僕と異国少女の文化研究

@kawaiyuki

節分事変

Episode 1. 放課後、人気のない教室で

(※)この作品は、フィクションです。文化や宗教、価値観に触れていますがフィクション以外の他意はありません。強い思想をお持ちの方にはおすすめしません。いちフィクションとして彼らの物語を楽しんでいただければ幸いです。











* * *


 子供の頃、節分の日には父が鬼の役をやり、鬼に向かって母と一緒に落花生を投げた思い出がある。外に鬼を追い出した後は「福は内!」と言いながら家の中にも落花生を投げた。そして、家族全員で家中に散らかった落花生をかき集めて、年の数だけ落花生を食べる。

 しかし、ここ数年、僕はそんな風に節分を過ごしていない。家は散らかるし、殻を剥くのは面倒臭い。

 節分の日は、何の呼称もない日と変わらない。

 今年も来年も、そうやって節分の日は過ぎていくだろう。


* * *


「節分をクリスマスとハロウィンくらいの、ビッグイベントにして欲しいの!」


 彼女は言った。

 ここで言う彼女とは、三人称の代名詞的な彼女のことであり、恋人を意味する普通名詞的な彼女でないことを先に言っておく。

 というのは、僕が彼女の名前を知らないからだ。

 ブロンドに近い茶色のボブヘアに男ウケの良さそうなナチュラルメイク。童顔ゆるふわ系女子。何度か廊下ですれ違ったことがあるから、同級生ではあると思う。

 同い年の女の子を少女と形容するのも変な感じがするから『彼女』。

 話を戻すと、僕は今、放課後人気のない教室で、初対面の同級生と、夕焼けに照らされる中、二人きりという状況にいる。

「えっと……、無理だけど」

「何でよ⁉︎」

「だって、平々凡々の一高校生の僕に、そんな大それたことができるはずがないじゃないか」

 僕は特殊能力を持ったラノベ主人公でもなければ、世界に革新をもたらせようとする青い青年でもない。自堕落に日々を過ごすモブキャラだ。

 そんな僕が『世界各国で2月3日には豆を撒く日にする』なんて偉業を成し遂げる立役者になれるわけがない。

「あー、別にそんな大規模で考えなくていいよ。流石のあたしもそこまで期待してないし」

「なら、どのくらいビッグにすればいいんだ?」

「……。学校のイベントくらい?」

「学校のイベントだとあまりビッグと言わない気がするな。ビッグと言うなら最低限、街レベルのイベントにしないと。あと、ビッグと言えば––––」

「あー、もお! そんなにビッグを連呼しないでよ!」

 顔を赤くしながら、彼女は僕を怒鳴った。

 ビッグという表現が間違っている訳ではないが、どうにも薄っぺらい感じが出てしまうのだ。

 例を挙げると、田舎の青年が「おら、東京でビッグになっべ」というくらいに。

 放課後に女の子と二人きりという雰囲気に当てられて、調子に乗ってからかってしまった。

 陰キャと言えど、男子高校生。隙あらば女の子をからかいたいお年頃である。

「悪かった。でも、それなら生徒会に頼むのが適当だと思うけど」

「そう? 生徒会よりの方が適当だと思うけど?」

 ここ––––和国文化研究会は、日本文化の普及を目的とした市立羽沢高校の同好会だ。

 そして、今僕たちがいる場所が、和国文化研究会(通称:わぶ研)の部室である。

 節分が日本文化と関わりがあるのは当然のため、一概にも彼女の意見は否定できない。

「……。僕1人じゃ何とも言えないよ。明日、もう1人の部員と相談するから返事は待ってて欲しい」

「あー、エルフちゃんか。いいよ。じゃあ、よろしくね」

 言いたいことを全て言い終えた彼女は、部室を出ようとパイプ椅子から立ち上がる。

しかし、僕はまだ、肝心なことを聞いていないし言っていなかった。

「待って」

 彼女は足を止めて、振り返る。

「えーっと、僕は、君の名前とクラスを知らない」

「……。あー。あたしは、星。星薫子、1年4組だよ。よろしくね、峰くん」

「何で僕の名前を知ってるんだ?」

「峰くん、有名人だからね」

 僕自身、そんな目立った行動をしていたつもりはないが、彼女が有名人と言うならきっとそれは僕のことじゃなくてのことであり、僕はそのついでなのだ。

「ああ、よろしく。それとあともう1つだけいいか?」

「もちろん」

「あいつのことをエルフちゃんと呼ぶのはやめろ」

 今、僕自身どんな声色と表情でそれを言ったのか分からなかったが、さっきまで愛想の良かった表情が少しだけ強張ったのを見ると、少し強い言い方をしてしまったのかもしれない。

