第3話 友達の失踪

二階建てのアパートの一階にある、『105号室』。

そこに探偵事務所があるなんて、誰も思わないだろう。


私だってもちろん例外ではない。

電話で依頼の予約を取り、ここへ来る途中に何度も住所を確認したくらいだ。


仮に腕が確かだったとしても、こんな場所を事務所にするのはどうだろうか?

それだけで信用されないことだってある。

実際、私だって、今回の件がたらい回しにされなければ、この『黒葛つづら探偵事務所』には依頼しなかっただろう。


まあ、突飛だという点では、私も同じか。

こんな依頼内容を持って行けば、誰だって面倒くさく思い、断るだろう。


もし、ここでもダメだったら、諦めざるを得ない。

そう考えると、場所がどこかなんて、些細なことだ。

まずは私の依頼を受けてもらえるよう祈るしかない。


そう思いながら、私はチャイムを押した。

部屋の中から安っぽく、高い音でピンポンという音が響いている。


そして、数秒後、ドアが開いた。

出てきたのはタキシード姿の若い男だった。


さすがに私の息子よりは年上だろうが、20歳前後だろう。

もしかして、大学生のアルバイトか何かだろうか。

助手か何かだと祈りたい。

この子が探偵だというのなら、さすがにこちらからキャンセルを申し出ようと思う。


「Aさんですね? 中で先生がお待ちです」


男の子が無表情でそう言った。

もう少し愛想よくはできないのかと思う反面、この子が探偵じゃなかったことに安堵する。


男の子に案内され、部屋の中に入る。

家具も何もない、殺風景な部屋だ。

冷蔵庫やテレビ、テーブルやソファーさえもなかった。


そして、その部屋の中央に鎮座するように、車椅子に乗った若い女性がいた。

さすがに男の子よりは年上だろうか。

おそらくは20代中盤くらいか。

とはいえ、その女性はかなりの美人だ。

美人は正直に言って、年齢が分かりづらい。


「どうも。黒葛つづらです」


凛としたよく通る声だった。

なんというか、アナウンサーと言われた方がしっくりするくらい、聞きやすく綺麗な声だ。


「では、さっそくですが、依頼の内容を話してくれますか?」


その言葉で私は我に返った。


「実は解いて欲しい謎がありまして」


私は一度、深呼吸して心を落ち着かせてから、ゆっくりと話し始める。


********************************

私 :32年前。

   学校からいなくなった私の親友が消えた謎を解いてほしいのです。


黒葛:32年前ということは、あなたが学生の頃のときの話ですね?


私 :ええ。中学2年生のときのことです。


黒葛:いなくなったということは、失踪……ということでよいですか?


私 :はい。

   当時の警察は家出として片付けられてしまいました。

   ですが、あいつには家出する理由もなければ、私に黙っていなくなるようなや

   つじゃなかったんです。


黒葛:そのことは、当時、警察には?


私 :もちろん言いました。

   あいつの両親も私の意見に同意してたんです。

   だから、なにかしらの事件に巻き込まれたんだと。


黒葛:ですが、その当時には不審者の情報がなかった。

   そして、目撃者も。


私 :その通りです。

   とは言っても、深夜のことですから目撃者がいなくて当然だったのですが。


黒葛:深夜?

   学校でいなくなったんですよね?


私 :ああ、すみません。

   最初から説明します。

   私とあいつは、当時、悪ガキとして有名でした。

   とは言っても、不良というわけではなく、どちらかというとイタズラ小僧とい

   う感じですね。

   日ごろから、教師や用務員、清掃員なんかにもイタズラばかりしてました。

   そのせいで、何度か停学になってしまいましたが。


黒葛:では、イタズラのために深夜の学校に忍び込んだ、ということですね。


私 :その通りです。

   あれは中学二年生の夏休みのことでした。

   猛暑日が続き、連日、学校が開放していたプールには生徒が殺到するという状

   況だったんです。

   そのせいで、プールは泳ぐというよりは浸かるのがやっとでした。


黒葛:もしかして、夜に学校に忍び込んだのは、学校のプールに入るためだったので

   すか?


私 :ええ、まあ、その通りです。

   浅はかですよね。

   ただ、その当時は、良いアイディアだとはしゃぎ、水着を持って、夜の9時に

   学校に集合したんです。

   その時間なら、貸し切り状態で泳げると期待に胸を膨らませていました。


黒葛:泳げたのですか?


私 :はは。

   それが、なんともタイミングが悪く、その日はちょうど水の入れ替え日だった

   んです。

   なので、プールには水が張られていませんでした。


黒葛:なるほど。


私 :ガッカリした私たちは、せっかく来たのにそのまま帰るのは癪だったので、学

   校で肝試しをすることにしたんです。

   とはいっても、普段、通い慣れた学校ですから、それもすぐに飽きてしまいま

   したが。


黒葛:通い慣れていたとしても、夜だと雰囲気は随分と違います。

   ある程度の怖さはあったのではないですか?


