6 推しが現実に存在している事実に感謝

 ジュリア(仮)が帰った後、私は靴を貸してもらって、二階にある部屋へと案内され移動した。


 いつもしっかり掃除されているのだろう。埃っぽさの無い部屋は清潔そのもので、普段は使っていないのか生活感は薄いものの、大きめのベッドとサイドテーブル、それに使い込まれたタンスと、必要最低限の家具は揃っていた。


「今日はここを使って下さい。私は下に居ますから、何かあったらお気軽に呼んでくださいね」


 ルイちゃん(仮)は恋をしてしまいそうなほど愛らしい笑顔を浮かべてそう言うと、ぺこりと一礼して部屋の外に出て行った。


 足音が完全に聞こえなくなったのを確認して、ルイちゃん(仮)の宇宙一可愛い笑顔を脳内フォルダに焼き付けて存分に堪能した後、一度深呼吸をする。

 そして、足下で呑気に招き猫の如く毛繕いをする毛玉の首根っこを引っ掴み、無理矢理顔と顔を付き合わせて叫んだ。下の階に居るだろうルイちゃんに聞こえない程度の声量で。


「お前お前お前お前ーッ! お前この毛玉畜生! 一体! 私に!! 何をした!?」

「何って、モルド体を体に組み込んだだけだよ」

「ARK TALEのCEROレーティングはBだぞ!? R18Gシーンを出すんじゃねえ! 人にトラウマ植え付けんなや、マジで怖かったんだぞ!? というか怖いどころじゃなくてガチで死ぬかと思ったわ! 私が発狂していない事を奇跡だと思え!」

「ニンゲンはか弱いと思っていたけれど、そこまでひ弱なのかい? やはり観察だけだと分からないことも多いし、何事も経験してみるべきだね」

「そのテンプレみたいな人外ムーヴやめろや!」


 猫掴みされて宙ぶらりんになっているのも気にせず、ちるちると肉球を舐めて綺麗にした毛玉畜生は、見た目だけなら可愛いくりくりとした目を向ける。


「ところで君、ARK TALEのことを知っているのかい?」

「知ってるも何も、絶賛沼の底の住人してますが何か!? てか私からも聞きたいんだけど、何でARK TALEのキャラが存在しているだよ!? よくある原作トリップ夢小説とか、悪役令嬢転生とか、ゲームの世界に異世界召喚されるネット系小説みたいな展開なんですけど!?」

「何でってそりゃあ、ここは君達が言うところの『ARK TALE』という作品の舞台だからね」


 あっけらかんと言われた言葉に一瞬、言葉を失う。


 ARK TALEはよくあるファンタジー系の世界を舞台に、古代人が残した箱舟を発見した主人公が、相棒キャラとなる箱舟の管理AIと共に世界中を冒険する最中、宙族という世界を脅かす存在と遭遇し、彼らと時には逃亡し時には戦う、よくあるファンタジー系の物語だ。

 だが、それが現実になるのはありえない。あれはゲームの話で、フィクションだ。

 仮に異世界というものが存在しているとして、ARK TALEと全く同じ世界観で、全く同じ人物が住んでいる世界が存在している可能性なんて、大雑把に見ても無限分の一の確率。つまり、有り得ない話だ。


「な――何それ!? ゲームの世界に異世界召喚じゃあないってお前が言っていたんだが!? 第一、ゲームの世界に異世界召喚とか現実的に考えてあり得な――」

「あり得ないと思うかい?」


 しかし、そんな私の言葉を遮って、毛玉畜生は語る。


「そもそも『ARK TALE』という物語は、ある人物……端的に言えば、メインシナリオライターだね。彼女が、実在する世界の実際に起こった出来事を観測した結果、創られた創作物だ」


 体を捻って私の手から逃れた毛玉畜生は華麗に着地を決めて、一度ぶるるっと身体を震わせてから、再び私を見据えて言う。


「彼女からの観測を受けた結果、世界の歴史は確定された。少なくとも『ARK TALE』という物語は、多少の脚色はあれど、預言書と言っても差し支えないだろう。ノンフィクション作品と言っても良いかな」

