ると、食事の乗ったトレイが牢屋の中にあったが、手付かずのままだった。

 もしかしたら、この二日間、飲まず食わずだったのもしれない。


「ねえちゃん!」


 あるはずのない尻尾を千切れんばかりに振っているのを幻視した。

 しかし少年は私の後ろに着いて来ていたルイちゃんに気が付くと、一気にテンションが下がったらしく無表情になる。感情があると言えば、恨めしそうなジト目くらいだろうか。


「何じゃこいつ」

「私がお世話になってる人だよ」


 そう紹介すると、少年はぶすっとふくれっ面になる。

 嫉妬か? 嫉妬してんのか? 何で? 独占欲か何かか?


 ルイちゃんは少し屈んで少年に目線を合わせると、微笑みながら少年に話しかけた。


「こんにちは、私はルイって言うの。あなたのお名前を聞いても良いかな?」

「無か」

「いや、名前くらいあるでしょ」


 嫉妬からか、元からの性格からの塩対応か分からないが、大変冷たくしょっぱい反応に、ついツッコミを入れてしまう。

 そういえば、私はモズの早贄少年なんて仮で呼んでいるが、少年にも名前があるはずなのだ。今更ながら、彼の名前を聞いてなかった事を思い出した。


「あったけんど、忘れた」


 待て、ナチュラルに陰惨な過去が匂ってくるような事を言うんじゃない。

 見ろよ、ルイちゃんの「聞いちゃ駄目な事を聞いてしまったかな」と思ってそうな顔を。


 かわいいねぇ……他人に寄り添うのが上手いが故に共感しすぎてしまって自分の事のように悩み苦しんでしまうルイちゃんは面倒臭い男に執着されそうでかわいいねぇ……。


 いや違う、そうじゃない。冷静になれ私。


「……あ、ねえちゃんがおいのこと、『モズ』って言っちょったろ? ならそれがえい」


 絶対過去に何かあっただろうに、そんなことを気にもしていない様子で、私が勝手に呼んでた仮名称を呼んで欲しいと言う少年は、期待に胸を膨らませて私の発言を待っているようだった。

 ちらりとルイちゃんを見る。「そう呼んであげて」と視線で訴えられているような気がした。


「じゃあとりあえず、モズって呼ばせてもらうよ」

「おん。……えへへ、嬉しかぁ。初めてひとから名前で呼んでもらえた」

「モズくん、お父さんとお母さんはいるの?」

「知らん。ちぃとだけ覚えちょるけんど、おいを庇って死んだ事だけじゃ」

「……事故とかで?」

「うんにゃ。人斬りにあった」


 心の底から嬉しそうなにやけ顔を浮かべていたが、ルイちゃんから話しかけられた途端、スンッと表情が無に戻った。


 というか彼、孤児だとは思っていたけど他殺かい。ますます過去の闇が深まってきたな……。


「ねえ、あなたはどうして、人を殺したの? 誰かを殺す事で、お父さんとお母さんを殺した人と同じになってしまうんじゃないかって、思ったりしなかったのかな」


 責めるような口調では無かった。幼子に「どうしてお隣のたけし君と喧嘩しちゃったの?」と話を聞こうとする母親のような、優しい声色だった。


 両親の復讐の為に人斬りになった、とルイちゃんは考えているのだろう。

 確かに、少年、もといモズが幼いながらに殺人を行い、私に向けたような狂気あいを抱くには充分なバックボーンだと思う。


 原作本編でのルイちゃんの旅立ちの理由は、父親が亡くなった事故の原因となったゴーレムの制作者を探すためであり、ある意味、復讐の為であると言えなくもない。

 探した後どうするのか、という質問に対しては「……どうするんだろう。自分のことなのに、分からないや」と返していたから、明確な復讐心があるわけではない。


 きっと、自分と同じで親を亡くした彼だからこそ、自分の心に焦げ付いてしまったものが同じものなのかもしれないと、そう思っているのだろう。


 もしそうだとしたら、自分と同じように周りから支えてもらって、沢山愛情を注いでもらうことが出来たのなら、こんなことをしなかったのかもしれない。だとしたら、一度道を踏み外してしまったけれど、今からでも自分と同じように生きていく道に変えることだって出来るかもしれない。