私 :恥ずかしながら、深夜の学校に忍び込んだのはその日が初めてではなかったん

   です。


黒葛:なるほど。

   夜の学校にすら、慣れていたということですね。


私 :そうなんです。

   なので、今度は教室で他愛のない話をしてました。

   家だと、うるさいと怒られるのですが、誰もいない学校は開放的で、大声で話

   しても誰にも文句を言われませんからね。

   くだらないことを3時間くらい話していたと思います。

   ですが、しょせんは中学生です。

   深夜になると眠気に耐え切れず、私はいつの間にか寝てしまっていたのです。


黒葛:友達の方はどうだったのですか?


私 :正直わかりません。

   私の方が先に眠ってしまったので。

   あいつも寝たのか、それとも、起きたままだったのか……。

   そして、私は4時くらいに目を覚ましました。

   外は割と明るくなっていましたし、教室の時計を見たので間違いありません。


黒葛:そのときには、もう友達がいなくなっていたわけですね?


私 :はい。

   ですが、私の横に一枚のメモが残されてたんです。


黒葛:メモ?

   何が書かれていたんですか?


私 :『先に行ってる』という一文だけです。


黒葛:一文だけ……。

   裏にも何も書かれていなかったのですか?


私 :はい。

   ですが、あいつの水着もなかったんです。


黒葛:わざわざ持って行ったということですね?


私 :だから、私はそのとき、こう思ったんです。

   あいつはプールに水を入れようと思いついたんだと。


黒葛:それはまた、大胆なことをしますね。

   イタズラのレベルじゃ済まされないのでは?

   意外と高額のはずですが。


私 :はは。

   中学生の考えることですからね。

   その辺は考慮してませんよ。

   逆に、その当時の私は、あいつのことを天才だと思ったくらいでしたから。


黒葛:それで、友達はプールにいたのですか?


私 :いませんでした。

   水も、もちろん張ってありませんでした。

   だから、そのとき、私は『先に行ってる』というのは、先に帰ったのだと思っ

   たんです。

   

黒葛:帰宅と考えれば、水着も持って帰るのも当然、というわけですね。


私 :はい。

   なので、私もそのまま家に帰って、寝ました。

   家に入るときに、親に見つからないかヒヤヒヤしましたが、問題なく、自分の

   部屋に帰り、ベッドで寝たんです。

   そして、その日の夜のことです。

   突然、あいつの両親がうちに来たんです。

   あいつが、うちに来てないかって。

   私はびっくりしました。

   てっきり、先に帰っているはずだと思っていたのですから。


黒葛:そこで、失踪が発覚したということですね。


私 :そうです。

   すぐに警察に連絡して、捜索が開始されました。

   もちろん、私も当時の校舎を探し回りました。

   ですが、一向に見つからなかったんです。

   そして、一ヶ月もすると警察は捜索を打ち切りました。

   家出だろうと結論付けて。

   この辺りは、私たちの悪名も一役買ってしまいました。

   イタズラによる家出だと。


黒葛:ですが、あなたはそうは思わなかったわけですね。


私 :当然です。

   あいつが私に黙って、そういうイタズラをするわけがありません。

   何をするにも一緒でしたから。


黒葛:なるほど……。


私 :警察が断念しても、私は諦めませんでした。

   新校舎に移っても、放課後はずっと旧校舎や町の中を探し回っていたんです。


黒葛:さきほど、不審者はいなかったと言ってましたが、一人もいなかったのです

   か?

   どの町にでも、不審者の目撃情報くらいありそうですが。


私 :なにぶん、田舎のことですからね。

   ほぼ、町の人たちはみんな知り合いと言ったら大げさかもしれませんが、その

   ような状態だったんです。


黒葛:逆に言うと不審者がいるなんて、言えない状態だったと?


私 :その通りです。

   狭い町ですからね。

   誰かが誰かの告げ口なんていしようものなら、すぐに噂が回ってしまいます。

   仮に見たとしても、なかなか言い出せなかったのではないでしょうか。


黒葛:あなた自身はなにか心当たりはないのですか?


私 :正直、ないですね。

   確かに、私も含め、あいつはイタズラによって小さな恨みを買うことはありま

   したが、殺されるというほどではなかったはずです。

   それに、誘拐だったとしても、あいつの家が金持ちというわけでもないです

   し。


黒葛:実際、犯人からの連絡もなかったんですね?


