引きこもりゲームオタクの私、殺人鬼と異世界で建国を目指します

ゆきぃ

第1話

「さて皆さんこんちわ、そしてこんばんわ!

超オタク系配信者のカワワンチャンネルへようこそ!」

深夜1時、とある動画サイトのゲーム配信が始まった。

配信者の名前はカワワン。

登録者100万人を超える人気配信者であり、

どれだけ配信の時間帯が遅くても、多くのファンが集まるほどである。


「さぁ、今日はですね!こちらの、のんびり開拓期4というゲームを

プレイしていくんですが…なんとですね、このゲーム…衣装がめっちゃくちゃ

多いらしいんですよね!」

そんな彼女の素顔は、この配信者活動を本業としている

24歳の独身女子の川井由美かわいゆみ

2年前にチャンネルを立ち上げ、ダラダラと配信者人生を謳歌する

オタク女子だった。


配信の際の3Dキャラアバターの黒髪にパーカーを被り込んでいるような

姿は、現実とほぼ同じで、違うところと言えば、アバターよりも少し

髪が長いことぐらいだろう。


(やっぱり、私の人生はこれが一番なんだ…。

コラボ先とも上手く行ってるし、正直就活してたときよりも

悩みも無いし、睡眠時間も取れるし…最高だ!)


「それじゃ、まずは早速家を作っていきたいと思いまーす!」

コメント欄がどんどんと流れていく様子に心躍らせながら、

由美はパソコンに表示された選択ボタンをクリックした。






川井由美は、不自由な20年間を過ごしてきた。

親が6歳の頃に蒸発し、借金取りに誘拐されるも、

当時から何故か身についていたゲームのセンスを高く買われ、

練習をたった7回しかしていないゲームの大会で優勝。

その時に手に入れた賞金で借金を返済しきり、

住む場所が無いため借金取りの家で大会で金を稼ぎながら

利用し、利用されるの関係を続けてきていた。

しかし、由美が16歳の頃。

借金取りが結婚し、家を追い出されてしまった。

金を持ち歩くのは危険なため、早く消費するべく一軒家を建てる事にした。

こうして家を建てたものの、生活に慣れてきた頃、

丁度二十歳になり、そろそろ就職してもいいかなと

義務教育を受けてこなかった彼女の安易な考えで、過ごしていく内、

(もしかして私配信者向いてるのでは…!)

という意味不明な勘が見事的中し、今では余裕が出来たことで

始めたアニメやマンガを見ていく中で推し活に目覚め、

サブチャンネルである、ただただ推しについて熱く語るだけのチャンネルも

上手くいき、偶に外で運動したりして健康的な生活を送っている。


そんな由美は、

ここ最近、新たな推しを見つけてしまったのだ。

「何この娘…めちゃくちゃ私の好みドストライクなんだが…⁉」

つい最近始めたスマホゲーム、〝暗闇ぼうしのリリアベル〟に

登場する青髪のボーイッシュなキャラクター、ビアレットに一目惚れした。

そして何を思ったのか、推しを当てるまでやめられない配信を

することにし、自身のSNSアカウントで予告し、

その日をまだかまだかと心待ちにしながら、ひたすらゲームストーリーを

読んでいた。


そして来たる、12月24日。

「メリークリスマス!皆元気かな?

カワワンです!本日はですね…私の最推しのビアレット様を

迎えるべくですね、無課金ガチャアイテム周回…してまいりました!」

配信を始めると、既にコメント欄には70件以上の反応が現れており、

ウキウキの気分で配信を始めだした。

「で・す・が!出なかった場合は、私カワワン、

コンビニダッシュを決めてく覚悟を決めて…出るまで終われません!」

雑談を始めながら、貯めてきたアイテムを削りながら、

ただひたすらにマウスをクリックしていく。

(こういうゲームの課金額は最高30万くらいか…ま、行けるか。)