 ルイちゃんだったら、きっとそう考える。

 私の解釈が間違っていなかったら、の話だが。


 しかし、モズは返事を返さない。黙りこくったままだった。


「モズ、話しづらいことなら、無理して話さなくても良いから」

「ちゃう。ねえちゃん以外の奴とは話す気になれん」

「えぇー……」


 それこそ子供が「ぼく悪くないもん」って意地を張っているような状態だと思ったのだが、単純に私としか話したくないだけと聞いて、気遣いをしたのが徒労に終わった時特有の脱力感に襲われた。

 だが、逆に言えば、私が促せば話してくれるということだ。


「わ、私もちょっと気になるから、話して欲しいなー……なんて」

「そうせえ言われたけん、そうした。似顔絵見せらいたり、どこどこにおる奴を殺せぇって。殺せたら飯も貰えたしの」


 ご機嫌伺いのために声のトーンを上げて猫なで声を出したら、ちょっと、いやかなりわざとらしくなってしまったが、それでもモズは満足した様子で、淀みなくすらすらと答える。


 彼の語り口調は至極単調だった。それが、彼にとっては当たり前のことで、常識であると察するのには充分だった。

 復讐でも何でも無く、ただの生活の一部として、彼は人斬りをしていた。


「……そうするしか生きる道が無かったから、そうしたの?」

「……」

「モズ、答えてあげなさい……」

「おん。そうせんっきゃ、おいはとうの昔に死んどるけん」

「トワさんも同じで、殺して来いって誰かから言われたの?」

「ねえちゃんは別じゃ。好きじゃから、おいから離れる前においのもんにしたかったんじゃ。ねえちゃんが一緒に居てくれんっちゅうから……」


 人を殺しても何も思わず、子供らしいどころか人道的な情緒も無く、真っ当な人生なんて殆ど歩めなくて。

 それでも残った彼の生きる意志が見出した、誰かから愛されたいというたった一つの夢を、私と出会った時に見てしまったのだろう。

 叶わぬ夢を抱くことほど苦しいというのに。


「人を殺す事が、悪い事だとは思わなかったのかな」

「別に。だんれも駄目じゃあ言わんかったしの。駄目な理由も知らん。狩りばして獣ば殺すんに、なして人だけは殺したらいかんのか、訳分からんっちゃ」


 殺人という行為は、別に悪い事では無いと私は思っている。戦争なんかでは殺人が正当化されるのだし、生物である以上、縄張り争い等で同種と争うのは当然だ。


 ただ、大前提として、調和を乱す行為であるから禁止される。

 多くの人が平穏に、美味しいご飯を食べて、安心して眠って暮らせるように、基本的には人を殺してはいけないと決められているのだ。


 それを少年に説こうと思ったわけではないが、そういうことを言いかけて、やめた。

 これは私の考えだし、何より、興味も無い説教を聞くのは面倒臭い。

 年を取ると話が説教じみてしまいがちになるからいけない。


 会話が途切れて、沈黙が耳に届く。ルイちゃんは何か思案しているようで、複雑そうな顔のまま目を伏せていた。


 ルイちゃんは人に寄り添うのが上手い。だけど、それは相手にもある程度の人間らしさがあるからこそだ。

 人間らしさというものは、他者から受けた愛で築かれる。

 恐らく、ルイちゃんにはモズの事を理解することは出来ないだろう。


 沈黙が続いて痛くなってきた。

 何か喋らないと、と思った私は、少し気になっていたことを少年に聞くことにした。


「そうだ、話変わる上に個人的な質問で悪いんだけど、どんな人から人殺しをするよう言われてたの?」

「んーっと……べにつばめ? の偉い奴」

「べにつばめ……紅燕!?」

「トワさん、知っているんですか?」

「飛花にある暗殺集団だよ。構成員は鳥の名前のコードネームがつけられていて、飛花だけじゃなくて、他国からも依頼をされるくらい有名で……要するに、その道のプロだ」


 ARK TALEのキャラクターにも、紅燕に所属しているキャラクターが存在している。ヨダカという鳥人種のキャラクターだ。


 かなり初期の方に実装されたキャラクターであり、茶色の翼を持ち、フードを目深に被っていて、髪色は焦げ茶で瞳は鳶色。長さ的には下ろすと肩くらいまでの長さになる髪を一つに結っている。

 性格は寡黙で冷静沈着、そして目的のためなら手段を選ばないタイプである。

 攻略サイトで通常衣装は風属性最強アタッカーとして堂々の一位に君臨し、単体で完結している性能でどう使っても雑に強く、攻略からデイリーまで、私もゲーム内で滅茶苦茶お世話になっている。


