推しの推しは私な件
羽槻聲
第1話 これを役得と言わずしてなんと言う
私は
社会の底辺を生きる限界OLである。
そんな私の唯一と言っても過言ではない趣味。
それは、地下アイドルグループ「
私は元々アイドルとかには興味がなく、仕事がない日は家でだらだらとYouTubeを観たり料理をしたりして過ごしていた。
そんなある日のこと、たまたま観ていたネットのアイドル番組にTEKITOKIのメンバーが出演していて、気づいたら彼女達に釘付けになっていたのだ。
最初は全然関心を示さなかったのに、少しずつ彼女達のことが気になってきて、番組が終わる頃にはスマホでTEKITOKIの公式ホームページにアクセスしていた。
普段アイドルとか追わない私がなぜそんなことになったのかは自分でもよく分からないけれど、一つだけ確かなことがある。
それは、「他のアイドルとは違うものを感じた」である。
ただ可愛いだけのアイドルならいくらでもいる。
確かに、TEKITOKIのメンバーは揃いも揃って美形揃いだ。
でも、それはあんまり決定打ではなくて、どっちかと言うと私は彼女達の個性、内面に惹かれたところがある。
元気いっぱい、ちょっとおバカな
ボーイッシュクールなまとめ役、
のんびり食いしん坊のリアル末っ子、
お色気ギャル番長、
ツッコミ役のしっかり者、
出身地も個性もグループに入った経緯もばらばらの五人は、まさに奇跡の五人と言うに相応しかった。
出演時間は歌の時間を除いて三分程度と短かったけれど、その中で彼女達はしっかりとアピールしていたし、こうして私の心にばっちり届いている。
最初はTEKITOKIの出演番組をチェックするくらいだったのが、各々のSNSをチェックするようになったり公式YouTubeチャンネルのライブ映像を観るようになったりとどんどん推し活の幅が広がっていった。
そしてついに、初のライブ参戦を果たしたのだった。
初めてのライブは分からないことだらけで緊張したけれど、ステージにメンバー達が登場したらそんな不安はすぐに吹き飛んでしまった。
まず、可愛い。地下とは言えどもアイドルを謳っているので、もちろんそこは担保されていた。
そして、歌と振り付け。私は特にこれが気に入った。
偏見だけれど、地下アイドルってなんか奇抜な歌ばかり歌っているイメージがあったのだ。
でも、ライブで披露された楽曲はどれも王道をいくものだった。
私はそこに感心したのだ。
歌唱は正直そこまで上手いとは言えないけれど、奇をてらっているわけでもないし、ちゃんとアイドルしてくれていたところが私にとってはポイントが高かった。
TEKITOKIは、いい意味で普通の健全なアイドルグループなのだ。
TEKITOKIのライブは毎週日曜日に開催される。
場所は、難波にある複合施設〈なんばスペース〉の地下一階にある【
名前の由来は、難波で二番目にできたアイドル特化のライブ会場だからということらしい。
と言っても、ステージに上がるのはアイドルだけではなく、ガールズバンドやシンガー、パフォーマー集団、Vtuberなど多岐に渡る。
なんばスペースは普段は買い物客で賑わいを見せるが、週末になるとTEKITOKIのファンがわらわらと現れて地下へと続く無駄に長い階段を降りていく。
それを降りた先にあるのが、【β】だ。
そして扉の前には係員が待ち構えていて、チケットを渡して入場。
運が良ければ、会場入り前のTEKITOKIメンバーに会うこともできるらしい。
ちなみに、ライブには十回以上参戦しているけど、私は一度も会えたことがない。
それどころか、取れる席はなぜかいつも後ろの方。
悲しい。
でも、いいのだ。
私には他の人にはない個性があるのだから。
それは、唯一の女性ファンであるという個性だ。
これまで十回以上ライブに参戦してきて、一度も自分以外の女性ファンを見たことがないのだから、私以外に女性ファンがいないと見て間違いないだろう。
すると、何が起きるか。
そう、メンバーに特別扱いしてもらえるのだ。
私は今日もライブに参戦して、興奮冷めやらぬまま物販コーナーに向かった。
そこではメンバーたちが並んでいて、グッズを買い求めるファンに対応していた。
机には様々なグッズが並んでいて、見ているだけで楽しい。
しかも、すぐそばにはメンバーがいる。
この距離感の近さこそが地下アイドルのよさなんだよね。
「あ! 須野だー!」
どれを買おうか悩んでいると、私の存在に気づいた木戸藍果が私の名前を大声で呼んだ。
それにつられて顔を上げる。
すると、少し向こうに並んでいた藍果がこっちに向かってぶんぶん手を振りながら、口の横に手をあてて。
「藍果のグッズ買ってー!」
と叫んだ。
藍果の列に並んでいた他のファンは「また始まったよ」というような顔をしていた。
「ちょっと藍果! やめなよー、須野ちゃん困ってるでしょ」
「えー! 困ってないし! 喜んでるし!」
藍果の隣に並んでいた桑野明美が藍果を窘めた。
いたたまれなくなった私は苦笑いを浮かべながら藍果の持ち場に近づく。
「さあさあいらっしゃ~い! 藍果のおすすめはねー」
まだなにも聞いてないのに、勝手に話を進める藍果。
「須野ちゃんごめんねー」
明美が申し訳なさそうに謝ってくれた。
本当にいい子なんだよな。
「あはは、私も楽しんでるから」
「そう? ならいいんだけど……あ、須野ちゃん髪型ちょっと変えたでしょ」
「あ、分かる?」
「分かる分かる! こう、ふわっとしてて可愛い」
「ちょっとウェーブ気味にしてみたんだよね」
「須野ちゃんの雰囲気に合ってる!」
「そうかな? ありがとう」
ライブ参戦ということで、気合いを入れて美容院に行ってきた甲斐があった。
明美はこういうところにすぐ気づいてくれるんだよね。
逆に、藍果に髪型のことを言われたことは一度もない。
それもそれで藍果らしいけれど。
「なになにー?」
「あ、須野ちゃんだー」
「ほんとだ」
二人と談笑していると、それに気づいた他のメンバーがぞろぞろと集まってきた。
推しのアイドルに囲まれるオタク。
必然的に、他のファンは私(私を囲むメンバー)に注目することになる。
ああ、きっと恨まれてるんだろうな。
「あの……私ばっかりかまっていいの?」
流石にいたたまれなくなって、疑問をぶつけてみた。
すると、みんなはぽかんとした顔で。
「あはは、いいのいいの! だって、唯一の女の子ファンなんだから」
「須野ちゃんはいいんだよー」
「そうそう! 須野は気にしいだなー」
唯一の女ファンの特権。
それは、私にのみ与えられる神対応なのだ。
だけど少し、罪悪感を受けずにはいられない私だった。
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