「……。オッケー。じゃあ、明日部活終わったらここ来るから。いい返事を待ってるよ」

 そう言って、星薫子は笑顔で部室を出て行った。

 今日は1月23日(火)。節分までは残り2週間もなかった。


* * *


 1月24日(水)。

 放課後。僕は授業が終わるといつも通りに真っ直ぐにわぶ研の部室へと向かう。

 部室の鍵は普段、部長が管理しているため、僕が早く部室に着いたとしても開いてはいないのだが、教室にいてもやることがないからどこに居ようと一緒である。

 寧ろ、静かな分、廊下の方がマシとも言える。

 数分、部室の前で待っていると、我がわぶ研部長の姿が見えた。

「寂しくなかったか。オサム」

 僕をからかうように微笑みながら、そいつは言った。

 わぶ研部長––––アリー・グレイ。去年の9月に来たアメリカ人留学生。

 褐色の肌に整った顔立ち、黒いストレートのロングヘアにスレンダーな体型の女の子。そんな彼女がなぜ、部長をしているのかというと、僕なんかよりも真剣に部活動をやろうとしているからだ。当時、たった1人、僕しか部員のいなかったこの部に、活動内容も聞かずに入ってきた。

 日本人の僕よりも日本文化に詳しく、日本文化を愛している。

 それが彼女、アリー・グレイという人間なのだ。

「寂しくなかったかって、一昨日会ったばかりだよ」

「平日は毎日会っていたからのう。久しく感じとる」

 グレイは、ドアを解錠して部室の中に入っていく。

 半分物置部屋替わりとなっているため、普段授業を受けている教室の約2分の1の広さ。

 昨日はやけに広く感じた部室も、グレイがいるといつも通りだ。

 グレイはソファーに腰をかけ、僕は長机の中に引っ込んでいるパイプ椅子に腰をかける。

「グレイ、話があるんだ」

「何じゃ、改まって。告白か」

「違うよ」

「じゃあ、告発じゃな」

「何をだよ⁉︎」

「吾が吾をじゃ。儂の体を舐めるように見つめていたことはバレておる」

 それじゃあ、告白じゃないか。

 というよりもその後の言葉に引っかかった。

「何を言っているんだ、僕がグレイをそんな目で見てる訳がないじゃないか」

「そうか。儂には女性としての魅力は何1つとしてなかったか」

グレイがあからさまにしょんぼりとした様子を僕に見せた。

「いや、そんなことないって。たまにちょっと胸や足に視線が行きそうになるけど我慢している」

「うわっ。そんな目で儂のこと見ておったのか。ドン引きじゃな」

「ハメやがったな⁉︎」

「最低じゃ。佳代に要報告じゃな」

「ひでぇよ。本当にちょっと見ちゃっただけだよ。許してくれよ〜」

「さて、茶番はもういいとして」

「茶番だったのかよ!」

「本題に入ろうぞ」

「いや、それより、大丈夫か? 僕のこと、不快じゃないかい?」

「大丈夫じゃ。オサムにエロい目で見られていると感じたのは4・5回あったが、健全な男子高校生の範疇だと心得ておる。それに、儂のはいつもオサムが見ておる漫画のヒロインと比べたら小さい方じゃしな」

