第12話「願望騎/星に願いを」

「——随分と好戦的だな神崎。おれとしてはまだ時期尚早だったのだが」


 歪みゆく位相の只中で、沖田教諭が俺に言う。


「先に鞘から刀身をチラつかせたのはそっちだろ。いずれにせよ、いつかはこうなる定めだ。札闘士フダディエイターなら」


 左腕にカードデッキを構えながら、俺は自分でも制御できない衝動を胸に沖田を見据えていた。


 沖田は俺と目を合わせるなり嗤った。


「……くっく。いや失礼、おかしかったわけではない。ただ何——おれは君のことを勘違いしていたようだ。君はおれの同類だと、そう思っていたんだが、どうやら違うようだ」


「同類? なんの話だ」


「——君も。ただそれだけだよ」


「————! お前……何者だ?」


 沖田シゲミツ……この男、俺と同じなのか? 俺と同じく、無感動のまま今に至る人間なのか?

 ——だが、それならば、とはどういうことだ?


「疑問はもっともだ。君が己を虚無だと認識していることは学校での会話により概ね察していた。だがな、——簡単な話だよ神崎。

 


「俺が……虚無ではない……?」


 ありえない。ではこれまでの俺はなんだったというのか。今までまるで心が動かないまま時を過ごしてきたこの18年は一体なんだったというのだ。俺が虚無ではないというのなら——なら俺は一体なんなんだ?


「疑問、そして混乱の相が出ているぞ神崎」

「……それも勝つための策か?」

「いや。おれは虚無ではあるゆえに空の器に等しいが……底が抜けているわけではない。

 おれはこれまでに多くの人の話を聞き、そして、ただ純粋にその願いを汲み取り、言葉として返してきた。おれはただ、おれの中で反響したそれら言葉の中から願望を見つけ出して送り返しているだけにすぎないというのにな」


 ——なんだ? この男は何が言いたい?


「わかるように話せ。お前の目的は何だ!」

「——知れたこと。おれは日常のままに駆動するだけだよ神崎。

 おれはこれでも望まれて教師となったのだ。ただ請われ、そして、それに応え、それを以て導きと為す。それらサイクルを繰り返した末に今のおれがいる。

 ——さぁ授業の時だ神崎。少し見せてやろう。おれの虚無——それゆえに得た力の片鱗を」


 儀礼結界の展開が完了する。ここを以て、戦いの火蓋は切って落とされた。ゆえに——


「「札伐闘技フダディエイト!!」」


 掛け声とともに、札伐闘技が始まりを告げる。


「おれの先攻。おれは手札からこのセンチネルを場に出す。

 ——来たれ、『願望騎 ホロウリィ・スケイル』」


 瞬間。沖田教諭の前に、中身のないスケイルアーマーが召喚された。

 だが、中身がないにも関わらず、それはまるで中に人間がいるかのように動いていた。


 ——虚無の具現、ということなのか?


「神崎。知ってのとおり、この戦いで使用されるカードは、それぞれ使用者の心象風景を投影したものだ。

 ——ならば。真に心が虚無だと言うのなら。使?」


「————!

 なら俺は、俺はなんだ……!」

「いずれわかる、いずれな。そのためにおれがいる。おれは、お前たちを導くために、この力を得た」

「なんだと……? それがあんたの願望なのか?」


 確かに虚無ならば、自発的な願いがないとしてもおかしくはない。自発的な衝動でデッキを手にした俺が、真の意味で虚無ではないと言うのも理解はできる。……だが、だとすれば、だとすればこの男は何故、願望を持っている……?


「願望などないよ神崎。おれはただ請われたから応えただけだ。だから札闘士になった。君は驚くかもしれないが、そのような経緯もあるということだよ」


「請われた……? 一体誰があんたにこんなことを」

「すまないが、それはおれが応えていいことではないらしい。詫びにこの戦いで君の内なる願望を少しでも引き出してみせよう。ゆえにこそ、おれは『願望騎 ホロウリィ・スケイル』を召喚した。これは今はまだAP0の存在だが——

 ——これは。


「俺の、願いだと……?

