第13話 パイつまみ

 清廉潔白、純真無垢、生真面目さだけが取り柄の俺だが、とうとう外道に成り下がってしまったよ。


「坊主!追加チップだ!」

「ワンセット……二十一万円からになりますが、よろ……」

「わかっとるわ!」


 ちょ、ちょろぉ……! ぼろ儲けやんけ!

 え? 何を売ったって? 俺主催の麻雀でのみ使える、二十万円相当のチップを二十一万で売っただけだが?

 レートはデカピンでウマはツーシックス。トップとドベ間では普通に十万ぐらい動くという、常識外れのレートだ。

 チップは一般的な雀荘と同じで、赤ドラ、裏ドラ、一発がそれぞれ一枚、役満はロンなら十枚、ツモなら五枚オールだ。ん? 言うまでもないが、チップ一枚につき一万円だぜ? 一発ツモで裏ドラ一枚乗っただけで、六万円の祝儀だぜ? 脳汁ハンパないだろうなぁ。

 ゲーム代は一万円、マンション麻雀なら妥当じゃないかな。

 金が足りないだなんだで揉めるのが嫌だから、チップがマイナスになってからの追加チップは五万円上乗せにしている。誰だって余分な金は払いたくないので、こうしておけば事前にチップを買ってくれるのだ。

 客同士で戦わせれば、ゲーム代だけで毎回四万円入ってくる。最初のチップ購入で確実に四万入ってくるのも大きいし、レート的にも一回ドベ引けば追加チップを買わざるを得ないのでさらに一万円、場合によっては五万円入ってくる。

 俺が入ることもあるが、基本的にプラスだ。だって俺はチップ手数料だの、ゲーム代だの払う必要ないもん。むしろ貰う側だし。

 小学生の頃から牌をつまんでた俺が、胴元になったらマイナスなんて出ないさ。

 平均順位が低くても、絶対にプラスになってしまう。このアドバンテージだけでも相当有利なのだが……。


「すまん、一発ツモだわ。裏は乗らんが、四千点のチップ一枚オールです」

「かぁ! つええな坊主!」


 そりゃ強いさ……俺が用意した牌だぜ? 二百七十二枚全てに印がつけてあり、当然全て記憶している。

 この全自動麻雀卓の偏り方も完全に把握してるし、客の癖も完全に把握している。一回二回の勝負なら負け越すこともあるが、長くやれば絶対に勝つんだよ。

 え? なんでそもそも、こんな暴利ともいえるゲーム代とチップ制度で人が集まるのかって?

 それはだな……。


「坊主、チップ十枚でスク水だ」

「……十五枚なら、食い込ませも可能ですが……」

「じゃあ十五枚だ! 早く準備しろ!」


 マンション麻雀にありがちな隠語……ではなく、本当にスク水だ。

 パチンコの景品交換と同じで、チップを払うことで女子大生にコスプレさせて写真撮影ができるのだ。

 本人のプライバシーもあるので、撮影はこちらで用意したカメラ限定。写真は客専用のアルバムに保存され、店内でのみ閲覧できる。

 え? 女子大生はどうやって用意したのかって?

 借金を買い取ったんだよ。おかげで俺の借金は一時的に八百万まで膨らんだが、結果的に六百万まで減らすことができた。いやぁ、投資のプロだねぇ。


「わっかんねぇなあ、十万もありゃ風俗いけんだろ? なんで持ち出せない写真撮影ごときに、大金払うんだ?」


 高レート麻雀目当ての客が、営業妨害にも近いことをぼやく。気持ちはわかるが、口にすんじゃねえよ。ギャンブラーってのは本当に社会不適合者だな。


「彼氏どころか、男と手を繋いだことさえない処女。しかも美人女子大生ですよ? 風俗嬢とはレベルが違うんです」


 他の客に悪い印象を抱かれても困るので、フォローしておいた。

 美人はともかく、処女は自己申告にすぎないのだが。


「本当かよ? 純粋そうな顔してたけど、ああいうのに限ってエゲつない男遊びしてると思うぜ?」


 わかるよ。可愛い感じの女性声優が、成金親父とヤりまくってたなんて話も聞いたことがあるし、異性関係に関しては信用しないほうが吉だろう。

 だからってな? わざわざ言う必要ある? 我、店長ぞ? 店長に嫌われていいことなんて一つもないからな?


