第20話 蛇の話 6

 本来なら頼みごとをするこちらから出向くのが筋とは分かっているが、こちらに百合を連れて来る訳にはいかないので、申し訳ないが足を運んでもらえないだろうか。という事で放課後、紅は紫苑に連れられて別館に来ていた。

 地元では富も権力もあり、自分の名を冠するクラスを作らせるほどの支配者。紫苑に聞いた話では毎年数人の入れ替わりはあるが、小学校の5,6年から中学の3年間では百合組のメンバーに大きな変動はなかったそうだ。月夜野家の息がかかった家の娘や、比較的温和な性格の娘たちが集められた。また男子が苦手な生徒の駆け込み寺的な側面もあったという。教師も全て女性で男性は一切かかわる事が許されなかった。

 富、権力、そして絶対的な美貌。多くの下僕に傅かれた女王の様な存在を紅は想像していた。

 百合組の前に着いた二人。

「ここだ。おーい、入るぞ」

 紫苑が声をかけドアを開ける。



「うわ~ん、返して~。楽しみにしてた今日のおやつ~。お願い返して~」

 教室内では3色団子を持った女生徒に一人の女生徒が泣きながら縋り付いていた。 それを見て周りの生徒たちもけらけらと笑っている。


「お嬢が負けたんだからしょうがない」

「あ~あ何回負けたら気ぃすむん、ほんまどんくさいなぁ」

「お嬢、学習能力ないからなぁ」


 あの3色団子を持った女生徒が百合かと思ったが、よく見ると髪形は違うが顔は紫苑とよく似ている。こちらは学ランではなくセーラー服を着ているが。


「あっ、こらお前ら!百合で遊ぶなって何回言えばわかるんだ!」

 中の様子を見た紫苑が怒鳴りつける。


「あ、ヤベ。紫苑が帰って来た」

 それを聞き、泣いていた女生徒がこちらを向く。

「紫苑ちゃ~ん、桔梗ちゃんにお団子とられちゃった~」


 こちらに振り向いた顔を見てすぐに分かった。この娘が百合だと。泣いていてもなお美しい顔。周りの女子たちもかわいい子が多いが、彼女だけはその存在感が他とはまるで違っていた。他を圧倒する美貌。しもべに傅かれる女王。女王?

 紅は自分の想像力の無さを恥じた。



「人聞きの悪い事を言う。ちゃんと公正な勝負に勝って手に入れた物」

 桔梗と呼ばれた女生徒が淡々と言う。見れば机の上にはトランプが散らばっており、その勝負の賞品として団子を手に入れたようだ。

「嘘だもん。あんなに何回も桔梗ちゃんにばっかり良いカードが行くはずないよ!ズルしてたでしょ!?」

「見抜けなかったお嬢が悪い」

「やっぱりズルしてたんだ!?ひどいよ」

 周りの生徒はあいかわらず笑っている。

「何回騙されたら分かるんかな?」

「もはやわざと騙されてない?」


「お前らいい加減にしろ!今日は客が来るって言っといただろう!」

 紫苑に怒鳴られてやっと紫苑の後ろにいた紅に気づく。


「「「……」」」


「「「だ、男子だ!」」」

 桔梗以外の生徒たちが声を上げる。

「あ、あわわわ」

 中でも百合が一番取り乱している。

「お嬢!ヴェール、ヴェール!顔隠して!」

 周りの生徒が机に置いてあったヴェールを百合に被らせる。どうやら外に出るときにはこれを被り顔が見えない様にしているらしい。



 その騒動がひと段落すると紫苑が紅を紹介する。

「1年2組の黒森紅君だ。黒森君、こちらが月夜野百合でこっちが私の双子の姉の桔梗だ」

「こんにちは。黒森です」

「まあどうぞ座って座って」

 桔梗が先ほどまでトランプをするために机を合わせていた席に紅を座らせる。対面には百合を座らせていた。

「あ、あの、つ、月夜野、百合です。初めまして」


「お見合いか」

 周りの女子が突っ込む。

「紫苑、私たちは紹介してくれないのぉ?」

 他の女子たちも話がしたいらしい。

「全員なんて紹介できるか!」


「まぁまぁ、粗茶ですがどうぞ」

 いつの間にか教室の後ろにあるポットからお茶を入れて、3色団子とともに紅にだす桔梗。

「あ、わたくしのおだんご……」

 ちょっと涙目で団子を見つめる百合。こんなに食べにくい茶菓子は初めてである。

「あの、良かったら食べる?」

「いいの!?」

 それを聞き途端に笑顔になる。


 だがその様子を見ていた紫苑と周りの生徒たちに違和感が生じる。

(どういうことだ?)

(あれ、変だな?)

(なんかおかしくない?)

 やがてその違和感の正体に気づく。紅の様子が至って普通なのだ。


「えへへ、男の子とおしゃべりするのとっても久しぶりだから、なんだか緊張するね」

「そうなの?」

「うん。お父様とおじい様以外の男の人とは長い事会ってないから……」

「買い物なんかも行かないの?」

「……うん。男の人がいる所は行っちゃダメなんだって。遊びに行くときも車で行って、女の子だけしか一緒に遊べないの」

「そうなんだ」



(なんで彼は普通なんだ?)

 さっきまでと変わらない紅の様子に紫苑は焦っていた。一目ぼれとはいかないまでも、百合のために動いてもらうにはもっと興味を持ってもらわねばならない。

「ゆ、百合。ヴェールを被ってたら話しにくいだろう?取ったらどうだ?」

「いいの?」

「お、おい紫苑。大丈夫か?」

 さっき見られたとはいえ、改めて顔を見せるのを心配する桔梗。


「こっちから頼んで会いに来て貰っているのに、顔を隠したままなんて失礼だろう」

「それじゃあ」

 そう言って百合がヴェールを外す。前髪をちょいちょい整えながら周りに問いかける。

「変じゃないかな?」


 パァン!

「あいたぁ!?」

 桔梗が突然百合の頭をはたく。

「何するの桔梗ちゃん!?」

 突然叩かれた百合が抗議するが、

「その顔で変とか調子に乗ったことを言うから」

 桔梗が切り捨てる。

 女王……。


 改めてヴェールを外し、紅と顔を合わせる。なるほど確かに噂に違わぬ美少女だった。周りの女子たちもかわいい部類だろうが彼女一人だけが際立っていた。だが、紅はその美しさよりも彼女の目が気になった。何かを諦めた様な目。表面上は明るく振舞っているが生気に乏しい瞳。彼女に比べれば有海や紫苑の生気に満ちた瞳が紅には好ましかった。

 ついでに、

(姉さんの方が綺麗かな)

 などと残念な事も考えていた。





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