 単純なキャラ人気というより腐女子人気が強く、男女カプでも人気棒だが、それ以上にBLカプで受け攻め関係無く大人気。公式ではルイちゃんと違いウォルターとの絡みは一切無いのだが、顔でかけ算されたカップリングが覇権カプにまでなっている。

 ウォダカとヨダウォに関しては、イカれたウォダカとヨダウォの腐女子が、初期で人気だったウォルイを毛嫌いしてウォルイ描きに嫌がらせ行為を行い、そのせいでウォルイ描きがジャンルを離れて廃れた経歴があって、何をどうしても好きになれないカップリングになった。


 それはそれとしてヨダルイはルイ受けの中でもかなり人気のカプで、私も好きなカップリングだ。

 公式でも鳥人種同士ということもあってか絡みが多く、探偵パロイベントではヨダカが探偵役、ルイちゃんが助手役で抜擢されたことがあり、公式がかなり推しているコンビと言える。

 私も探偵パロイベントのストーリーを読んで、公式のヨダルイにしか見えない掛け合いに過剰供給で熱を出した記憶がある。シナリオ完成度も高くて最高だった。ハーフアニバーサリー恒例イベントになってくれてありがとう……探偵パロシリーズのイベント一生推す……。


 キャラに罪は無い。そのキャラを推す民度の悪いオタクが悪いのだ。


 余談だが、ARK TALEに登場する鳥人種のキャラクターはクズ、ゲス、もしくはヨダカよろしく世間様には言えない自由業系のキャラクターがほとんどで、ルイちゃんは「鳥人種唯一の良心」なんて言われていたりする。

 だが一方で、鳥人種がそういうキャラが多いせいか、キャラ崩壊二次創作では腹黒キャラとして書かれる事が非常に多い。薬屋という設定からか、高確率で媚薬や危ない薬を作るサイコパスか、旅立ちの動機から絶対復讐決行サイコパスに改悪されるのだ。

 私は改悪系キャラ崩壊二次創作を許さない。


 非公式カップリングはキャラ崩壊二次創作じゃないのかって?

 キャラクターの原作設定から感じられる可能性を探り信じるのが私のカプ推しオタク道なんだよ。


「もしかして、早贄していたのは紅燕の指示……」

「いんや、ちゃうけんど」

「違うんかーい」

「おい、もう捨てられてっから、そことは関係なか」

「サラッと重い事実を突きつけるんじゃない。……って、捨てられてるんだったら、ここで起こした事件は何だったのさ」

「あいつら、いきなり怒ってごしゃいで殴ろうとしてきったり、奴隷にしようとしったし、ええと……じこぼーえー? しただけじゃ。じこぼーえーは悪くないんじゃろ?」

「モズ少年。あれは自己防衛じゃなくて、過剰防衛って言うんだよ……やりすぎなんだよ……それと私に襲いかかってきたのは完璧に傷害罪だからね……首を晒す必要は無いんだよ……」

「ムカついたからやり返しただけじゃ」

「そっかぁ……」


 人間の情緒が育っていないとはいえ、加減というものを知らないのかこの少年は。


 とはいえ、趣味で何の罪もない人を斬っていた訳では無いようだ。

 趣味が殺人だったら今後一緒に生活する身としてどうしようかと思っていた所だ。


「ねえ、モズくん」

「何じゃ、雀の。しつけぇのお」

「ごめんね。質問はこれで最後にするから」


 ルイちゃんが再び口を開いたので、私は入れ替わるように口を閉じて動向を見守ることにした。


「うちに帰ってきたら、何が食べたい? お姉ちゃん、こう見えてお料理上手だから、食べたいものがあったら作るよ」


 正直なところ、少し意外だった。

 いくらルイちゃんでも、モズの事を理解することは出来ないと思っていたからだ。いざ対面して話してみたら、一緒に暮らすの無理だと悟ってくれそうだと私は予想していた。


 理解は出来ずとも、相手の考えを認めて、寛容する。

 底抜けのお人好しというか、何というか。本編では主人公が普段やっている事をやれるのは、それでこそルイちゃんという感じではある。

 正に道徳的アライメントの中立・善。聖人君子か?


 少年は少し考えた後、こう答えた。


「ねえちゃんの食いたいもんがいい」

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