「な……ん、だよ、それ……」


 毛玉畜生が言ってのけた言葉に、煮え滾っていた感情が一気に冷える。

 マシンガンの如く出ていた言葉は詰まって出てこなくなり、思考回路が停止した。


「僕は言っただろう? 違うと言えば違う、って」


 彼の言わんとしていることは理解出来る。要するに、ARK TALEの世界は実在していて、今居るこの世界がそうだと言いたいのだ。


 だが、それを受け入れられるかどうかは別の話だ。

 私は一般的な人間だ。創作物と現実の区別は当然のようにつくし、創作物に登場するものは、ノンフィクションでも無い限り架空の存在だと理解している。


 ARK TALEはファンタジー作品である。ファンタジーというのは、文字通りのジャンルの一つだ。


 今までフィクションだと思っていたものを、突然「フィクションじゃ無いよ、実在しているよ」と言われたって、はいそうですかと掌を返してすぐさま信じるなんて出来ない。

 現実ではあり得ない異世界召喚をこの身で体験し、存在しない鳥人をこの目で見たとしても、だ。少しで良いから考える時間が欲しい。


 仮に、彼の言うことを事実だとしよう。

 神だから未来が確定されたことに気が付いた、というのであれば、それは納得できる。自身の世界に異常が起こったら気付いても不思議は無い。

 だが、自分が世界の観測者であるはずだが、こいつ自身が見ても未来は確定しないのだろうか?

 そもそも、異世界の観測者を認識したり、私を召喚したり、他の世界にどうやって干渉しているのだろうか?


 疑問は尽きない。が、結局の所、今の私には、この毛玉畜生が語る言葉の真偽を判断する材料も、それを確認するための手段も無い。


 最終的に、私は思考を放棄した。


「……私が呼ばれた理由って……」

「この時代の歴史を物語通りに戻すこと。もしそれが不可能であれば、その先の未来へと繋がる歴史を創り出す。――それが、君の使命だ」


 彼が言う「未来」。私には心当たりがあった。


 ARK TALEは、開発元のProjectStarが以前リリースした据え置き機・携帯機向けゲームソフト、「勇者は世界を救うもの」の300年前の世界であるという公式設定が存在する。恐らく、彼の言う未来というものは、このゲームのシナリオの事を指しているのだろう。


 私は当然、このゲームもプレイしたことがある。男女両方の主人公で全キャラの個別エンディングを全部見た程度にはやりこんだ。

 異世界召喚された一般人の高校生主人公が初っ端に激強ドラゴンから襲われるのだが、そんな窮地に颯爽と表れて助けてくれた命の恩人が実はラスボスで、他にも様々な葛藤を抱える主人公を影ながら、時には直接助けてくれる、最初から倒すべき敵が分かっているのにその敵が良い奴過ぎて倒したくないというしんどさを主人公とプレイヤーに与えてくる情緒破壊ファンタジックシュミレーションRPGだ。


「歴史……君が理解しやすいように言うならば、多少原作が変わっても問題は無いよ。世界の修正力によって軌道修正されるからね。でも、本筋から大きく逸れて、既に決まった未来には繋がらない歴史へと改竄された場合は……」

「……どうなるの?」

「さあ?」

「はぁ!? さあ、って……!」

「僕もそんな事象を観測したことは無いからわからないよ。でもまあ、そうだね。これは推測だけど、この世界がそもそも『無かった』ことになるんじゃないかな。だからそうならないように、君を呼んだんじゃないか」


 FG○エフジーマルでもあった剪定事象や特異点といった感じになるのだろうか。

 急に稀によくある設定が出てきたせいか、彼の言うことが急に胡散臭く思えてきた。


「……少し確認したい。私の役割としては、『原作沿いルートに軌道修正する』、もしくは『300年後に繋がるIFルートの構築』、でよろしい?」

「その認識で合っているよ」

「そしてここで言う『原作』というのは、ProjectStarが制作したゲーム、『ARK TALE』及び『勇者は世界を救うもの』である」

「その通りだね」


 深く息を吸い、その倍くらいの時間をかけて長く息を吐く。

 そして膝を着き、毛玉畜生にできるだけ目線を近づける。


「一言二言くらい文句よろしいか?」

「一つだけなら聞いてあげるよ」

「仕事の依頼をする時は、事前にどの程度の規模の案件で、どのようなアプローチで行うのか、その際にどのくらいのコストがかかるかを伝えてもらって、その上で必要となる機材労力その他経費や対象となる顧客層の予測データを提出するくらいはしてもらえませんかねぇ!!」

「説明が足りなかったかな?」

「圧倒的に! 足り! 無い! わ!」


 力強く説明不足を訴えていた私は、突然、全然関係の無いとある事実に気付き動きを止める。


「……ちょっと待って」


 私は震える声で毛玉畜生に問いかける。


「仮にお前の言うことを本当のことだとすると、つまりあのルイちゃんは、現実に存在するルイちゃんってこと……?」

「僕は登場キャラクターまでは把握してないから分からないけれど、ARK TALEに出てくるなら本物だろうね」

「マジで?」

「本気とは書かないけど、真実と書いてマジと読むやつだよ」


 私は額辺りで祈るように両手の指を組み、天を仰いだ。


「推しが現実に存在している事実に感謝――ッ!」

「君の情緒どうなっているんだい?」

「オタクの情緒は季節の変わり目の気圧以上に高低差が激しいんだよ」

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