「兄ちゃん若いのう。あんなん生娘確定やぞ」


 常連客がケラケラ笑いながら、俺にとって都合のいいことを言ってくれた。ありがたい話だよ、何を根拠に言ってるのか知らんけど。


「なんでアンタにそんなことわかる? 俺の元カノは気弱そうに見えて、クソビッチだったぜ?」


 あっ、ヤケに文句垂れると思ったら、そういうことね? 純情そうな女の子に煮え湯飲まされたから、八つ当たりしてんだな? なんてはた迷惑な。


「俺らは飽きるほど女遊びしとるから、ある程度は見抜けるんよ」


 ……本当かねぇ? 家族や親友でさえ本性見抜くの難しいってのに、見知らぬ女子大生の本性なんて見抜けるのか?

 こういうオッさんの与太話って、大体アテにならねえんだよなぁ。早い話、生粋のギャンブラー名乗ってるくせに、俺のガン牌に気付いてないじゃん。


「仮に生娘だとして、大金払う価値あんのか? たかがコスプレ撮影会だぜ?」


 私もそう思います。十万あれば、酒飲んでから風俗行っても、お釣りくるだろ。


「素人とプロには雲泥の差があるもんさ。女遊びを極めてから出直しな」

「ロン。オッさんこそ、麻雀極めてから出直してきな」


 即落ち二コマやめろ。客の前だってのに、笑いそうになったじゃねえか。

 いやぁ、色んな人を見れる上に大金稼げるし、最高の商売だよ。




 今回の利息も無事払えたし、転売用の商品を買い込む金も残った。女子大生のメンタルケア、機嫌取りに使う金も余ってる。まだ借金が六百万もあるのに、人生の勝利者になった気分だわ。


「充君! お疲れ!」

「おっとととと。危ないじゃないですか、高田さん」


 例の女子大生こと高田杏子たかだあんずさんが、勢いよく抱き着いてきた。その威力ときたら、じゃれるというより奇襲の領域だろう。


「杏子って呼んでよぉ」

「頬ずりやめ……あっ、やわらかい……」


 懐かれてんなぁ、マジで。借金のカタに怪しい仕事させられてるってのに、この懐きっぷりは凄くない? ひょっとして俺って、結構カリスマ性ある?


「客にその距離感はダメですよ? エスカレートしますから」

「しないしない。男の人とか怖いし」

「俺も男なんですが?」

「充君は紳士だから平気!」


 紳士はこんな商売しないんだよなぁ。借金苦から救い出してくれた恩人とはいえ、ここまで懐くか? もしやショタコン……いや、ショタって歳でもないか。

 いや、わかってる、全部わかってる。

 どうせ生娘ってのも嘘だし、俺にベタベタしてくるのも裏があってのことだ。機嫌取っとけば待遇が良くなるとでも思ってんだろ。

 悪いが騙されんぜ? 純粋の極みに達してるナナでさえ、俺は全幅の信頼を寄せていないんだ。テクニカルな知能犯は男のほうが多いかもしれんが、しょうもない男が標的のしょうもない詐欺は女のほうが多いに違いない。絶対騙されんからな。


「男が怖いから、女子高とか女子大に行ったんだよ? 結果的に女の人も怖くなっちゃったけど」


 悪化してるやん。男性恐怖症が対人恐怖症までランクアップしてるやん。素直に共学に行ったほうが良かったんじゃないの?


「言っておきますが、俺も怖い男ですよ? 借金の肩代わりを理由に、性行為を強要してやりましょうか? 本当に処女かどうか試し……」

「その言葉を待ってたよ」


 え? 今の〝ピコン〟って音は……もしや……!?


「これは永久保存だね」


 ま、まずい! 録音された!

 け、警察か? 警察にタレ込む気か? それともそれをダシにして、大金をゆすろうと……。

 どうする? 殴り倒してでも奪うか? いっそ絞め殺してコンクリ詰めに……。


「じゃっ、シャワー行こっか」

「え……?」


 シャワー? どういうことだ? なぜ……。


「初めてって血が出るらしいし、痛いって聞くけど……お姉さん、頑張るから」


 ……? え? は?


「あの? 何を……」

「私とヤりたいんだよね? ちゃんと言質取ったからね」

「いや、ちょっと待って……」

「触られたことはないけど、多分胸が敏感だと思う。期待しててね」

「あの?」




 どうしよ……卒業しちゃった……。牌をつまんでたら、パイをつまむハメになるなんて……。あのオッさんの言う通り、本当に処女だったし……バカにしてごめんよ。

 うわぁ、やっちまったぁ……しかもゴム無しで……。

 今日は大丈夫な日とか言ってたけど、それでもよぉ……。

 当たっちまったらどうしよ……っていうか、これから高田さんとどういう関係になるんだろうか……。録音データは消してもらったけど、信用していいのか? クラウドにあげられてるんじゃ……。

 本当にどうしよう……夢だと思いこみたいけど、隣で寝てる全裸の女が真実を物語っている。しかもナナと弥生から鬼電きてるし……。

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