第6話 腐女子と騎士さま

そんなわけで美少女を助けようとして自分が穴に落ちた私は、顔面偏差値高スペックな眼鏡男子に守られるようにその上に寝そべり、のどかな空を見上げたのち、彼とともに金色の小麦畑の間を馬車に揺られることとなった。


彼の名前は、レイファス・アエラス・ランドルフ。年齢は多分私と一緒くらい?

この国の有力貴族の一人で、現国王の側近。普段は騎士の仕事をしているらしい。

今は聖女の召喚という特命の任務を受けているとのことなんだけど、きっと私のせいで失敗したということですよね……ごめんなさい。


ここは私達が暮らす世界とは別の世界。

私たち人間の想像や夢、空想そういった心の中の世界と強く結び付いているらしい。

彼の話によると、その昔、私達人間が作り上げた空想の世界が、そのまま現実となった世界。それが彼の住む世界で、だからこの世界には、魔法や特殊能力をもった人がいたり、妖精や魔物なども存在している。


長い間、この世界と私たちの世界はうまく均衡を保ちながら、互いに影響し存在し続けているそうだけど、言い換えれば、どちらかの世界に大きな何かが起こった場合、もう片方の世界にも大きな影響があるということになる。

例えばもし、この世界が喪失してしまうようなことがあったら、私達の世界はどうなってしまうのだろう。


私が子ども頃に亡くなったパパは、絵本作家だった。幼かったからあまり覚えていないけど、いろんな話しをしてくれた。


『夢の国を忘れてはいけないよ』


たぶん、そんなことをよく、パパは私に言ってたように思う。

パパは、もしかしてこの国の存在を知っていたのかも知れない。

そんなパパの影響もあるのか、私も高校生の頃から小説を書くようになった。もちろん、まだまだ趣味の範囲なんだけど。


パパの言葉を大きくなって思うのは、きっと夢や想像することを忘れてしまったら、心が乾いてしまうからダメだよってことなのかなって、自分なりに考える。

雨が降らなければ地面が乾いて、ひび割れてしまう。人の心はそれと似ている。

夢を見ることを忘れたら、心はひび割れてしまうよ。

パパの言葉には、そういう意味があったのかなって、今ならそう思える。


話が逸れちゃったけど、つまり私は異世界に来てしまったらしい。

ここで日頃ゲームやアニメ好きな私のオタク気質が役立った。

異世界と言われても、ああ、そうなんですね。と取り乱すこともなく、すんなり受け入れることが出来てしまった。

だって、気がついたら異世界に来てましたー!とか、転生してましたー!とかアニメや小説でことだし。

ここが異世界だと彼に教えてもらったときも。


「驚かないんだな」

「はぁ、まあ」

(聞き慣れてるんで……)

そう、うっかり言いそうになってしまったけど、なんとか適当な返事で誤魔化した。

だって、聖女様の召喚の邪魔をしたあげく間違って来てしまった面倒な女なのに、そのうえオタクなんてバレたらツラすぎる。


それに、話を聞く前から薄々気がついてた。

大体、彼のようなイケメンが目の前に存在している事自体、もう異世界です。


ここが異世界だと聞いても冷静な私を見て、レイファスくんには訝しげな顔をされてしまったけど。

なるべくこの世界の人たちには、もうこれ以上のご迷惑は掛けたくないと思うので、私は取り乱すこともなく彼の話を聞くことができた。


「とにかく貴方のことは俺が責任を持って元の世界に返すから。心配しないでほしい」


彼は真摯に私にそう言ってくれた。


「……はい、ありがとうございます」


でも、私には心配してくれる家族も、帰りを待っている人もいない。だから、この国の危機に必要だった聖女様ではなく来てしまった私なんかのために、そんなふうに言ってくれる彼に、ただ申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


レイファスくんはあまり口数の多い人ではないようで、説明も低めの声でポツポツって感じだった。まあ、状況もこんなだし、明るいノリノリな雰囲気にはならないだろうけど、古書店ではもう少し高めの優しげな声音で爽やかで理知的そうなお兄さんって感じだったから、あれは聖女様を探すため、社交的でよそゆきな彼を演じてたのかも知れない。

正直、別人でしょうか……


その証拠に掛けていた眼鏡もどこかにいってしまったようなので、見えなくて大丈夫ですか?って私が 訊くと

「あれは、ダテメガネってやつだ」

と言っていた。


「え?そうなんですか?」

「メガネを掛けるとっていうやつで、イイって言われたから」

「は?」

「ち、違うのか?」

一瞬、彼の顔が不安げに眉根にシワが寄る。

「あ、いえ。大丈夫です。好みによりますけど、です」

「そっか」


彼は安心したようにふっと口元を緩めた。

意外と可愛い。

しかし、彼にそんなことを吹き込んだのはいったい誰なの?

まあ、確かに眼鏡男子に弱い私は、思惑どおり刺さりましたけどね。


必要な説明以外、これと言って会話をすることもなく、なんとなく気まずい時間を過ごしたのち、私たちを乗せた馬車は、中世ヨーロッパのような古い街並みの中を抜け、その先にある童話に出てきそうな白亜の城へと吸い込まれるように入っていった。


馬車が城のポーチ前について、彼が先に降りた。

私がそのあとからモソモソと降りようとすると、馬車の降り口の脇に立った彼が、自然な感じでスッと手を差し伸べてくれた。

騎士なのにゴツゴツしてなくて白く長い指だけど、男の人の大きな手。


「あ……」


慣れない私は思わず戸惑ってしまって、そんな綺麗な手に自分の手をのせて良いものかどうか悩んで固まってしまった。


「……えっと」


「……?……あ、すまない」


彼はそう言って手を降ろすと、さっと踵を返した。

私の態度が誤解させてしまったのかも知れない。

「あ……すみません」

小さな声で言うと、私もタラップを俯いて背中を丸めたまま降りると、彼の背を追いかけた。


なんだか薄汚れて、惨めな野良猫みたい……


城の中はというと、豪華で重厚な感じ。中世ヨーロッパのお城そのもの。

豪華なシャンデリアに壁には小さな火が灯された蠟燭。壁には大きな肖像画。


私の服装は元いた世界のままで、周囲の豪華さとまったく似つかわしくない。

ちょっとそこまでお買い物行ける程度のシンプルで可愛いめの、白のブラウスに膝丈のベージュのスカート。

はっきり言って地味過ぎて、逆に浮いてしまった。


城の門をくぐってから目的の部屋に到達するまでの途中、幾人かとすれ違う。

足首まで隠す黒のメイド服に白いフリルエプロンを着ている女性や胸元にはフリルの白シャツときっちりとした上着を着た男性たちと出会った。


すれ違う方々の視線がとても痛くて、苦笑いとともに自分の似つかわしくない格好が申し訳なくて、何度も頭を下げつつ歩いていた。


あなたは客人なのだから堂々としてればいい、と彼は言ってくれたけど。正直、恥ずかしさもあって、顔をあげる勇気がなかった。

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