こころを豊かにする魔法の旅

@kashiba_midori

第1話 プロローグ

「僕は心を豊かにしたい。」


目の前の少年に行動の目的を聞くと想像の遙か上を行く回答が返ってきた。その答えを聞いたフラタニティは雷に打たれたような刺激が体を巡った。


この少年は何を求めているのだ? 心を豊かにする?その手段を私は知らない。230年生きて来たが、そんなことを考えたこともなかった。


若い頃は、魔族から生きのびることで必死だった。生きているだけで良かった。


魔族との戦争に勝利してからは、飢えを凌ぐことで必死だった。お腹いっぱいご飯を食べることが、何よりの幸せだった。


心を豊かにする。誰もが生き抜くことで精一杯だった時代を生き抜いたフラタニティからするとその願いは、贅沢に思えた。だがそれと同時に新たな時代が迫っていることを理解する。





翌日。


「ヘルパー。私はこれから旅に出る。」


 協会が運営する魔法開発局局長のフラテニティーに呼び出されたヘルパーは、局長室に入るやいなやそう声を掛けられた。相変わらずせっかちな人だとヘルパーは思う。部屋に入ってソファーに座るどころか、まだ扉も閉めてすらいない。局長にふさわしい広い部屋は、中央に雑談用のソファーと机があり奥には仕事用の広いデスクがある。


 局長の席に座る金髪の垂れ目な少女は、見た目は16歳だが年は230歳だ。時間の流れが止まっているかのようにほとんど見た目が変わらないフラテニティーだが、唯一耳たぶだけは過ごした年月と共に長く伸びている。肩まで届く長い耳たぶを人差し指に巻きながら話す表情は、新しいおもちゃも見つけた子供のようだ。


 局長のフラタニティはヘルパーにとって育ての親であり上司でもある。生まれてから140年ほぼすべての時間を共に過ごしてきたヘルパーはフラタニティの求めている返答がよく分かる。


「なぜだ?」


 ヘルパーの質問はフラタニティが求めていた問いであり、満足であるかのように机に肘を突き口角を上げる。


「ヘルパー。新しい時代が来ようとしている。」

「新しい時代?どういうことだ。分かるように説明しろ。」

「私達は過去に様々な魔法を開発した、中には人々の生活を変えるような素晴らしい発見があった。魔族の言葉が分かる魔法、空を飛ぶ魔法、魔法を蓄積する魔法、細胞を新しくする魔法、物を転移する魔法、学習するゴーレムを生み出す魔法、物を収納する魔法などがそうだな。」

「あぁ。どれも人の生活を変えた伝説的な魔法で、ここ魔法開発局で発明された。」


局長の部屋を見渡しても様々な魔法が使用されていることが見て取れる。インテリアのほとんどは魔法で色調を調整しており、今はどこか温もりを感じる書斎になっている。昨日までは白で統一された無機質な部屋だった。部屋の模様が変わったのは10年ぶりだ。何か心情に変化があったのだろう。


「残念なことに、ここ30年間、世界を一変させるような魔法を開発できないでいる。それどころか開発する魔法課題がない。この停滞はゆゆしき事態だ。」

「あぁ。そうだな。お前に常々言い聞かされてきた。魔法の発展が世界の発展、人の成長である。」

「そうだ。いつの時代も人の成長には魔法の発達が不可欠だった。魔法の発展が無ければ人は魔族に滅ぼされている。魔法の発展は人類存亡にとって重要なことだ。なのに!30年、30年も劇的な魔法の発達はしていない。世間はどうだ。本当に成長していないのか?何も変わっていないのか?本当に魔法の発展のみが世界の発展に繋がるのか?私達は何か大切なことを見落としてるかもしれない。私はそれを確認しに行く。」

「確認?その様子だともう目星はついているように見えるが?」

「あぁ。だが、答えが出ていない。その答えの先に新たな伝説級の魔法が待っている。」


ヘルパーは髭を撫でる手を止め数秒フラタニティを観察し、直近のフラタニティの行動を思い返す。


「そうか、昨日の外出だな。何を見た?」


フラタニティがニヤリと笑うのを見逃さなかった。どうやら正解のようだ。満足したのか椅子に深くもたれ込み姿勢を崩す。


「付き合いが長いだけあって、察しが良いな。あっぱれだ。」

「フラタニティ。姿勢が悪いぞ。」

「良いではないか。今はお前しかいないんだ。楽にさせてくれ。」

「全く。」


 フラタニティは昔から姿勢が悪い。都度注意をするヘルパーではあるが、一向に治る気配がない。昔、ヘルパーが姿勢矯正魔法を開発しフラタニティで試したことがあるが、効果はなかった。町では効果が確認されたのだが・・・。解せん。