「リアルな数字を言うのはやめてよ! あと、ラブコメ漫画のヒロインと比べようってのが間違ってるよ!」

 グレイの胸は決して慎ましやかではない。ただラブコメ漫画のヒロインが巨乳なだけだ。

「で、話とは何じゃ」

 僕は昨日、星と話した内容の要点を語った。

「うむ。ええじゃないか」

「本気か?」

「うむ。面白そうじゃ」

「面白半分……。いや、面白だけで言ってるよな」

「オサムは反対なのか」

「ああ。高校生が豆撒きで大喜びするとは思えないよ」

「吾は阿呆か」

「何で?」

「『節分=豆撒き』ではない。しっかりと本質を理解して行事を行うことが大事なんじゃ」

「そうなのか?」

「何より盛り上がらない豆撒きをどうすれば盛り上がるかを考えるのが、わぶ研の役目じゃろう」

 尤もである。

「ところで、薫子とやらが何故そのような頼み事をしてきたか、理由を聞いたのか」

 あ。

「……。聞いてなかった」

「それを聞かんと話にならぬ」

「だな」

 僕はスマホのロック画面を表示させる。

 現在の時刻は16時20分。約束の時間まで、もう少しだ。

「実は、あと10分でここに来ることになってるんだ」

「ふむ。なら待つとするか」

 5分後。

「おいーっす! 峰くんに……アリーちゃん!」

 星が部室にノックなしで入ってきた。

「ではでは。返事を聞かせてもらおうじゃないか」

 星は笑顔でそう問いかけた。


* * *


 僕たちは長机を挟んで向かい合っていた。

 僕の隣にはグレイが座っていて、向かいには星が座っている。

「返事の前に一つ聞きたいことがある」

「いいよ、いいよ。何でも聞いて!」

「じゃあ。そもそも、何で、星は節分をビッグイベントにしたいんだ?」

「あー……。あたし彼氏がいるんだけどさ––––」

 星の言葉が僕の脳内で木霊した。

 そう。正直に言ってしまうと僕は少し残念に思ったのだ。

 えっ。昨日、会ったばっかでもう惚れたかって。そういう問題ではない。

 男という生き物は、可愛い女の子に声をかけられたら好きになってしまう生き物なのだ。

 小学校の時、廊下で筆箱を拾ってくれた大崎さん。中学校の時、体育ジャージを表裏逆で履いていた僕を優しく教えてくれた小杉さん。

 彼女たちとの会話はその時が最初で最後だったが、しばらくは片想いをしていた記憶がある。

 まあ、男子ならば誰もが経験することだ。

 だから決して僕のことを気持ち悪いだとか思わないで欲しい。

「––––っていうことなんだー」

「うむ。話はよく分かった」

 グレイの相槌で僕は現実世界に帰ってくる。

 やばい。自分の回想と慰めで星の話を全く聞いていなかった。

 冒頭に彼氏がいると話ていることから、何ヶ月記念を祝いたいとか、そういう感じかなと一瞬思ったが節分にそんなことはしないだろうと思い返す。

 ここは悪いがグレイに丸投げるか。

「グレイはどう思った?」

「ええと思うぞ。我が部の存続目的である『日本文化の普及』にも合致する頼み事じゃ」

「でも、不純じゃないかな?」

 星が顔を赤くしながら問いかけた。

「大丈夫。日本のイベントなんてそんなもんだ。キリスト教徒でもないのにクリスマスを祝うし、ケルト人でもないのにハロウィーンにパーティを開く。要は、恋人といたいとか馬鹿騒ぎしたいとか、口実が欲しいだけなんだよ」

 僕の話が気に入らなかったのかグレイはこちらをチラッと見た。

 星は僕の演説に対して「あはは」と相槌を打ってくれた。優しい子だ。

 2人が僕の返事を待つため、僕は決断を下した。

「……。やりますか」

 どうせ、放課後は漫画を読むかグレイとボードゲームをするかしているだけだし、たかが、自由参加の学校行事くらいなら、低クオリティでも文句は言われまい。

「ありがとー! 峰くん、いいやつだね〜」

 星はパァっと明るくなり、立ち上がって僕の手を握り出す。

 星の手は同じ人間なのかと感じるくらいに柔らかかく、一瞬心臓が跳ね上がる。

「じゃあ、あたし部活あるから、あんまし来れないけど、できるだけ時間作って来るから!」

「うむ。分かった」

 グレイの返事を聞いて、星は部室を出て行った。

「じゃあ、明日からどんな事するか案出して行くか」

「その前に顧問の承諾じゃな」

 さすが、部長。しっかりしておられる。

 しかし、あの顧問が簡単に承諾するとも思えないが。どうなることやら。


* * *


 星が去り、僕とグレイは職員室に来ていた。

「何の用だ?」

 無精髭を生やした迷惑そうな顔で、そう聞いたのはわぶ研顧問の名取だ。

 もう夕方だというのに寝癖のついた髪に、ワイシャツも背広もシワだらけで、ネクタイを緩め、ワイシャツは第二ボタンまで開けっ放し。そんな格好で、パソコンのディスプレイから、僕らに目線を移した。