そうしていく内に、狙いのキャラが一体も出ないまま、無償分のアイテムが

尽きてしまっていた。

「あちゃー…ということで、コンビニ、行ってきます!」

コメント欄の、コンビニへ行くのを急かすコメントを確認し、

由美は部屋を出て行った。



配信を始めたのは11時30分だったが

あまりに熱くなりすぎて、時計は既に1時を指していた。

少し速歩きでコンビニに駆けていくと、

自分のような黒いパーカーを被りこんだ男と肩がぶつかった。

「あ、すみません。」

男を避けて、コンビニの明かりを見つけた瞬間、

首元に鋭い刃物が当てられていることに気づいた。

「え…」

「動くな、動いたら命の保証は無い。」

突然の出来事にポカンとしていると、口元を抑えられ、

近くの路地裏に引きずり込まれてしまった。

「んんぅ…。」

男がパーカーを脱ぎ、雲で隠れていた月と重なって、

ゆっくりと顔が暗闇の中から照らされていく。

「ゲーム配信者のカワワンさん…いや、川井由美さん。

貴方のファンなんだが…生憎色紙を持っていなくて…

良かったら何だが…少し家にお邪魔させてくれないか?」

白い髪と青く光るガラスのように透き通った目。

少し細い腕だが、筋力はあるようにも見える。

口を覆っていた手が離されるが、もう片方の男の腕が

体を固定しており、動くことが出来ない。

(ッスゥ…不味い。見覚えあるのに会った気はしないし…

何か離してくれないし…聞いてみるか?直球で…でも配信早く

再開したいし…どうしよう。)

由美は、眼の前の男に見覚えがあったのだ。

だが、それがコラボした相手だったのか、それともトーク会に

いた人なのか、はたまたただの芸能人なのか。

全く覚えていなかったのである。

「?どうかした?川井サン?」

「あぁ、あぁ…いや、」

(…ん?待てよ?何で私の本名…)

コラボ先の相手に、由美が本名を明かしたことは無い。

偶に偽名を使ったりもしているが、悪ふざけで本名を入れたことは、

それこそ身に覚えがないのだ。

「あの…少しお聞きしたいんですが…」

「何ですか?」

いや、落ち着け、私。

そんな事はない、ただのソックリさんだって。

「もしかして貴方の名前って…オード=マーヴェだったりします?」

そう、彼の容姿に見覚えがあったのは、おそらく何かのサイトで

見た国際指名手配のニュース。

金持ちの一家を1人残さずに殺し、その後も多くの会社の社長、または

政治家を狙いにして1人、また1人と葬ってきた最凶の殺人鬼。

それが、オード=マーヴェ。

「…ハハッ。そんなワケないですよねッ…⁉」

勘違いだと、信じたかった。

しかし、頭の上に突き立てられたナイフが、それを事実だと確信させた。

「…流石と言ったところか…鋭いですね。」

由美の体を抑えている腕の力が強くなる。

「うっ…痛」

「ちょっと手荒になりますが…お目当てのものは手に入りそうですね。」

ニコニコしながら体を抑えている手が上へと上っていき、

顎に手が触れる。

(やばいやばいやばいやばいやばい…!)

「ちょっ…待っ…」

オードの顔が次第に近づいてくる。

(…どうせなら、推しを引いた後でこういうハプニングが起こってほしかったなぁ)

そう。絶体絶命であり、絶対脱出不可能の状況で、諦めないというのは

お決まり展開を持つ主人公でしかあり得ない。

しかし、由美は自覚していた。

私は主人公そっち側の人間ではないのだと。

そして、由美は次第に考えるのをやめた。


だが、奇跡は起こってしまった。

二人のいる路地裏が、青い光に包まれていく。

「え…ナニコレ?撮影?CG?」

「…何が起こっているんだ?」

光はゆっくりと二人に向かって集まっていき、そして、

二人を一瞬で飲み込んで消えてしまった。



由美が目を覚ましたのは、ベッドの上だった。

普段は床に布団を敷いて寝てるからなのか、変な感覚だ。

「…え?」

あたりを見渡すと、何も無い、ただ真っ白な空間が広がっており、

ベットがポツンと置かれているだけの空間だった。

ベッドを降りると、周りの景色がうっすらと姿を現していく。

そこは、テレビや広告でしか見たことのない、ステンドグラスの輝く

教会のような場所だった。

「ここは…教会かな?っていうか、

あの殺人鬼さんは何処に行ったんだろうか…。」

そんな事を考えながら、教会の長椅子に座り、ステンドグラスに描かえた

天使をじっと見つめる。

吸い込まれるような鮮やかなガラスの色が、一層教会の神々しさを

強調しているのだろう。

「ステンドグラス、ワシが作ったものじゃが、なかなか良いものじゃろう。」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉」

