神社の娘

坂東さしま

第1話 豪雪の桜

 関東なのか東北なのか。

 北海道なのか九州なのか。

 だれも詳しく答えられない。


 そんな場所にあるのが橘平の住む村だ。

 村の四方は低い山に囲まれ、その中心には円形の広い森が鎮座している。そして森を囲うように人家が広がっていた。

 現代において、そんな不確かな場所にある山に囲まれた村は限界集落、もしくは人口の大幅な減少に歯止めがきかない…と思われるかもしれないが、この村の人口は平安だか江戸だかわからないが、とにかく、大昔から今も変化はない。

気持ち悪いほどに。


 その日は珍しく、深く積もる雪が降った。大昔は毎年大雪だったらしいが、橘平が記憶する範囲では、ぱらぱらとしか降っていない。積もっても5センチくらいがせいぜいだし、降ったか降ってないか、のような雪もあった。

 夜の12時くらいだった。橘平はそんな雪が珍しくて、家族みんなが眠ったことを確かめてから散歩に出かけた。「どこに行くの?」「誰と行くの?」だの聞かれるのが面倒であるし、親にだまって夜中に家を出るという、ちょっと悪いことにときめく年頃なのだ。

 橘平がこれまで経験してきたどんな冬の日よりも寒かった。高校の指定ジャージの上に、しっかりしたアウトドア系ダウンコート、ネックウォーマー、ニット帽に毛糸の手袋、長靴。といういでたちでも歯が立たない。

 が、図書館で見た季節の絶景写真集に載っているかのような美しい雪は、まるでこの夜空の星が降ってきたんじゃないかと思え、寒さも我慢ができた。

 「俺らしくない感想だなあ」とは思いつつ、橘平はふと写真を撮ってみようという気持ちになった。


 学校の女子など周りの同級生たちはよく、友達同士もそうだし、かわいいとかキレイとか言ってお菓子や犬猫などなど、その辺で写真や動画を撮りまくっている。

しかし橘平は特に撮りたいとは思わないタチで、彼のカメラロールには家で飼っている柴犬の写真すらない。

 そんな橘平が、この日の雪は「撮りたい」と思った。

 暗い夜空に雪がきらきら、っと星のように光って見える写真が撮れないかな、角度はこうかなと、スマホのカメラで何度も撮ってみる。寝転んだり、しゃがんだり、いろいろな態勢で撮ったりもしてみた。手袋を外しているため指がすでにかちかちに凍っているが、写真に夢中でマヒしていた。

 空の次は森と雪を撮ってみようと、背面のカメラの向きを上から水平に移した。すると、画面に人が映し出された。

 月からの光、足元の雪に反射した光。上下の光が映し出す幻想的な場面に浮かび上がるのは、橘平と同じくらいの16、7歳の女子だった。大き目のメガネにダッフルコート、もこもこっとしたマフラーと手袋、ニットガイドを身に着けている。


「あう!?」


 まさか人がいるとは思わなかった橘平は、変な声をあげ、思わずスマホを落とした。

 女の子も一瞬、ぴくっと驚いたようだったが、橘平に構わずさっさと歩き出した。


「え、ちょっと!」


 村人はだいたい顔見知りだ。同年代ともなれば、小学校からずっと一緒。しかし、その女の子を全く見たことがない。

 こんな夜中に女の子が、しかも見たことがないということは「よそ者」だ。最近、女子中学生の自殺のニュースが世間を騒がせていたこともあり、橘平はそれを彼女に重ねた。

 これはただことではない、自殺か家出か。それを見逃したとしたら、後味が悪い。


「待って!」


 落としたスマホを急いで拾い、なれない雪に足がとられつつ、橘平はざくざくと女の子の後をついていく。雪はひざ下まで迫っている。女の子は意外とさくさくと歩いていて、橘平は距離を縮められないでいる。


「夜中に危ないだろ、女子一人で出歩くなんて」

「あなた様も夜中に出歩いておりますが、男子なら危険はないのでしょうか」

「いや、俺は家がすぐそこだし!あんたよそ者だろ?どうやって村に来たか知らねーけど、知らない村に来るなんて何考えてんだ」


 女の子は橘平を無視し、ずんずん進む。女の子が向かう先には、村の中心にある円形の森。もう目の前だ。

 これは自殺か何かしかない。そう考えた橘平は、寒さも忘れてついていく。

 女の子が突然歩みを止めた。


「なぜ、付いてくるのでしょうか」

「言っただろ、よそ者には危険だって」

「…私、よそ者ではございません。この村の者です。おそらく、村の誰よりもこのあたりの地理は熟知しておりますゆえ、ご心配なさらぬよう」

「え、村の人?えーあなた?君?のこと、全く知らんけど。学校で見かけたことがないし」


 女の子は顔に比して大きなメガネをくっとかけ直し、また前を向いてさっさと歩き始めた。


「そっちは森なんだよ、森!すっげえ暗くて怖いんだぞそこ!危ないって!」

「そこが私の目的地です。あなたこそ危ないですよ、お帰りになったほうがよろしいと存じます」


 同級生が使わないような堅苦しい言葉遣いが、橘平のカンに触ってきた。そう年齢は変わらなそうなのに、妙に偉そうでつんけんして。橘平が親切で注意しているのに、全く聞き入れる様子はない。


「ケガしても知らねーぞ!!」


 そう叫んで注意しても、女の子はずんずんと雪道を進んでいく。

 追いかけるのに必死になっていたら、もう森の中だった。

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