「また二日酔いか?」

「それはもう抜けてる。ちょっと、屋上に行く回数が多すぎだって教頭に叱られちゃってな。もう3時間も吸ってないんだよ」

 そして、重度のアルコールとタバコ中毒者である。

「そんなことより、何しに来たんだ?」

 グレイは学校のイベントとして節分をやりたいという旨の話をした。ここで、星の彼氏がどうこうと聞ければよかったのだが、プライバシー保護のためか、その辺をグレイは省いていて、僕は星の節分をビッグイベントにしたい理由を知らないままだった。

「ふーん。面倒くさっ」

 呆れた様子で名取はそう言った。

「吾、それでも教師か。儂は知っておるのだぞ、この国にもPTAという組織が在ることを」

「……。へー、俺を脅す気か?」

「別に脅す気はない。ただ、ちっとばかし協力して欲しいだけじゃ」

「残念だったな。俺が顧問している部活のために時間取らなかったくらいじゃ、PTAは動かねえよ」

 それも、そうだ。生徒全員が迷惑を被るような話ならまだしも、僕とグレイと星の3人だけのためだけに普段、暇人なわけでないPTAの皆様が名取を非難するとは思えない。

 グレイはもう攻撃する手段が残っていないのか、唇を尖らせて拗ねている。

「大体、こーゆーのは生徒会が主催するもんだろ? そしたら俺じゃなくて生徒会顧問の岡本先生が駆り出されるだろうに」

「何を言っておる? わぶ研が節分文化の衰退している今、復興を目的に活動しておるのじゃぞ。わぶ研の活動じゃ」

「……。ふーん。お前ら、真面目に部活やってんだな」

 名取は感嘆し、僕ら2人の顔を交互に見た。

「よし。やってやるよ」

「「えっ⁉︎」」

 僕とグレイは同時に驚きの声を漏らす。

「何驚いてんだ?」

「だって、いつも自分本位のお前が、誰かのために何かをするなんて絶対にないって思っていたから」

「先生に向かってお前って言うな」

 名取は立ち上がって僕の頭にチョップをした。

 思わず「いたっ」と声を漏らす。というか、本当に痛い。

「別に……、ただの気まぐれだ」

 そう言って名取は再椅子にもたれ掛かり、卓上カレンダーを捲った。

「日程は3日の土曜でどうだ? 散らかっても翌日、掃除できるぞ」

「ええのう。オサムはどうじゃ?」

「まあ、節分の日だし、ちょうどいいんじゃないか」

 僕の言葉に2人は嘲笑する。

「オサム、今年の節分は2月4日じゃ」

「えっ。節分の日って毎年違うの?」

「当たり前じゃろ。立春の前日じゃぞ。四立、二至二分等の二十四節気は天文学的観点から日付が決められるんじゃ」

 はて? 僕の知らない言葉がたくさん出てきたのだが。

「よく知ってるな。そこで面食らっているさんお間抜けさんのために説明すると、二十四節気ってーのは、天球上で太陽が描く道・黄道を二十四等分にして、それぞれに名前をつけたものだ。立春はその1つで、古代中国の王が春の始まりを宣言したことを『春を立てる』という表現し、それが『立春』の語源だと言われている」

「へぇーー」

 と適当に相槌を打つも理解度は微妙なところだ。

 隣では「語源は初めて知ったのう」と関心していた。

 というか、節分の日が固定でないことを知らないのはまだしも、今年の節分が4日だって把握していないことに対して笑われるのは、腑に落ちませんよ。ミス・グレイ。

「では。頼りにしておるぞ、名取先生」

「頼りにすんな。俺は見守っているだけだってーの」

「分かっておるわ」

 グレイは微笑んで、僕たちは職員室を後にする。

 こうして、節分を学校のイベントとして開催する計画は始まった。

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