第3話 初めての友達

「前回までのあらすじ。クラスメイトである森谷もりや 水萌みなもさんが告白される現場に出くわした俺、桐崎きりさき 舞翔まいとは、告白場所がいつもぼっち飯をする俺の特等席の目の前だったので空気を読まずに素通りした。そしたら──」


「桐崎くんどうしたの?」


「気にしないで、現実逃避中なだけだから」


 ラノベとかならさっきのタイミングで『引き』になりそうだから、背きたい現実を忘れるために自分でも意味のわからないことを始めた。


 案の定森谷さんからは「何言ってんのこいつ?」みたいな顔をされた(俺の独断と偏見)。


「何かあったの?」


「むしろ無かったのが問題」


 俺はそう言って手元の箸を森谷さんに見せる。


「お箸がどうしたの?」


「一膳しかない」


「じゃあ『あーん』だね」


「なんで乗り気なんだっての」


 普通なら今日初めて話した男子と同じ箸を使うなんて嫌なはずだ。


 だけど森谷さんは「お腹すいたよぉ」とそれどころではなさそうだ。


「一つ確認」


「なぁに?」


「俺と同じ箸を使うのに抵抗は?」


「ないよ? 他の男の子なら遠慮するかもだけど、桐崎くんなら平気かなって」


「そういう相手が勘違いする言い方やめなさいっての」


「そういうところだよ」


 森谷さんがニコニコしながら体を振る。


 一緒に髪が左右に揺れるのがちょっと可愛い。


「あ、桐崎くんが嫌なら私は犬のように食べるけど」


「させるわけないでしょ。俺も森谷さんがいいならいいよ。触ってなければ反対側使うんだけど」


 外に出る前に手を洗ったとはいえ、なんとなく一度触った場所を使うのには抵抗がある。


「わん!」


「お腹すいてるからって犬にならなくていいから。普通に食べさすから」


 動物嫌いの俺でも、こんな可愛らしい犬なら撫でるぐらいはできそうだ。


 絶対にしないけど。


「全部偶数で入ってるから全部半分ね。どれから食べたい? それとも先に箸使って食べる?」


「じゃあ食べさせ合いっこしよ。まずは私が食べさせてあげるよ」


 森谷さんは笑顔でそう言いながら右手を差し出してきた。


「シチュはいいけど、実際にやるにはさすがに恥ずかしい。どっちもどっちだけど俺が食べさす」


「そう? じゃあまた今度だ。まずはねぇ……」


 森谷さんが人差し指を口元に持ってきて俺のお弁当箱の中を吟味しだした。


 なんだか不穏な言葉が聞こえた気がするけど、多分気のせいだから気にしないことにした。


「うん、やっぱりこの卵焼き。とっても綺麗」


「だよね、真っ黄色の卵焼きって作るの結構難しいのに」


 一切の焦げ目がなく、市販で売られているような真っ黄色な卵焼き。


 俺も真似して作ってみるけど、中への火の通りが甘かったり、少し茶色くなったりしてしまう。


 母さんに作り方を聞くのはなんか負けた気がするので絶対に一人で作ってみせる。


「桐崎くんはお料理するの?」


「それなりに」


 母さんは仕事大好き人間なので家で会うことはめったにない。


 だからこうして母さんがお弁当を作ってくれるのは一ヶ月に数えられるほどだ。


 なので朝ごはんと夜ご飯もそれぞれで食べている。


 だけどこうして母さんがたまに気まぐれでお弁当を作ってくれた時はお返し(後で文句を言われないように)で晩ご飯を作ったりしている。


「すごい。私なんて自炊したら材料が無くなってたのに」


「どういうこと?」


「わかんない。気がつくと目の前から材料が無くなってるの」


 黒焦げにしたり、ダークマターを生成するとかならラノベやアニメで聞いたことはあるけど、材料が消えるとは初めてだ。


「たとえばどんなものが消えたの?」


「んとね、初めてお料理した時は簡単なものをって思ってチャーハンを作ろうとしたの。そうしたらいつの間にかご飯が無くなってたの。なんでだろ?」


「極めようとしたら難しいけど、確かに簡単か。そして『焼く』なら消える可能性もないし……」


 煮詰めすぎて野菜がスープに溶けた可能性もあったけど、チャーハンなら溶けたりする前に焦げるから多分違う。


 まあなんとなく理由はわかったけど。


「森谷さんってお昼誰かと食べてる?」


「今は桐崎くんと」


「普段ね」


「食べてるよ。いつも誰かが居るかな? だから緊張してあんまり食べれないけど」


「おけ、わかった」


 俺はそう言って卵焼きを一つ森谷さんの口元に運ぶ。


 なんだかちゃんと言えたご褒美みたいになってしまったけど、森谷さんはわんこのように嬉しそうな顔で卵焼きを食べた。


 おそらく森谷さんが料理をする時に材料が消えるというのは、森谷さんが無意識に材料を食べてしまっている。


 人のお弁当を欲しがるぐらいに食い意地が張ってるのだから、それなら納得だ。


「おいひー」


「食べながら喋らない。そういえばさっきのお返しの話していい?」


「んっ。いいよ」


 森谷さんがゴクンと卵焼きを飲み込んでから返事をする。


 とてもいい子だ。


「時間もないから食べながら聞いてね。返事は首振りか飲み込んでからでいいから」


「はーい」


 手を挙げて返事をする森谷さんを見て、思わず笑みがこぼれる。


 そしてこれまた綺麗に左右対称になっているたこさんウィンナーを森谷さんの口元に運ぶ。


「たこしゃんおいひい」


「だから食べながら話さない。まぁそれが一つ目のお返しなんだけど」


「んっ。次ご飯がいい。どういうこと?」


