クーリエ

有くつろ

第1話 見覚えのある宅配員

 窓にへばり付いた桜の花びらが、頼んでもいないのに春を知らせた。逃げて、逃げて、逃げて、どこまで逃げてもあの白い監獄は私を息苦しくさせる。

きっとあの子達は今頃慣れない教室に、緊張でも覚えている頃だろう。一年間を共にするクラスメイトを物色して、今年のクラスはどうだとか、去年はどうだったとか、誰も喜ばない会話を繰り返す。


 生温い布団から離れられなくて、スマホを手に取った。いつもメッセージアプリには新着メッセージが届いている。相手はいつだって同じだ。

私は母からのメッセージを見てため息をつく。宅急便が来るから出て欲しいだなんて、今どきどうかと思う。私は常に家に居るんだから、置き配にしてくれればいい。

人間が苦手とか話せないとかではないけれど、極力会いたくない。わざわざ会う必要がないからだ。


 私が使っているメッセージアプリは一般的に使われているものではない。母が気を遣って勧めてくれたものだ。通常のアプリを使うと思い出すことが色々あるだろうから、と考えてくれたことは分かるけれど、こんな見たこともないようなアプリを使うと違和感しか感じない。


 でも、それもどうでもいい。連絡を取るのは母しか居ないから。

私は布団の隙間からぬるりと抜け出すようにして、ベッドから降りた。まだ寝ぼけている頭を支えながらリビングに向かう。

ぼんやりとしながら階段を降りていると、無機質なインターホンの音で完全に目が覚める。こんなに早く来るなんて聞いてない、と思いつつ私は早足で階段を駆け下りた。


 息を切らしながら応答ボタンを押して「はい」と返事をすると、帽子を目深に被った宅配員は「宅急便です」と無愛想に答えた。

かなり大きな荷物を持っているようだけれど、一体母は何を頼んだのだろうか。

私は呆れながらハンコを持ってドアを開けた。


 「諏訪すわさん宛の荷物ですがよろしいでしょうか」

はい、と言って指を差された場所にハンコを押す。

荷物を受け取ろうとすると、唐突に宅配員は黙り込んで私を見つめた。


 荷物を渡す気が無いのか、力が抜けたように私を見つめる宅配員。寝起きであることも相まって、苛立ちを覚えながら私は顔を上げたものの、私も黙り込んで彼を見つめてしまった。

進藤夏樹しんどうなつき。一度も思い出すことのなかった名前が、私の頭に舞い降りた。


 ドクン、と大きく心臓が揺れる。

私、彼の目にどう映ってる?彼は私を見てる?嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌嫌嫌嫌。

呼吸が荒くなる。深呼吸をしなければならないと分かっているのに、それに反比例するように呼吸がどんどん荒くなっていく。


 反比例?反比例は反対に比例することだから反比例と呼ぶのだろうか?もう、覚えていない。何故なら家では復習テストも無いし、私の名前を呼ぶ先生の声も聞こえないし、陰口も、何も聞こえてこないから。そんな事忘れてしまった。


 そんな驚いたように私を見ないで、早く荷物を渡して。それから何も言わずにドアを閉めて。お願い、お願いだから。目眩が私を飲み込む前に、どうにかして。駄目、もう、間に合わない。間に合わなかった。駄目だ、私は、いつもこう。

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