第25話 蛇の話 11

 その夜、蛇が祀られているという池のそばまで来ていた。集まったのは紅、桜、百合に紫苑と桔梗の姉妹。百合と顔を合わせない様にここに姿は見せていないが、以前蛇と戦った番長連合の幹部も来ているらしい。百合たちを乗せて来た月夜野家の車は、もう少し離れた所にボディーガードが運転して待機している。


「ホントにアタシたちは行かなくていいのかい?」

 桜が確認する。

「はい。戦う訳ではありませんから。以前戦った人は行かない方がいいと思います。もし話が通じなくて戦う事になったら、その時はお願いします」

「わかった。攻撃が通じるならなんとかできるはず。でも神様って倒せるのかな」

「完全に殺すのは難しいと聞いています。しかるべき手順を踏んで儀式を行ったり、時間をかけて信仰を無くして、神から落としたりしないとまた復活するそうです。時間はかかるらしいですが」

「無理ゲーじゃないか。戦いにならないのを祈るよ」

「神様にですか?」

 桜が顔をしかめる。



 その会話を聞いていた3人の少女たちは不安そうに身を寄せ合っていた。仮にも神に会うので沐浴し身を清め、百合と桔梗は清楚な白のワンピース、紫苑は白いシャツと白いズボンを履いていた。

 紅は学生服で、戦わないとは言いながらも腰の後ろには桜からもらった短刀を差していた。

「それじゃあ行こうか」

 特に気負った様子もなく紅が声をかける。


 桜をその場に残し、しばらく歩き池の社の前まで来る。紅がカバンから和蝋燭を取り出し火を着ける。さらにお香を焚き、古めかしい鈴を取り出して鳴らしながら頭を下げる。3人の少女たちもそれに倣い頭を下げる。


 しばらく無言の時間が続き、やがて周りに霧が立ち込め、ゆっくりと辺りが明るくなってきた。どうやら姫様の所と同じような異界につながったらしい。


 紅には動揺はないが、3人の少女たちは初めての事に驚き、不安そうに身を寄せ合う。

 目の前には姫様の所の屋敷とは違い、神社の能舞台のような建物があり、その中で大きな黒い蛇がとぐろを巻いていた。その体は紅の胴体よりも太く、とぐろを巻いているため正確ではないが長さも桜が言う通り20mはあるのではないだろうか。どう見ても国内で自然にいる大きさの蛇ではない。


〈初姫殿の鈴の音がしたから誰かと思えば百合殿ではないか。約束よりちと早いが嫁入りに来たか?〉

 蛇が鎌首をもたげこちらを向いて話しかける。声帯を震わせてしゃべっているのではなく頭に響く様な声だった。テレパシーの様なものだろうか。


 紅が一歩前に出て挨拶をする。

「初めまして、蛇神様。突然の来訪失礼いたします」

 礼儀正しく頭を下げる。


〈誰じゃ?〉

 百合以外は従者とでも思っているのか、目に入っていなかったようだ。

「黒森紅と申します。初姫様と縁がありこの鈴をお借りしてこの場に参りました」


〈初姫殿の。して何用じゃ〉

「月夜野家の百合さんの嫁入りについて」

 そう言って百合を見る。目があった百合はうなずいて、両手に握っていた紫苑と桔梗の手を放し前に出る。不安で足は震えるが、ゆっくりと一歩を踏み出す。


〈おお、百合殿、久しいの。ますます美しくなっておる〉

 蛇はとぐろを解いて能舞台から下りて百合の前に来る。

「か、神様、お、お願いがあります」

〈なんじゃ〉

「わ、わたくし神様のお嫁さんにはなれません!嫁入りのお話はなかった事にしてください!」

 そう言って頭を下げる。


 暫しの沈黙のあと蛇がささやく。

〈ふむ。なぜじゃ?我が花嫁になればお主も神の眷属。ずっと若く美しいままでいられる。人間には名誉なことじゃぞ〉

「それでも!私は神様にもなりたくありません。人として暮らしたいのです」

〈なるほど、こ奴らに誑かされたか〉

 紅たち3人を見る。


(なんだかまずい雰囲気になってきたな)

 紅が心配していると、桔梗がそれに火を着けた。

「だいたい年が離れすぎてる。おじいちゃんより年上。もっと年の近い蛇を探したほうがいい」

 驚いた紅が桔梗を見る。そこに紫苑が油を注いだ。

「ロリコン」

 ロリコンという言葉の意味が通じた訳ではないだろうが、何かが切れた様な音がした。


 ドスッ!

「がふっ」

 紅の腹に巨大な蛇の尻尾が刺さっていた。そして紅を突き刺したままその尻尾をもちあげる。


「え?」

 それが誰の声だったのか。一瞬何が起こったのかわからず、やがてそれを理解する。


「「きゃああぁーー!」」

 百合と桔梗が悲鳴をあげ、腰を抜かしてへたり込む。

 蛇がブンっ、っと尻尾を振り刺さっていた紅を投げ飛ばす。


「え?あ……」

 紫苑はその光景を見つめ呆然と立ち尽くす。


 紅を投げ飛ばした蛇はシュルシュルと百合に近づいて来た。

〈最早婚儀を待つまでもない。このまま貰い受け、その無礼者どもは始末する〉

 そう言って蛇が立ち尽くす紫苑を見つめ尻尾を持ち上げる。


「あ、あ」

 紫苑はガクガク震えながらも一歩も動く事が出来ない。

(私も死ぬ?)


 ブシュ!

〈ぎゃあああああ!!〉

 突然、蛇が声にならない叫び声をあげた。

 胴体の中ほどを半分近く斬られ、のたうち回る。


「っいってー、このくそ蛇が、めちゃくちゃしやがって」

 そこには短刀を握りしめた紅が立っていた。口の端から血を流し、腹の部分の服は破れているが体に傷はないようだ。


(さすが姉さんの薬。すごいな。なるほど、これは貴重だろうな)

 制服の胸ポケットに入れていたお守り。中身は姉がくれた薬だった。投げ飛ばされた時になんとか意識があったからよかったが、もし動けなければどんなに効果の高い薬でも飲めずに命を落としていただろう。


「あれ?え?ど、どうして……」

 その姿を見た紫苑は何が起こっているのか分からない。へたり込んだ百合と桔梗も呆然とそれを見ていた。


 紫苑と桔梗を見る。

(もう絶対にこの姉妹は交渉事には連れて来ない!)

 紅は固く誓った。

 



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