私 :ええ。ありませんでした。

   たった一度も。

   ただ、私も、あいつの捜索をするのも、高校に行くようになったら、頻度は少

   なくなりました。

   旧校舎にも入れなくなりましたし。

   そして、情けないことに、あいつのことを徐々に忘れていったんです。

   あんなに仲が良かった親友だったのに。


黒葛:それがどうして、今、このタイミングでその謎を解こうと思ったのですか?


私 :息子が中学になるということで、ふと思い出したんです。

   あいつのことを。

   それは、きっと、あいつが自分のことを見つけて欲しいんじゃないかって思っ

   たんです。


黒葛:なるほど……。

   もう一度聞きます。

   友達は恨まれたとしても危害を加えられるほどではなかった。

   そして、誘拐もあり得ない、ということで良いですか?


私 :ええ。

   無いはずです。


黒葛:……ただ、こういう場合、イタズラした本人たちは些細なイタズラだと思って

   いても、相手からすると、許しがたい、なんていうこともありますからね。


私 :そう言われてしまうと、否定はできませんね。


黒葛:……誘拐という可能性は低い。

   町の外の人間とも考えられない。

   そんな人間がいれば、町の人たちは堂々と不審者を上げられたはず……。


私 :あの、探偵さん?


黒葛:……朝の4時。

   旧校舎。

   イタズラ。

   清掃員。

   水着を持って行っている。

   『先に行っている』というメモ。

   ……ああ、なるほど。


私 :え?


黒葛:最後に確認させてください。

   当時、あなたたちが忍び込んだのは『旧校舎』で、友達の失踪事件から、すぐ

   に『新校舎』に移動となった、で合っていますか?


私 :え?

   はい。そうです。

   あれ? 私、そのことを言いましたか?


黒葛:わざわざ『旧校舎』という言い方をしてましたし、『新校舎に移ってからも』

   と言っていましたからね。


私 :……へー。

   凄いですね。

   そんな何気ない、言葉からそこまでわかるなんて。


黒葛:これで、謎は解けました。


私 :ほ、本当ですか!?


黒葛:ただし、これは私の仮説です。

   正解とは限りません。


私 :教えてください。


黒葛:あらかじめ、断っておきます。

   今、この謎を解いたところで、誰一人、得をする人はいません。

   逆に罪悪感に囚われるかもしれませんし、知らない方がよかったと後悔する可

   能性もあります。

   世の中には知らない方がいいことだってありますから。


私 :それでも知りたいです。


黒葛:わかりました。

   では、話します。

   友達が消えた場所……。

   つまり、いる場所は――貯水タンクの中です。


私 :貯水タンク……ですか?


黒葛:今でこそ、大分変りましたが、あなたが学生の頃、つまりは30年以上前で

   は、学校内の掃除は生徒たちがやっていたはずです。


私 :え? ええ、まあ、そうですね。


黒葛:もしくは用務員さんがやっていたくらいでしょうか。


私 :はあ……。それが何か?


黒葛:あなたは最初、『教師や用務員、清掃員なんかにもイタズラばかりしていた』

   と言ってました。

   ですが、学校内の掃除は用務員さんや生徒たちがやっていたはずです。

   もちろん、プールの清掃だって、生徒がやっていたのではないですか?


私 :はい。持ち回りでやってましたね。


黒葛:では、あなたの言う、『清掃員』は、何の清掃員だったのでしょうか?


私 :えっと……。


黒葛:学校内にあるもので、生徒や用務員さんが掃除できない場所。

   それが貯水槽です。

   貯水槽だけは資格が必要で、業者に依頼するしかありません。

   つまり、清掃員は、貯水槽の清掃員ということになります。


私 :……。


黒葛:そして、『先に行ってる』というメモと、なくなっていた水着……。


私 :あっ……。

   貯水槽で泳ぐってことか……。


黒葛:大問題ですが、当時のあなたたちならやっていたのではないですか?

   貯水槽で泳ぐという行為を。


私 :……。


黒葛:そして、貯水槽というのは、案外、深いんです。

   水が入った状態では、出るのが困難になることがあります。

   実際、そういう事故の事例もありますから。


********************************


私はすぐさま、中学校の旧校舎へと向かった。

とっくに取り壊されたと思っていたが、旧校舎は驚くほど当時のままだった。

まるで、時が停まっていたかのように。


探偵さんは、あくまで仮説だと言っていた。

確認するのも、しないのも、私の自由だと。


旧校舎に入ると、今まで忘れていた、あいつとの記憶が一気に蘇ってくる。

なぜ、忘れていたのか不思議なくらいに。


そして、私は貯水槽へとたどり着く。

貯水槽の蓋は開いている。


一度、深呼吸をして、私は貯水槽の中を覗いた。


終わり。

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