25 命の重さは何次第?

「……待って。急に他人の生殺与奪の権を押し付けないでいただけます?」


 停止した脳に何とか再起動をかけて、やっとの思いで言葉を捻り出す。

 いきなり人の生死の判断をさせられるなんて思っていなくて、十秒くらいフリーズしてしまった。恐らくその時の私は、背に漆黒の虚無か、宇宙を背負っているように見えただろう。


「犯罪者は基本的に奴隷になるが、犯した犯罪が重い場合、最後に被害を受けた被害者やその家族の意思で、奴隷にするか死刑かを決定することが出来る。それがこの国の法だ」


 ジュリアからそう言われて、脳内に知らないはずの情報が流れ込んできて、一瞬、ズキリと鋭い頭痛がした。


 確かに彼女の言う通りだ。この世界――少なくともこの国――では、重罪人は彼女が述べたような処罰が下されるというのが一般的だ。

 本編では語られなかった情報。設定には無い、関係者ではない一般人の私には、知りようのない情報だった。


「……奴隷の場合、彼はどうなるんですか」

「服従の刻印を刻んだ後、被害者か、労働施設で一生奉仕することになる」

「被害者に仕えさせることが出来るんです?」

「悪習だがな。加害者を一生晒し者にするためのものだ」

「……労働施設ってのは」

「鉱山での労働が基本だ。そうでなくても、戦場でも無いのに死者が出る程酷い仕事をすることになる」

「死ぬんならねえちゃんの手で死ぬ! したら、ずぅっとねえちゃんと一緒に居らいるから……!」


 刻印の効果で四肢が動かせないというのに、陸に打ち上げられた魚のようにびったんびったんと体をビチらせて抵抗しつつ、横から口を挟む。


 やめてくれ。私に殺人を促すな。


「私から言わせてもらうと、死刑にした方が絶対に良い。こいつは異常だ」


 それは私も思う。

 が、繰り返しになるが私に殺人を促すな。


 いや、この国の法的には、被害者が死刑の判断をするのは殺人どころか殺人教唆にすらならず、合法ではある。

 だからといって人の生死にダイレクトに関わるなんて業を背負わせないで欲しい。一般人にやらせることじゃないだろう。

 せめて余罪とか洗いざらい吐かせてから、関係者一同で多数決で決めるとかにしてくれ。


 私にとって、私自身が人様の死を確定させることは、殺人と同じである。

 厳密に言えば、死刑にすることを決める事には、多少の迷いはあれど決める事は出来るだろう。

ただ、他者と話し合って決めるならともかく、己の判断のみで誰かに死刑判決を下し、死に追いやったという事実を背負ってこの先生きていける程、私の神経は図太くない。例え被告人本人が望んでいたとしても、だ。


 だが、ジュリアの言う通り、この少年の思考回路はちょっとおかしい。サイコパスの素質があるように思えて仕方が無い言動をしているのは、身に染みて理解している。


 とはいえ、少年を「殺す」という選択肢を取るにしても、一つ問題がある。


 声だ。彼の声は、有名な女性声優の声に非常に近かった。

 声帯に声優の声が宿っているということは、まだ実装されていないだけで、原作に登場するキャラクターである可能性が高い。原作キャラを殺すということは、今後の未来に多大な影響を及ぼしかねないのだ。

 これで「実は最終章に関わる重要キャラでした」なんて展開になったらまずいどころの話じゃない。原作崩壊だ。

 原作崩壊なんて、二次創作ならまだしも、現実でされたら拒絶反応で鬱になる。


 覚悟を決めて、私は重い口を開く。


「私の国では、14歳以下の子供には刑事罰は適応されない。詳しい事は分からないけど、基本的に指導が入って、児童施設に送られるだけのはず。14歳以下の子供に責任能力は無いと判断されるのが私の国での法律で、私に染みついている価値観だ。だから死刑にはしない」