 お前は本当に、何が狙いだ……?」

「何度でも言おう。。ただ君たち生徒に請われるがまま、それらに回答を出し、それを以て導きとする。

 ——ゆえに、お前はただ、願望騎ホロウリィ・スケイルに向かってくれば良い。自ずと願いは引き出されよう。

 おれはこれでターンエンド。さぁ、お前の心を見せてみろ。おれはすべてを受け止めよう」


 ——わからない。わからないが、俺は負けられない。俺はまだ、この戦いに残る理由がある。勝たねばならない。勝って、俺の望みを掴むために。


 ——だが、俺の望みは、なんだ?

 勝ち残れば、意義は見つかる。そう思ってきた。実際そういう感情だったからこそ、カードデッキを手にしたはずだ。だからきっと願いはある。俺がこの戦いに臨むに至る、強い感動が俺の中にはある。何かをほしいと、意味を得たいと。そう願ったのだから。


 ——だが、だがもし、最後の札闘士になった時。


 


 正体不明の体の震えが俺の心を乱す。

 その震えを強く押さえつけ、


「俺のターン、ドロー……!」


 それら葛藤を跳ね除けるかのように俺は札伐闘技に集中した。


「俺は『GAゴールデンアームズ 閃光の右腕ライトニング・ライト』を召喚。さらに手札から控えに『GAゴールデンアームズ 黄昏の三頭槍トワイライト・トライデント』を戦闘不能状態で配置する。GAゴールデンアームズは戦闘不能時に不滅の黄金イモータル・アームズとして場のGAゴールデンアームズ1体の武装としても扱う。これにより、閃光の右腕ライトニング・ライトはAPが1000上昇し、攻撃時に相手の手札とデッキトップを1枚ずつ捨て札にする!」


 あまり時間をかけるのは悪手であると推測し、俺は手早く決着をつける方針で動いた。AP0のセンチネルなど、裏がなければ逆におかしい。下手に展開されるよりも、この準備段階であるはずの状況で畳み掛ける——!


「行くぞ、バトルだ。

 俺は閃光の右腕ライトニング・ライトで願望騎 ホロウリィ・スケイルに攻撃!

 『トワイライト・ゴルド・ランセア』!!!」



GAゴールデンアームズ 閃光の右腕ライトニング・ライト

 AP3000


『願望騎 ホロウリィ・スケイル』

 AP0


 閃光の右腕ライトニング・ライトが装備した黄昏色の不滅の槍イモータル・アームズが、願望騎へ突き進む。そのまま貫き、勝利を得んと——ただその手に勝利を、と。


 ——その時、沖田シゲミツが口を開いた。


「——願ったな、神崎。この戦いへの勝利を」

「——何!?」

「ならばその願いを叶えよう。

 おれは、願望騎 ホロウリィ・スケイルの特殊効果を発動。

 『虚ろなる願望器イミテイション/ホーリー・グレイル』」


 沖田の宣言と共に、願望騎 ホロウリィ・スケイルが昏き光を放ち、それを受けた閃光の右腕ライトニング・ライト


「——これにより、この戦闘中、お前のそのセンチネルのAPを、1


 ——なんだ? 困惑というより最早恐れに近かった。俺の心に芽生えた感情——これは、恐怖か?


 俺が戦っているこの男は、なんなんだ?


 異様な心理状況の中、それでも戦いは進んでいく。



GAゴールデンアームズ 閃光の右腕ライトニング・ライト

 AP3000 → 1


『願望騎 ホロウリィ・スケイル』

 AP0


 沖田のセンチネルと手札、そしてデッキを同時に貫きながら、既に——


 閃光の右腕ライトニング・ライトは2体のホロウリィ・スケイルに


「なんだ……なんなんだこの状況は……?」

「説明しよう。願望騎 ホロウリィ・スケイルが戦闘破壊された場合、おれの手札、デッキ、捨て札置き場のあらゆる領域から同名センチネルを控えに召喚する。そして——」


 2体の願望騎に、閃光の右腕ライトニング・ライトが帯びていた昏き光が吸収される!