「ヘルパーが子供の頃、何で遊んでいたか覚えているか?」

「あぁ。覚えている。魔法を使って遊んでいた。」


 ヘルパーは髭を撫で、懐かしむように答える。


「そうだな。」

「なぜそんなことを聞く?俺だけじゃない。みな魔法で遊んでいた。町ではそれが当たり前だ。」


 なぜそんなことを尋ねるのか分からないが、130年ほど経った今でもしっかり覚えている。孤児院の仲間達と風魔法で落ち葉を飛ばしたり、魔法で水を出して落ち葉の船を流したり、土魔法で良質な粘土を生成し堅い泥団子を作っていた。思い返すと何がそんなに自分を熱中させたのか分からないが、当時の俺はそれがたまらなく楽しかったのだ。


「そうだな。子供達の遊び道具はいつの時代も魔法だった。特にお前は魔法の才能が誰よりもあった。そのためもあって、人気者だったな。」

「そんなこともあったな。で、それがどうした。」

「あぁ。今はその常識は、非常識だ。」

「なぜだ?泥遊びをする泥を生成するのにも、水に葉っぱの船を浮かべるのにも魔法を使った方が楽だろう。」

「彼らは結果よりも過程に重きを置いている。それが何のためかは分からなかった。だが、我々の理解できない何か新しい時代が訪れようとしていることは確かだ。彼らは心を豊かにすべく日々を過ごしている。その行く末を見るために、私は各地を巡る。ヘルパーは私が留守にしている間の―――。」

「俺も連れて行け。」

「いや。お前には私の代理をだな―――。」

「俺も付いていく。」

「1人で行くと決めている。残念だが諦めろ。」

「ダメだ。俺も付いていく。」

「なぜだ。なぜ付いてこようとする?」


 ヘルパーは長い髭を一度ゆっくりと撫でてから答える。


「フラタニティ。旅をするなら保護者がいた方がいい。」

「バカを言うな。私は今年で230歳だぞ。それに、どちらかというと、私がヘルパーの保護者だ。」

「その見た目でか?町の出入りはどうする?」

「忘れたのか?私には身分証明の魔法開発局のペンダントがある。」


 教会が運営する魔法開発局に所属する者は、それを示すペンダントを所有している。そのペンダントを所有していることは同時に働ける年齢であることの裏付けになる。つまり成人していることを意味する。


「それを衛兵が信じるとでも?子供のいたずらと思われるのがオチだ。それに、人の年齢を調べる魔法を使用されたらどうする。お前は16歳と表示されるだろう?」

「・・・。」


 フラタニティは自信に流れる時間を相対的に遅くする魔法を使用している。そのため、肉体年齢から年齢を調べる魔法を使用されるとフラタニティは16歳となる。


「俺がいると、比較的スムーズに旅ができるぞ。子供は、保護者同伴なら自由に出入りできるからな。昔と違って良い時代になったものだ。」

「昔は、この見た目でもそれなりに認知されていたのだがな・・・。」

「いつの時代の話だ。俺はそんな時代知らんぞ。」


 140歳のヘルパーが知らないと言うことは、少なくともその時代はヘルパーが生まれるよりも前の話である。


 町から町へ移動は昔ほど厳しくない。昔は違ったのだが、今は成人している人は自由に出入りできる。未成年でも保護者と一緒か許可証を持っていれば出入りできる。


フラタニティの見た目は若い。誰が見ても16歳ほどの少女だ。人の寿命が極端に延びたのは、細胞を新しくする魔法が発明されてからだが、その魔法を駆使しても見た目は老いていく。現にヘルパーは年相応な立派な髭が生えている。だが、フラタニティはそうではなく、若いままだ。


細胞を新しくする魔法を開発したのは90年前で、フラタニティはすでに140歳だ。フラタニティが細胞を新しくする魔法で長生きであるのならば色々と矛盾が生じる。何らしかの魔法で成長を止めているのは明らかであるが、その魔法理論を聞いても誰もが理解できないのである。


人の年齢は今も昔も見た目でおおよそ予想が付くのが常識だ。つまり、今のフラタニティが町を出歩いても少女として扱われてしまう。未成年単独での町から町へ移動するには制約が多い。それも宛先のない旅となると、面倒ごとが増えそうだ。


 ヘルパーはフラタニティの保護者として同行を提案することで、フラタニティの旅に自分が同行することのメリットを提示したのだ。


 フラタニティは、ヘルパーの指摘を受け、自身の見た目を確認してしょんぼりする。その表情はよりフラタニティをより幼く見せる。


「分かった。同行を許可しよう。ただし、連れて行くのはお前だけだ。他の者まで来ると言い始めたらかなわない。」


「分かった。そうしよう。」






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