あの日恋心に終止符を打ったはずなのに。。

るりたては

第1話





今日もいつもと変わらない穏やかな日常

隣にはすぴーという効果音が似合う、俺の愛しの我が子が眠っている


うん、今日も平和ないい1日になりそうだ


微笑ましく思ってそのぷにぷにと柔らかいほっぺにツンツンとしてみる。触られたのがくすぐったかったのか、煩わしかったのかムっと一瞬眉間にシワがより険しい顔をする

そんな表情すら愛おしい。もっと触っていたいが自分の都合だけで我が子の安眠を邪魔するわけにはいかないので、程々にして朝食の準備に向かう為キッチンへと向かった

さて、今日は何にしようか

元々朝は食べない派だったが子どもができたらそうとは言っていられない

俺が食べないことによって子どもが真似をする、と言い出されると十分な栄養が取れなくなってしまう

今日ものどかなこの空間にボーっとしている頭が少しでも冴えるようにと、キッチンの横にある窓から目の前に広がる海を眺めていたら突然チャイムがなった

そのまままだ冴えていない頭で何も考えずに廊下を歩いていき玄関の扉を開ける

この時少しでも考えてたら、疑問に思って踏みとどまっていたら未来は変わっていたのかもしれない。なんて思ってしまう

こんなに朝早くこの家に訪ねてくる人はいない、と。宅急便だとしてもまだ早い時間だし、近所の人でも同じく。

そして家族もましてや友人すら訪ねてくることはない。だってこの場所へ越してきたことは、誰にも伝えていないのだから。


『はーい、どちら、さ、ッ、、ぁ』

そう誰にも知られているはずがない。

なかったはずなんだ

目の前にいる人物を見て完全に眠気は吹き飛んだ。でも逆にそれがまだ俺を夢の中にいるのかもしれないと思わせるような、そんな存在がそこにはあった

だってこいつは


「久しぶりだね、ちーちゃん」

俺がたったひとつの宝物以外と距離を置いて逃げ出した元凶。

もとい10年という俺の恋心を終わらせてあげたくて、俺の勝手な都合だけでハジメテを捧げた男。


『ぅ、あ。な、んで…?』

一瞬にして頭が真っ白になり困惑していく

そんな俺の様子を見守りつつ、泣きそうなホッとしたような色んな感情が混ざった表情をしたそいつが口を開こうとした時


「ぱーぁぱ?」

唐突にかけられた声の方へと顔を向けると眠さを隠そうとせず、右手はグーで目を擦りながら左手はパジャマの裾を掴んでぺちぺちヨタヨタと歩いてくる我が子の姿があった

そんな姿も可愛いねと一瞬、現実逃避をするくらいには気が動転していた


「ちーちゃん、」

「はぁい!…ん?だぁれぇ?」

あ、まずい。と思い直す

それは俺がいつも我が子に呼ぶあだ名で、俺がこいつに呼ばれていたあだ名。未練がましく俺がこいつに呼ばれていた名前で我が子を呼んでいたなんてことが知られてしまった瞬間だった

そんな事情は知らない愛しい我が子が元気いっぱいのお返事で答えてコテッと首を傾げる。そして俺の目の前の人物にぱぁぁあっと、顔を明るくさせたのがわかった


「きゃー!!かぁこいねぇ!」

キャッキャと楽しそうにはしゃぐ我が子

「ふふ、お名前は?」

その問いかけにこっちまでぱたぱたと走って来て、俺のズボンを掴む

それに合わせて我が子の目線までしゃがみ込んで優しい笑みを浮かべていた

「ちーちゃんねぇ、ちとしぇってなあえなの」

「!!ッ、ちとせちゃんって言うんだ」

一瞬だけこちらに向けられる視線

「うん!ぱぁぱもちーちゃんとおしょろいなんだよ、おにしゃんはー?」

「俺はね、はるとってお名前だよ。言えるかな?」

「はぅとー?」

「そう、そうだね。よく言えました!えらいね」

「えらい?きゃー」

嬉しそうにくふくふと笑いながらグイグイと引っ張られたズボンによって、ハッと現実に引き戻されたような感覚がして我が子を抱き上げる

そして不意に合うその男の目からは、絶対に逃れられないと確信した


このままずっと玄関に居るわけにもいかず、リビングへとその男を招き席に座らせた

飲み物を持ってその向かい側に俺は腰を据える

色々と思うことも聞きたいこともあったが、多分この男はこの子が俺との子だと確信を得てここに来ているということだけはわかる

いや、名前を聞いてそれがより確実なものとなったというべきか?


まずここで考えられることは、もしかしたら我が子をとられるかもしれないということ。

それは絶対に阻止しなければならない、とは言え力でも財力でも勝てるわけがない。力とは物理的にも経済的にもだ。

それにこいつはあの誰もが知る大企業の長男で、俺の知る限りではこいつにとって我が子が長子である可能性が高い。目の前のこいつも長男で我が子も男の子だ

弟たちもいるなかで長男であるこいつは跡取りとして育てられ立派にその役目をこなそうとしている。会社を長男が引き継がなければいけないのであれば、この子もそうなるかもしれない。でもだからと言ってそう易々と引き渡しはしない。

俺の生きがいであり無理に引き離されることになれば、俺はその時点で生きることを諦めるだろう


では全力で情に訴えるか?いや、それは無理だな。俺のことはもうとっくの昔に見限っているだろう

それくらいのことをした自覚はある

それなら...と駆け巡る考えの中には、どれも目の前の男を食い止めてだし抜けるような手札カードは1枚もなかった

見つかってしまった時点で、圧倒的不利な状況ゲームオーバーだった

負け確の、ただプライドまでズタズタに引き裂かれるようなそんな試合ゲーム

ここまで考えて、やはり最悪の結果を受け入れなくてはないかもしれない。

そして、もう二度とこの子と会うこともできなくなるかもしれないということも。

もう一度抱き上げたままの我が子を見る

そしてギュッと抱きしめて、抗える術が見つからないまま目の前の男へと視線を戻した

さて最後の悪あがきをしてみましょうか。

無様でもなんだってやってやる。


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