第6話 中間テスト
開け放たれた窓からは、心地よい風と共に新緑の匂いも一緒に教室へと飛び込んできた。
冷房も暖房もいらない、良い季節。
入学して1カ月半が経ち学校生活にも慣れてきて、楽しい毎日を送っていると言いたいところだが、僕たちの前には一つの大きな試練が待ち構えていた。
一緒にお弁当を食べている三井が、ため息混じりにつぶやく。
「はぁ、来週から中間テストと思うと食欲も進まないよ」
そう言いながらも三つ目のおにぎりにかぶりついた。
「中学と違って9科目もあるし、範囲も広いし心配?赤点の50点以下だったら、補習があるんでしょ」
来週から行われる中間テストが、生徒たちに暗い影を落としていた。
サンドイッチを手にした遥香が、遠慮がちに口をはさんできた。
「それなんだけど、私いいこと思いついたんだけど」
「えっ、何?」
「一緒に勉強しない?ミッチーと亜紀は数学とか化学とか理系科目得意でしょ、私は文系科目の方が得意だから、それぞれ得意な方が苦手な方に教えるの。一人で悩むより教えてもらった方が速いでしょ」
数学が苦手な遥香は席が隣ということもあり、宿題で分からないことがあるとすぐに僕に聞いてきた。
毎回教えることになるのだが、そうやって教えるうちに自分でも理解があいまいだったところが明確になっていくのを感じていた。
教えあうのは助け合いだけではなく、自分のためにもなる。
「そうだけど、英語はどうするの?遥香、そんなに得意なイメージないけど」
授業中、先生に当てられてカタカナ英語で英文を読み上げていた遥香。
英語は苦手ではないかもしれないが、得意でもなさそうだった。
心配そうに尋ねた三井に対して、遥香は胸を張りながら答えた。
「大丈夫、当てはあるから。任せておいて。じゃ今日から部活停止期間に入るから、早速今日の放課後集まって勉強しよう」
安心した遥香はサンドイッチにかぶりついた。
◇ ◇ ◇
放テスト前1週間となり部活停止期間に入ったこともあり、放課後の教室はにぎやかだった。
いつもなら授業が終わると部活に直行する生徒が教室に残り、友達同士話したり、勉強をしたりしている。
4つの席をくっつけ僕の前には、三井が座っており、机の上には英語の教科書がすでに置かれてある。
当てがあると言っていた遥香は授業が終わると教室を出て行った。
どうやら誘うのは別のクラスの子のようだ。
「誰だろうね」
「かわいい子だと良いな」
三井は落ち着かない様子で教科書をパラパラとめくっていた。
「お待たせ」
遥香が戻ってきた。遥香の後ろには、遥香より一回り大きな女子が立っていた。
「初めまして、5組の東野奈菜です。遥香とは同じソフト部です」
見た目通りハキハキとした口調で挨拶してくれた。お辞儀をすると、一緒に彼女のポニーテールが揺れた。
凛々しい眉毛にはっきりとした目鼻立ち。活発で明るい子のようだ。
「こちらこそ初めまして、松下亜紀です」
「わ、私、み、三井冬馬」
「私のクラス、男子いないんだ。青陵男子、間近で見るの初めてだけど、二人ともかわいい」
お世辞の誉め言葉かもしれないが、それでも「かわいい」と言われると嬉しく感じる。
隣に座るねと言いながら、彼女は三井の隣に座ると、いつもニコニコしている三井の笑顔がさらに3割増しになった。
早速、三井が東野に英語の分からないところを聞き始めた。
「東野さん、英語得意なんだよね?早速で悪いけど、この英文どう訳すの?」
「ああ、それね。SVOOの構文で、一つ目のOがこれで、二つ目のOがここだから……」
三井の質問に東野が丁寧に教え始めた。三井は、彼女の話を聞きながらもチラチラと彼女の顔に視線を向けていた。
そんな二人を観察していると、肩をポンポンと叩かれ横を向くと、遥香が数学のプリントを手にしていた。
「亜紀、数学のこの問題なんだけど、どうしたら良いの?」
「ああ、これね。絶対値が入ってて分かりにくいけど、絶対値の中が正と負で場合分けすると……」
プリントの裏紙を使いながら、問題の解き方を教え始めた。
遥香は真剣なまなざしで僕が書く数式を見つめていた。
◇ ◇ ◇
6時45分。完全下校15分前のチャイムが鳴ると、残っていた生徒たちは一斉に帰り支度を始めた。
校門前でバス通学の三井と東野は、また明日ねと言ってバス停の方へと向かっていった。
「遥香は電車通学?」
「うん。亜紀も?」
「そう、××駅」
「私、○○駅だから、反対だね。まあ、駅まで一緒に行こう」
入学して1か月以上経つが、部活がある遥香と一緒に帰ることは今までなかった。
二人並んで歩く帰り道。なんとなく、小学生のころを思い出す。
それは遥香も同じだったみたいだ。
「なんか昔を思い出すね」
「ああ、私もそう思ってた」
小学生のころ、一人で帰っていると男子からイジメれたり揶揄われたりするのを憐れんだ遥香が、いつも一緒に帰ってくれいた。
「でも、あの頃とは違うね」
遥香の視線は僕のスカートに向けられている。
「あっ、いや、これは違うんだ」
「違うの?女の子になりたかったんじゃなかったの?」
遥香は真顔で尋ねてくる。何と答えればいいのか?
もともとは母に騙されて青陵高校に入学して、スカートを履くはめになってしまった。でも時間が経つにつれ、ちょっとずつ女の子の楽しさが分かってきて、この前は自分でスカートも買うようになってしまった。
トランスジェンダーのように体の性に違和感がある訳ではない。
どうせスカートを履いて3年間過ごすなら、可愛くはなりたいだけだ。それは男子としてダメなんだろうか?
言葉では上手く説明できず、簡単に正直な気持ちを答えた。
「よくわからない。でも、可愛くはなりたい」
「そうなんだ。それで恋愛対象は男子なの?女子なの?」
「男子を好きになったことはないよ」
「ふ~ん、よ……」
最後の部分は小声で、しかもタイミング悪くトラックがガタガタを大きな音を立てながら通り過ぎていったため、聞き取れなかった。
会話を続けるため、話題を変えることにした。
「遥香は、どうして制服、ネクタイとスラックスなの?」
「えっ、ダメ?似合ってない?中学の時も選択制で3年間ずっとスラックスだったし、なんとなくこれにしてるけど」
「ダメって訳じゃないし、似合ってるけど、持ってないの?」
「いらないって言ったんだけど、親が気が変わったら困るからって言って、一応は持ってるよ」
「持ってるなら、たまには着てきてもいいんじゃない?遥香、似合いそうだよ」
本当は可愛いからリボンとスカートの方が良いよと言いたいところだったが、直接的に言うのは気が引けた。
「まあ、そのうちね。ところで、明日、化学教えてくれない?私、モルの計算とかイマイチよく分からないんだ」
「あっ、いいよ」
なんとなく触れてほしくないような感じで、遥香は話題を変えた。
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