入学した高校の制服がセーラー服だった件

葉っぱふみフミ

第1話 セーラー服

 松下亜希は、壁にかかっているセーラー服を見てため息をついた。

 白地に2本白のラインが入っている紺色の大きな襟。

 正統派のセーラー服と言っていい。


 もともとセーラー服はその名の通り船乗りである水兵さんの仕事着で、大きな襟はエリマキトカゲにして音を聞きやすくするためと言われている。

 いや、今はそんな豆知識どうでもいい。


 水兵さんの仕事着には胸元に赤のリボンはついていないし、なにより下はスカートではないはず。

 現代の日本では、セーラー服と言えば女子学生の制服のことだ。


 いや、それもちがう。目の前にあるセーラー服は、来週に入学式を控えている青陵高校の男子の制服だった。


「亜紀、ちょっと来て」


 1階から母親である史恵の声が聞こえてきた。

 部屋を出て美容室として使っている1階へと降りる。

 美容室にはお客さんはおらず、母がハサミを片手に持ちながら立っており、祖母はレジ横で椅子に座りながら帳簿をつけていた。


「ほら、ちょうど今お客さんいないから、亜紀の髪カットしようか。席に座って」


 母が3つある椅子のうちの右端の椅子を見向きながら言った。

 スカートが皺にならないように、お尻に手を当てながら椅子へと座る。

 スカートを履くようになって一週間、椅子の座り方も自然とできるようになってきた。


「入学式、来週だね」


 母が髪をカットしながらつぶやく。目の前の鏡ごしに、母親の嬉しそうな笑顔がみえた。


 生まれてからずっと髪は母にカットしてもらっていたが、去年の夏から「伸ばした方が似合うよ」と言って、前髪や毛先を揃える程度にしか切ってくれなくなった。

 その理由がようやくわかったときには、すでに手遅れだった。


 テンポよくカット進めていく母の美容師として技術は高いようで、カットが進むにつれ見る見るうちに男っぽさが消え、女の子っぽく見えるようになってくる。

 

 髪をカットされながら、どうしてこうなってしまったんだろうと思い返してみる。

 今思えば、去年の夏に両親の離婚が決まってから、こうなる運命だったのかもしれない。


◇ ◇ ◇


 去年の夏、両親の離婚が決まった。

 父親の浮気が原因だが、それ以外にも酒を飲んだら暴れるなど典型的なダメ親父だったので、離婚が決まってむしろほホッとしたのを覚えている。


「お母さん、仕事はどうするの?」


 母子家庭といえば、貧しいイメージがある。

 母は心配させまいと、元気よく答えてくれた。


「おばあちゃんの実家で美容師室やっているでしょ。そこで、一緒に働くから。大丈夫だって、出張カットとか何でもやって、高校にも大学にも行かせてあげるから。こう見えても、お母さん美容師として腕はいいんだよ」


 母は誇らしげに右の二の腕を左手でポンポンと叩いた。


「すぐに出ていくの?」

「すぐに出ていきたいところだけど、亜紀も今の中学で卒業したいでしょ。3月まではこっちで、4月から戻るようにしようか?」

「うん」


 高校受験を控えた身としてはありがたい提案だった。


「あっ、そうだ。高校と言えば、青陵高校なんてどうかな?」

「青陵高校?」


 母の実家は新幹線で1時間以上かかる他県にあり、その地方の高校のことは何も知らない。


「そう、お母さんの母校でもあるんだけど、教育熱心でいい高校だよ。お母さんのころは女子高だったけど、今は共学になっているし、偏差値的にも亜紀のレベルなら大丈夫だと思うよ」

「ふ~ん」


 早速スマホで青陵高校のことを調べてみた。たしかに母が言う通り、参考書や赤本が充実した自習室や予備校講師による補習など教育環境はよさそうだ。

 それに300人の定員に対して、男子生徒は毎年10名前後。

 その男女比率にハーレムを期待してしまい、あっさりと志望校を決めた。


 財産分与や養育費で揉める両親を横目に受験勉強をつづけ、友達との別れに涙を流しながら卒業式を終えると、母の実家へと引っ越してきた。


 引っ越し業者が運んできた段ボールを開けながら片づけていると、母が声をかけてきた。


「亜紀、そろそろ発表の時間だね」

「うん、ドキドキするね」


 母が見守る中、受験票を取り出しスマホに受験番号と生年月日を入力した。回線が混雑しているのか、すぐには表示されず数度の再読み込みを行うと画面には、「合格」の文字が表示された。


「お母さん、受かったよ」

「おめでとう」


 嬉しそうな笑顔を浮かべる母が背中越しに抱きついてきた。久しぶりに感じる母の体温。暖かく優しい温もりを感じながら、合格の喜びを分かち合った。


 その3日後、母と一緒に入学の手続きのために青陵高校にきていた。

 久しぶりの母校に興奮している母は、周りをキョロキョロと落ち着かなく見渡している。


「30年ぶりの母校は、やっぱり変わったね。校舎も新しくなってるし、グラウンドに芝が敷かれているし」

「ほら、懐かしんでばかりいないで、書類出さないと」


 まだ名残り惜しそうにしている母の手を引き入学に必要な書類を提出すると、説明会が行われる体育館に行くように案内された。


「この体育館も新しくなってる」


 母は相変わらず、昔と今の校舎を周りを見比べている。

 説明会が始まるまであと15分。暇つぶしも兼ねて、手元にある高校のパンフレットを見ることにした。


 ネクタイにスラックス、リボンにスカート、セーラー服と3パターンの制服を着た女子生徒が、楽しそうな笑顔を浮かべパンフレットの表紙を飾っていた。


 制服は3タイプから選べるのか。スラックスタイプもあるのは、今どきだな。

 そんなことを思いながら、パンフレットを読み進めた。


 体育会や文化祭など学校行事の案内に続いて、制服紹介のページを開いたところで手が止まった。


 セーラー服の制服を着ている生徒の下には、「男子制服」の文字が書かれていた。

 誤植だろう。

 セーラー服が男子の制服なわけないし、実際パンフレットにはセーラー服の制服姿のかわいい女子生徒が載っている。


 それが間違いということに気付いたのは、入学説明会が始まってすぐのことだった。


 校長先生の挨拶が始まり、合格おめでとうそして入学してくれてありがとうと決まりきった挨拶を終えた後、青陵高校の特色でもあるジェンダー教育について話し始めた。


「……という訳で、本校はジェンダー教育に力を入れており、その一環として男子生徒の制服をセーラー服にして、男子生徒には3年間女子高生として過ごしてもらいます」


 校長先生の言葉に、驚き思わず声を上げそうになったのを必死で堪える。

 理解が追い付かない中、校長先生は女性への理解が進むことで卒業後に仕事でも家庭でも役に立つことと熱弁を続けていた。


 もう一度パンフレットを見てみる。

 セーラー服を着ている生徒は、確かに男子と言われれば肩幅は広く、顔の輪郭も男っぽい。


 どうやら本当に制服がセーラー服なのは間違いないようだ。

 ってことは、3年間セーラー服着て学校に通うの?


 


 



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