「先刻叶えた願望を、それら2体に継承させる」

「何——!?」


 ——まずい。これはきっと、

 俺が仕掛けた時既に、この戦いの趨勢は沖田シゲミツに握られていた……!

 底が見えない。この状態で尚、まだ切り札が呼び出された感覚がない。

 札闘士ならば、ある程度は札闘士およびその使用カードが放つ殺気を感じ取れる。だが——


 ——だが、この男と盤面にはまだ、


 わからない、わからないことが怖い。未知であることが恐ろしい。

 俺は今、


 ——だが、それでも俺は。

 臆せず攻める!


「俺はスキルカード『オートマチック・ガトリング』を発動! GAゴールデンアームズが場にいる時、そのセンチネル以下のAPを持つ相手センチネル1体を破壊する!」


 ——そうだ。AP変動能力はあくまでも戦闘時のみ。敵のAPは0。APが元の3000に戻った閃光の右腕ライトニング・ライトを絡めたスキル攻撃でなら、破壊は可能!


 閃光の右腕ライトニング・ライトの胸部装甲上部——そこから対に2門のガトリング銃が出現し、後続のホロウリィ・スケイルを破壊するべく弾丸の掃射を開始する!

 あの厄介極まりない異様なセンチネルを今度こそ粉砕してみせる——!


 ——そう、


「——よろしい。ならばその願望も叶えよう。

 ホロウリィ・スケイルの効果発動。

 『虚ろなる願望器イミテイション/ホーリー・グレイル』。

 此度は、として成就させよう」


「————……!」


 全てなのか? その虚ろな願望器は、全ての願いを叶えるのか? そしてその全てを——奪うのか?


「かくして願いは成就した。それを継承し、第三の願望騎が立ち上がろう。三度、君の願いに応えるために」


「…………俺はこれで、ターンエンド」


 無敵か……? 俺は一体、どうすれば良い? いや——

 いや違う、考えろ、考えなくては。

 全ての願いを叶えるというのなら、この状況すら突破し得る願いを、あの願望騎は叶えるはずだ。なら、俺はそれに賭けるしかない。ないのか——


「そうだ神崎。願え、それで良い。お前は今まで願うことをしなかった。本気の渇望に出会っていなかったがゆえに。だが、願いとはきりがないもの。次に勝利を求める時、この状況を打開するには、同じ願いが必要になる。虚ろなる願望器たるホロウリィ・スケイルにはそれが限界だ。おれがただ、願いを反響させているのと同じで、おれのセンチネルも結局は虚ろな空洞に過ぎない。

 であれば、残念だが千日手だ。君のターン、君が願うことでは、我が願望騎をもう削り取れない。

 そしておれのターンだ。おれのターンに、君の願いが聞き入れられることはない。

 おれの願望騎は、戦闘時に必ずAP変動能力が発動し、そしてそこに対して一切の介入ができない。最早すり潰されるだけなのだよ神崎カナタ。

 ——お前が、おれに願わざるを得ない状況である以上は」


 まるで授業を聞いているかのようだった。

 男の言葉が、俺の耳から脳内へ沁み渡っていく。


 ——勝てないのか? 俺はこの無敵の能力への打開策を、見出せないのか?

 わからない、それでも、考えねば、考えなければ——


 そんな考えは、瞬く間に霧散した。


「さて。虚無ゆえに得た、深淵より来たりし禁断を見せよう」


 そして、男は1枚のカードを場に


「大穴より谷の底に。谷の底より今この戦場に。深淵より出でし禁断の一枚フォビドゥン・ワンよ、今こそこの場を浸蝕せよ。


 ——EXスキルカード


『浸蝕結界/虚無幻夢ヴァニティ・ゲーム』、展開——」


 ——未知なるカード。その力によるものなのか、儀礼結界全体の風景が、見知った街路から


「第二幕だ神崎。絶望の中で直視しろ、そして——」


 。それらも既に、昏き光を湛えている追加効果を帯びている


 俺は——俺は、活路を見つけられないでいた。


「そして——その願望を思い出せ」


 虚ろな声が、世界を満たした。


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次回『アンサー・アンド・アンサー/ヴォイドフレーム・フェイタルイーター』

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