第12話


 三年ほど前、事の発端は奇しくも西の領地ガルブ。

 いや、必然とも言える。

 人族の国とガルブの国境線では、現在も人族との深刻な紛争が続いている。


 それに伴い、紛争地帯に近い場所に住む一般人族は野蛮な者が多い。

 加えて、国境線付近の魔人は獣人系が多く、人族でも戦い易い。

 それらが要因となり、軍とは関係の無い一般人同士の小競り合いが度々報告されている。

 それらを”勇者被害”としてひとまとめにされている。

 人族の小説に描かれるような”勇者”とは全くの別物。

 何故そのようになってしまったのか……。


 大概は、取るに足らぬ小さな事件で済む話。


 だがその時は、とても些細な事件と片付けられぬ程、大きな”勇者事件”となった。

 紛争地帯にほど近い、一般魔人が住む領域を人族の軍団が襲撃したのだ。


 それまで互いに紛争地帯の外で”軍事力”が行使される事は無かった。

 そこには一応の”規則”が存在しているのだ。


 被害の大きさから、いよいよ全面戦争が始まるのか?と、軍関係者達は緊張感を高めた。

 しかし、ほどなくして人族側から否定の声明が出された。

 軍では無く、あくまで一般人達によって行われているものだと……。


 にわかに信じ難い話ではあったが、その鎮圧に人族軍の協力もあったとの事で、ひとまずは信じるしか無かった。

 

 結果、軍事兵以外の民間死傷者数が1000を超えた。

 いかに仮初の和平協定を結んでいるとはいえ、ここまでの事態になってしまうと簡単には収集がつかない。

 中央軍も出して、この事件の主犯であり人族内では”大勇者”と称されたアースウルを捉える事に成功した。


 ガルブで捉えはしたが、人族の著名人でもある為、一度中央組織で人族上層部も交えた綿密な取調べが必要という事で、王都セントラルの留置施設に送られてきた。

 その当時、王都の留置施設を管理・統括していたのが……この僕だ。


 王都に送還されてきた彼とは、送られてきた日に一度面会した。

 動機や意図など、何かしらの簡単な情報収集をしておこうかと考えてはいた。

 しかし、人族とはいえ著名人、比較的穏やかに応対するつもりだった。

 だが、どうにも馬が合わず口論に近いものとなってしまった。


 その夜、彼は脱獄した。

 僕は容疑者となった。



 僕がアースウル脱獄の手引きをしたというのだ。

 完全な濡れ衣である。


 当然、無実を主張した。

 覚えも無ければ、理由もない、それにアリバイもあった。

 監督責任に関しては言い逃れ出来ないが、手助けする理由は無い。


 しかし、どんな供述も受け入れて貰えなかった。


 平民の成り上がりである僕などは、貴族や上級職の者にとっては恰好のスケープゴートであり、捨て駒だった。

 表立って指摘される事は無かったが、理由の中には僕の外見も含まれていたのだろう。

 理不尽極まりない。


 人族のスパイなのでは?などという疑いも掛けられていたようだ。

 ここぞとばかりに誹謗中傷を受け、少しづつ築き上げてきた信用は簡単に失われた。

 被害は僕だけに留まらず、身近だった者達にも及び、僕は抵抗を止めた。

 時を同じくし、両親が他界した。


 不運な事故に巻き込まれたと伝えられている。

 事件との関係性は定かでない。

 後に調べても、詳細を知る事は出来なかった。


 疑念はあるが確証を得られぬ以上、どこに怒りを向けていいのか分らない。

 冷たいと思われてしまうかも知れないが、どうしようも無い。

 向ける方向が定まらない怒りは八つ当たりでしか無いし、終着点は見えている……。

 それを理解しているからこそ、内包する事にしたのだ。

 ……それには慣れているし『ツケが回ってきたのか』と納得してしまっている感もあった。



 だが、下された判決は無罪。


 正当な事の筈なのに不可解すぎて、審判長に理由を問いただした。

 「証拠不十分」という曖昧な答えしか返ってこなかった。


 無罪判決が出たとはいえ、一度向けられた嫌疑の目は簡単に拭うことは出来ず、判決後も肩身の狭い生活は続いた。

 判決に納得のいかない者達が、軍や国政管理職、また被害関係者の中に多く存在したのだ。

 そんな状況では復職など出来る筈も無く、同時にするつもりもなかった。


 途方に暮れていた僕の元に、意味不明な辞令が下された。

 それが王女の従者だ。



  ◇  ◇  ◇



 「……という事を経て、今ここにいます」


 僕は話し終えて一息吐く。


 「…………お主はそれで良いのか?」

 「どういうことですか?」

 「疑われたままで良いのかと聞いておるのじゃ!お主は手助けなどしておらぬのじゃろう?」


 何故か怒気の籠る王女。予想外の反応だ。


 「ええ。結果、無罪になりましたし……。それに……」


 何を言っても聞き入れて貰えなかった事実は軽くトラウマなのだ。

 外見も起因しているのは確かだが、それはあくまで表面上分かりやすいというだけで、それだけでは無い事情があるとも思っている。


 「理不尽じゃ!セルムにそんな大それた事が出来る筈も無かろう!」


 王女は自分の事の様に怒りを露にし、地団太を踏んだ。

 演技かもしれないと疑う気持ちもあるが、そう怒って貰えるのは、少し嬉しくもある。

 少し馬鹿にされている気がするが……。


 「それは私も同意します」


 ミレイが静かに答えた。

 どこに同意したのかで、意味合いが大きく変わってくるのだけれど……。


 「……取り合えず、知っておいて貰えれば、それだけで良いです」

 「良くは無かろう!妾の従者が愚弄されておるのじゃ。納得などいかん」

 「しかし、いくらアルレ様といえど、それは……」

 「よし、決めた。此度の勇者は軍や兄様達ではなくお主が退治せい。そして、汚名を返上するのじゃ」


 王女は僕を指差し言い放った。


 「えぇっ!?」


 僕は心底嫌そうな表情で応えた。

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