「……そうか」

「それで、その子の身元は私が引き受ける」

「なっ……!? 正気か!?」


 もし私がジュリアの立場だったら、同じ反応をしていただろう。私だって正気とは思えない判断だ。


 だが、私はオタクである。原作を愛していて、原作崩壊を恐れているオタクである。


 オタクは作品への狂気あいで生きている生き物なのだ。時には原作への愛で、狂気の選択をする。

 推しが当たるとは限らない悪徳ランダム商法へ貢ぎまくったり、唐突に性癖を刺してきた新キャラを引くために天井までガチャを回したり。時には、理想のビジュアルじゃないからと「デザイン・絵師を変更しろ!」と本社に凸ることだってある。


 そして何より、原作には無い描写や展開を求めて、妄想という幻覚を見て狂気の沙汰にじそうさくをする。


 だったら、自ジャンルに異世界召喚されたオタクが、声が人気声優の声だからという理由だけで狂気の選択をしたって、何らおかしくはないだろう。


「鉱山での業務に関わる人は塵肺症に罹患する可能性が高いし、何なら粉塵爆発や落盤なんかの事故での死亡率も高い。確か探鉱夫の平均寿命は30代前半。当然その前に死ぬことだってある。そんな劣悪な場所だと分かっている所に、他人とは言え、子供を送るだなんてしたくない」


 これはただの言い訳だ。自分の都合だけじゃなくて、倫理的に考えてそうするべきだったという、後付けの理由。

 他人を納得させるためだけの詭弁である。


「考えが甘すぎる。この少年は何人も人を殺している、そのような場所に送られても文句は言えない程の罪を重ねているんだ」

「分かっているよ」

「いいや、分かっていない! 隷属の刻印があったとしても、奴隷を連れているというだけで周囲からどんな目で見られるのか分かっているのか!?」


 凶悪犯罪者を連れ回しているのだ。そりゃあ良い目で見られる訳が無い。

 だから。


「分かってる。ルイちゃんの家は出て、冒険者ギルドの近くにある宿屋でしばらくは暮らす。この間薬を卸しに行った時に見たんだけど、受付の求人を張り出していたはずだから、まずはそれを受けてみて……落ちたとしても、仕事なんてこだわらなければいくらでも見つけられる」


 仕事なんてこだわらなければいくらでも見つけられる。

 かつて世界一嫌っている人間に言われた言葉を、ここであえて使う。


 確かにその通りである。例えそれが、体や心を壊す仕事だったとしても、だ。

 この言葉は、自分の人生をぶち壊す可能性がある事を前提に、そうなる覚悟をした上で、自分の意志で言う物だ。決して他人に言い放つものではない。


 そして私には、少なくとも今この瞬間は、そうする覚悟がある。


 少年のためでは無い。ARK TALEという原作せかいのためだ。


「君がそんな苦労をする必要なんて無いんだぞ!?」

「私はこれでも社会人八年目だし、人生で色々と厄介事を経験したり巻き込まれたり、人に聞いたりしてきた。だから、自分がいかに馬鹿な選択をしているのかは理解しているよ。それでも、どうしてもこんな小さい子供を見捨てたくないんだよ」


 繰り返すようだが、他人を納得させるためだけの詭弁である。


 だが、本心でもある。


 子供は苦手だし、殺人犯だし、サイコパスではあるけれど。

 それでも、この子はまだ、大人が庇護すべき子供なのだ。


 それにもう、後から永遠に後悔する選択はしたくない。


 やった後悔とやらなかった後悔、どちらかを選択するならば、私は前者を選ぶ。

 やった後悔なら後から軌道修正することだって可能なことが多いが、やらなかった後悔は、文字通り時既に遅しな状態になりがちなのだから。


 ジュリアは何か言いたげにしていたが、一つため息をつくと、諦めたように言った。


「わかった、もう何も言わない。絶対にルイの手を煩わせるな、いいな?」

「もちろんだよ」


 だって、推しに迷惑はかけたくないからね。

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