第25話 悪役貴族、失踪少女を発見する

 守衛の詰所を出ると、早速手近な部屋を開けてみることにした。

 中に敵がいた場合に備え、俺が鍵開けを担当し、ドアが開いた瞬間に室内に飛び込めるように、ジークがぴったりと壁に張り付く。

 俺達の背後にはエリスが控えており、飛び込んだジークが負傷した時に、すぐ回復魔法をかけられるように準備している。

 ロレインとサディアは上階から下りてくるものがいないか、警戒してくれていた。


 ガチャリと鍵が開く音がして、俺はジークに目で合図をした。

 ジークがうなずくのを視認してから、ドアを勢いよく押し開ける。同時に、ジークが長剣を抜いて室内に飛び込んだ。


「きゃああああっ!」


 室内にいたのは、怯えたように縮こまって身を寄せ合う、十歳前後の二人の少女だった。

 色白肌の赤毛と、小麦色の肌の黒髪――事前に聞いていたケイトとジェナの外見に完全に合致している。

 俺とジークが確認を取る前に、背後に控えていたエリスが二人に駆け寄った。


「ケイト、ジェナ! 二人とも無事だったのね!」

「エリスお姉ちゃんっ!」

「助けに来てくれたの!? よかったぁ……」


 エリスに抱きしめられながら、ケイトとジェナは安堵のあまり涙を流している。

 いいシーンなのだろうが、あまり大きな音を立てると上階の人間が不審に思って地下に下りてくる。

 賭博場の騒がしさでかき消されているとは思うが、ここは慎重に動いたほうがいい。


 ジークが長剣をしまうのを横目で確認しながら、俺はエリスの肩を叩いた。


「エリス。あまり大声を上げると、上の連中に気づかれるかもしれない」

「も、申し訳ありません、ゼオンさん」

「エリスお姉ちゃん、この人は……?」


 ジェナに問われ、エリスはなぜか誇らしげに胸を張った。


「ゼオンさんは魔法学院の同級生よ。すごい貴族の方なのに、あなた達を助けるために力を貸してくれてるの」

「貴族の方が、あたし達のために……」

「あ、ありがとうございます!」


 ケイトとジェナがしきりに頭を下げてくるが、俺は片手でそれを制した。


「それより、早くここを出よう。守衛が目を覚ましたら面倒だ」

「あ、あのっ……他の人達は、どうなるんですか?」


 ケイトに問われ、俺は思わず言葉に詰まった。


「あの……実は他の部屋にも、あたし達みたいに貧民街からさらわれてきた人達がいるんです。その人達も、一緒に助けてくださるんですかっ?」

「それは……」


 その問いに対する原作での答えを、俺はすでに知っていた。


 原作では戦力が心許こころもとなかったこともあり、ジーク達はケイトとジェナだけを救い出すことを選んだ。

 そうしなければ全員の命が危険にさらされるため、やむを得ない選択だったと思う。

 救出作戦の数日後、ロレインのツテで憲兵隊が出動したが、その頃には賭博場はもぬけの殻になっていた――その報告だけがプレイヤーには知らされ、結局他の被害者達がどうなったのかは不明のままだった。


 俺が返答に困っていると、背後からロレインが割って入ってきた。


「残念ですが、全員を助け出すことはできませんわ。今のわたくし達にそこまでの戦力はありません」

「なんでだよ、ロレイン! お前、いつもノブレス・オブリージュとか言ってるじゃねーかっ!」

「お黙りなさい、ジーク。無理に全員を助けようとして全滅したら、それこそ本末転倒でしょう」

「だけどよ……っ!」

「今助けられない方々も、後ほど憲兵隊を呼んで助けてもらいます。ゼオン・ユークラッド、あなたもそれでいいですわね?」


 ロレインに問われ、俺は思わずサディアに視線を向けた。

 サディアは引き続き上階のほうを警戒しつつも、こちらの話の成り行きが気になっているようで、ちらちらと視線を向けてきていた。

 俺と目が合うとバツが悪そうに上階に視線を戻すが、それでも彼女が何を言いたいのかは十分に伝わってきた。


 奴隷として売られた経験があるサディアとしては、全員を助けたいに決まっている。

 だがロレインが言う通り、全員を連れて行こうと思ったらリスクが跳ね上がる。文字通り全滅の危険をおかしてまで、ここで全員を救うべきだろうか?

 俺にとっては、考えるまでもなかった。


「――全員を助けよう」


 俺が言うと、ジークとエリスがぱっと表情を明るくした。

 サディアも表情こそ変わらないが、露骨にこちらに視線を向ける頻度が上がっている。


 だが、当然ロレインは静かな怒りのこもった目で反論してくる。


「正気ですの、ゼオン・ユークラッド? そんな大勢を引き連れていたら、すぐに敵に気づかれて包囲されますわよ?」

「危険なのはわかってる。でも、ここで見過ごしたくはないんだ」


 ――俺が幸せになるためには、周りの全員に幸せになってもらわないといけないんです。


 司祭に言ったあの言葉に、嘘偽りはない。

 俺は俺自身が平穏な生活を送るために、絶対に周りの人間を不幸にするわけにはいかないのだ。

 今の俺には、世界中の人間を幸せにする力なんてないが……少なくとも、サディアやエリスを悲しませるわけにはいかない。


 俺の決意を聞いても、ロレインは怒気を緩めることなく反論してくる。


「その気持ちはわたくしも同じですわ。正義感は結構ですけれど、勇気と無謀をき違えるのは命取りでしてよ?」

「もちろん、勝算もなしに言ってるわけじゃない」

「なら、聞かせてもらえませんこと? 一体どうやって、敵だらけのこの賭博場から、大勢の人達を助け出すっていうんですの?」


 ロレインに促され、俺は大急ぎで考えた作戦について語り始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る