 ちゃんとリクエストを出すというずぶとさも持っているようだ。


 リクエスト通りにご飯を森谷さんの口元に運ぶ。


「えっとね、このお弁当を作ったのは母さんなんだけど、毎回どうだったか聞かれるんだよ。だから森谷さんからの感想を貰いたいなって」


「もぐもぐ」


「擬音は喋ってるのと同じだからね?」


 ちゃんと頷いてもいるから「OK」ということなのだろうけど、森谷さんと居るとほんとに飽きない。


「それともう一つなんだけど……森谷さん?」


「……や」


 可愛らしい否定が聞こえた。


 これはお返しに対する否定ではない。


 おそらく俺が次に取ったブロッコリーに対するものだ。


「野菜を食べなさい」


「や」


「全部半分こって言ったよね?」


「言った。でも、や」


「毎日忙しい母さんがせっかく作ってくれたのに、森谷さんはその母さんの手間を無駄にするんだ……」


 言い方はずるいかもしれないけど、俺は食べ物を残すという行為が許せない。


 出されたものは全て食べないと作ってくれた人に悪いし、何よりもったいない。


「まあ森谷さんは母さんに会ったこともないし、母さんが悲しんでも関係ないんだろうけどさ」


「ごめんなさい……」


 森谷さんがしゅんと項垂れてブロッコリーを見つめる。


 そして意を決してブロッコリーを食べた。


「森谷さんはいい子だね」


「……?」


「どしたの?」


 最初は目を瞑ってもぐもぐとしていたけど、そうしてるうちに目が開いて森谷さんの碧眼と目が合う。


「美味しい」


「でしょ? 母さんの料理ってなぜかなんでも美味しいんだよね」


 それこそ俺が嫌いだったブロッコリーを好きになるぐらいには。


「神様?」


「そんな何もしてくれない存在じゃないよ。すごいのはそうだけど」


「もいっこ」


「半分こでしょ。それに嫌いなんじゃないの?」


「や! もいっこ!」


 森谷さんがほっぺたを膨らませながら俺を睨む。


 言動が可愛すぎて怖さが一切ない。


「いいけどさ。それよりもう一つのお返しね」


「ん♪」


 森谷さんがニコニコしなが頷く。


「もう一つは森谷さんにしかできないけど、森谷さんには難しいんだよね」


「大丈夫。桐崎くんへのお返しのためなら頑張る」


「ありがとう。まあなんというか、ここを告白の場所に使わないで欲しいなって」


 とても自分勝手なことだけど、ここは俺が学校で唯一一人になれる場所だ。


 そこを今日みたいに告白の場所として使われるのは困る。


「いいよ。ここって言われたら『ここだと駄目』って言えばいいのね?」


「そうだね。『ここなら来ない』とかでもいいけど。言うだけ言って『待ってる』とか言ってきたり、手紙で場所を指定された時は仕方ないけど」


 そればっかりは森谷さんには何もできないから、俺が自分で何とかすればいい。


「別に守れなくても何かしたりしないから安心して」


「良かった。守れなかったらお友達にならないって言われたらどうしようかと思った」


「お友達?」


「うん。お友達になってください」


 森谷さんがまたも頭を下げる。


「俺と友達になってもいいことないよ?」


「私は楽しいよ? でも桐崎くんはお弁当食べられちゃって嫌な気持ちだよね。ごめんなさい」


「森谷さんの食べる姿って小動物みたいなのに、食い意地張ってて見てる俺も楽しいよ」


「食い意地張ってないもん!」


 森谷さんがほっぺたを膨らませてそっぽを向く。


「冗談だよ。要は俺も森谷さんと一緒に居るのは楽しいってこと」


「ほんと? お友達になってくれる?」


「俺なんかでよければ」


「桐崎くんがいいの!」


 また可愛らしく睨まれた。


「ありがとう。森谷さんは俺の初めての友達だよ」


「ほんとに? 私ものお友達は初めて」


 わかってはいたけど、森谷さんを森谷さんとして見ている人はいなかったようだ。


 そしてそれを森谷さん自体気づいている。


 俺にはわからないけど、それは多分辛いことだ。


「えへへー、桐崎くんとおともだちー」


 この笑顔を見られただけで、森谷さんと友達になって良かったと思える。


「そうだ。お友達なんだから舞翔くんって呼ぶね」


「別にいいけど」


「私は舞翔くんって呼ぶね」


「聞いたよ?」


「わ・た・し・は・ま・い・と・く・ん・って・よ・ぶ・ね?」


「……」


 森谷さんの圧が俺を許さないようだ。


「……もさん」


「なーに? 聞こえないよ?」


「水萌さん」


「よし。呼び捨てでもいいよ?」


「そっちはできんの?」


「できないよ? 恥ずかしいもん」


 ホッとした。


 もしも呼び捨てにされたら俺もしなければいけなくなっていた。


 さすがに女子の名前を呼び捨てにするのは恥ずかしい。


「とりあえず時間もやばいから食べよっか」


「うん。あーん」


「……全部食べていいよ」


「え、いいの?」


 なんかとても疲れたし、少し考えたら森谷さ……水萌さん(圧を感じた)が食べ終わったら俺が同じ箸で食べるのだ。


 最初から同じ箸を使うのが恥ずかしかったけど、ただのクラスメイトから友達にランクアップしたせいか、変に意識してしまう。


 それ以上に、美味しそうに食べる水萌さんを見てるだけでお腹がいっぱいになるのだけど。

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