突如、耳元で老人の声がしたかと思うと、自分よりも3倍もあるであろう

身長の、筋骨隆々の老人が立っていた。

「誰ですか…次から次に…私は別に変人対応できませんよ⁉」

「ちょっと待てい、ワシ変人扱いなの?」

「いや、いきなり筋肉おばけのおじいさんがいたらヤバいでしょ…」

眼の前に現れた老人は不思議そうにこちらを見つめている。

よくよく見ると、頭の上には天使についているような輪が浮いており、

筋肉で隠れていたが、立派な白い翼が背中から生えているのだ。

「…え?天使?」

思わず口から零れ落ちた言葉に、老人は満足そうに頭を上下させると、

翼を大きくバサッと広げ、由美の頭上で羽ばたき、淡々と語り始めた。

「時代は今から20年ほど前、ワシの丁度全盛期の頃じゃった_。

異世界に若者たちを送り出し、悪の象徴である魔王を討伐させるために

幾つもの加護を与えて貢献してもらってきていたんじゃが…」

「…ゲームでよく読むシナリオだと…

その若者たちが異世界で大暴走!みたいなのになるんだよね…」

「その通り。現在自身の力を欲のままに使う若者は13人。

あやつらは…異世界の軸である種族をあろうことか2種、根絶やしに

しおったのだ…。」

老人は体中にピキピキと怒筋が出てきており、よほど

その若者たちが重大な事をしたのだろうとハハハと苦笑いをした。

「そこでなのじゃが…お主、先程まである男に追いかけられておった

じゃろう?」

「あー…あの指名手配犯の…」

「そうじゃ。先にあやつには異世界に飛んでもらっておってな。

あれやこれやと文句は言われたが…あの提案をするだけで

納得しておったからな。」

「提案?」

老人は宙を舞いながら、何も無い空間から一枚の紙を引き出し、

由美の座る長椅子へと落とした。

由美は落ちてきた紙をしっかりキャッチし、文字の連なる

一面を目で追い始めた。

「えーと…神婚しんこんシステム…異世界に転送する人間が2名の場合、

そしてそれが年の近い男女の場合、天使の権限を使用し、

夫婦の関係とすることで、加護の共有と生命力、そして監視の効率を

上げることのできるモノ…。」

「ということで、スマンがあの男とあっちの方で

神婚による新婚生活を送ってもらおう。」

突如、由美のいる長椅子がここへ来たときと同じ様な光で

包みこまれていき、由美が逃げないようにするためか、

結界のようなもので周りが囲まれていく。

「無理ですって天使様ぁぁぁぁぁ!殺人鬼ですよ⁉

殺人鬼!それにそんなヤバい子らがいる異世界に行って何得

誰得案件なんですか⁉ねぇ!」

由美は結界をバンバンと手のひらを丸めて精一杯叩きながら

叫ぶも、老人は手を合わせ、深く頭を下げられるだけだった。

「大丈夫じゃ、サポートはワシが責任を持ってしっかりやらせて

貰おう…。」

光はわんわんと泣き叫ぶ由美をパッと一瞬にして空間から

消し去り、何もなかったかのように、長椅子がゴトッと床から

少しズレた。

「川井由美…オード=マーヴェ…

どちらも極めて珍しいスキルを持っておるな…。

まぁ、ワシが行った手前、しっかりサポートしてやるわい。」

老人はただ1人残された空間の中、そう呟いた。






由美は再びベッドの上で目を覚ました。

辺りを見渡すと明るい日差しが窓から差し込んでおり、

窓の縁にはうっすらと青く光る結界が見える。

「私…本当に異世界来ちゃったんだ…。」

重い体を起こし、起き上がろうとすると、腰に違和感を感じた。

何か重いものがくっついている…というよりも誰かが

腰を掴んでいる感覚。


由美が恐る恐る布団をめくると、そこには静かに寝息を

立てながら腰をがっちりと掴んで離さない殺人鬼の姿があった。



こうして、川井由美24歳は異世界で殺人鬼の男とともに

過ごす第二の生活が始まったのだ。

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