第10話 デリカシー・ゼロ
外に出ると、ノルが待っていた。
「もう準備は出来たかな?」
「ええ、準備バッチリです」
アレシアの手を引き、ブラウスは答えた。
「じゃあ、出発しようか」
そして、彼らは歩き出す。
道中、ブラウスはアレシアにどの様な服を着てみたいか質問したりしたが、どうもよく分からない様で、アレシアは首を傾げてしまっていた。
まあ、仕方がないことだ。
奴隷であった身で、フリルの一つでも知識として取得する暇などなかったのだから。
さらには、彼女自身、布切れ一枚でも別に事足りるという考えを服に対して持っていたため、なぜわざわざ時間をかけてまで豪奢な服を着なければならないのか分からなかった。
ブラウスもまたファッション、何それ美味しいの?という人間であるため、うんうんとアレシアの考えに同意していた。
「変に豪華な格好をしていると、戦闘の邪魔になるからな。特にスカートとか地獄だろ」
「ご主人様の言う通りです!」
そんな事を自信満々に言うブラウスに対して、若干ドン引きしながらノルは溜息をつく。
「あのなぁ、そう言う問題じゃなくてな……ファッションに気を遣って、綺麗になった自分を見ると気分が良くなるもんだぞ?それに、気のある人に振り向いてもらえる可能性だって高められる」
「そ、そうなんですか!?」
するとその言葉によりファッションに強く興味を惹かれたアレシアが声を張り上げた。
しかし、隣の男はアレシアのその心など分かるわけもなく、そのまま口を開け、
「ナルシスェァ……」
「むー、ブラウス君のバカ!アホ!デリカシー無し!」
ポカリとノルがブラウスの頭を叩く。
ぷっくりと頬を膨らませ怒るノル。
そしてブラウスは怒るハンドラーを宥めるのに必死になるのであった。
▽
ノルを先頭として店に入る。
あれからブラウスはこれ以上は不味いと察したのか一言も言葉を話さないでいたが、一方のアレシアとノルは会話に華を咲かせていた。
そんなこんなでくっちゃべっていると、いつの間にか店の前に到着していた。
「いらっしゃいませー!」
元気な声で店員が店へ入ってきたブラウス一行を歓迎する。
「綺麗な店だな」
ブラウスがそんな言葉を溢す。
実際そうだった。
その店は綺麗に整えられており、客がそれぞれの目的の服に辿りやすくするために極限まで無駄を省かれた構造になっていた。
利便性や機能性を突き詰めると、最終的に美しさに辿り着くと、という言葉があるが、正しくそれを体現したかのような雰囲気に、ある種の美しさをブラウスは感じていたのだ。
一方のアレシアは、生まれて初めて入る服屋というものに興奮していた。
「師匠!こんなお洒落なお店、生まれて初めて入りました!」
師匠と呼ばれたノルは、ふふんと自慢げに答える。
「この店はこの街一番の女性向けファッション店なのだよ。オーダーメイドから展示されているものまで、全部超一級品を取り扱う素晴らしい店なんだ」
アレシアはこの店に辿り着くまでの間、ノルの熱いファッションに対しての熱弁により、すっかり感化されていた。
だから、アレシアはノルのことを尊敬の念を込めて師匠と呼んでいるのだ。
「さらには、ほら、この服触ってみて」
そう言ってノルは手近にあった服を手に取り、アレシアに渡す。
「ん?なんだかすごいツルツルで、フワフワです!とっても気持ちいです!」
「そうだろうそうだろ?この店は、ヘルスパイダーの絹糸を編んだ服を扱っていてとても品質が高いのだよ」
す、すごいです!と尊敬の目でノルを見るアレシア。
そんなアレシアを見て、ノルはその昔に自身の手で育てたブラウスのことを思い出した。
かつてのブラウスは今の様に死んだ目をしておらず、魔法や剣術というものにワクワクしていて、とても純粋な少年だった。
今のアレシアのように、てちてちとノルの後ろを付いてきて、魔法の質問をひっきりなしにする可愛らしい子供だった。
まあ、今はかつての姿など見る影もないのだが。
昔日の思い出がふと蘇り、懐かしい気持ちになるノル。
そしてまた、アレシアが昔のブラウスに重なる感覚を覚える。
「……それにしても……やれやれ、年だけは取りたくないものだな」
「?」
そんな感覚を覚えたノルは、少しだけ悲しくなった。
人間、年をとれば過去の記憶と現在の光景が嫌でも結びついてしまうものだ。
それを分かっているからこそ、自分は年を取ったと思うのだ。
「まあ、熱弁もそこそこにしておいて、早速服を選ぼうか。とびっきりのオシャレをさせてやろう!」
「はい!師匠!」
そして、アレシア達は服を選びに店の奥へ入って行った。
「あ、今回はオシャレとかじゃなくて日常着を選ぶだけなんだが──」
そう声を掛けるブラウスであったが、彼女達の耳には届かないのであった。
「はあ、まあ好きにさせてやろう」
そう言ってブラウスは彼女達を見届けると、店から出て行った。
その理由は、単純に女性向けの店に一人でいるのはなんだか気まずかったからという単純な物であったからである。
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