第8話:作戦会議は迅速に

「ってなわけで。フォカロル、ケイト達を頼んだ」

「は?」

「あと、俺のコートも頼む。手袋とクラバットも」

「あ? え? ちょ、待っ——」

「それから、リボン持ってないか? 紐でもゴムでも何でも構わん。いい加減、髪を結びたい」

「待って待って、マジで待って!! セイル、正気か!?」


 放り投げる形で渡したコート類を抱え、フォカロルが焦った様子で詰め寄ってくる。その顔が若干青ざめているように見えるのは気の所為だろうか。

 ……気の所為じゃないんだろうなあ。


「正気だよ、暴れるなら余計に邪魔だ。戦闘中に摑まれちゃあかなわん」

「そっちじゃねえ! あいつらと戦う気かって訊いてんだ!」

「ああ、そっち」


 勿論。戦う気満々である。


「お前……自分で再三言ってたよな、『召喚されたて』だって」

「そうだな」

「そんな奴が戦ってどうする。勝てる相手じゃねえって判んだろ!」

「ああ、判るさ。でも、何もやらない訳にもいかないだろう」


 ここがソシャゲの世界で、天使=プレイヤー側、悪魔=敵ならば、これは所謂『通常のストーリー』なのかもしれない。浮いている奴の発言——「学び」「導いた」を考慮すると、チュートリアルの可能性もある。あるいはレベルアップの特別イベントか……。

 残念ながら当該ゲームをプレイしていたのは自称・妹のマノコであって、俺ではない。俺はゲームの内容をほとんど知らない。だから全部憶測でしかないけれど、そう考えれば、結界の外へ飛べない理由も納得出来る。


 プレイヤーは、いつでも止められる。

 戦況が悪くなれば撤退が出来る。

 でも、敵は撤退が出来ない。

 相手を倒すか、自分が倒されるまで止められない——逃げられない。


(まあ、結界の話はフォカロルの読み通り、ブラフかもしれないけれど)


「浮いている奴は『バルディエルの教育に協力して欲しい』と言った。これは希望的観測に過ぎないが、まず間違いなく、バルディエルに助太刀することはない。だから俺が単身で相手をしよう。ここに来るまでに奴の動きは大方読めているから、何とかなる。

 けれど『ケイト達を攻撃しない』とは言っていないから、守備を任せる。こっちの戦闘の余波が来たら払ってくれ。折角お前が得意なフィールドに連れて来てやったんだ、奴への攻撃も忘れるなよ」

「……あれ? オレの負担デカくね?」

「仕方ないだろう、この世界の先輩なんだから。頼りにしてる。ついでに、結界の件も確認しよう。ハッタリだったら、すぐに戻って即時撤退だ。オーケー?」

「……オッケー」


 ま、今のセイルなら問題ないか。

 乱暴に頭を掻きながら深い溜息を吐くフォカロル。ちょいちょい引っ掛かることを言うな、こいつ。この一件が片付いたら説明してもらおう。……無事に片付けられたら、の話だけど。

 俺の胸中を読んだように「死ぬなよ」と言われる。


「死んだら赦さねえからな。どこまでも追いかけて連れ戻してやる」

「……善処する」

「いや、今その返事は駄目だわ。もっと前向きなの頂戴ちょうだい

「そういうことだから、ケイトと……ヒカル、と言ったか? 二人はフォカロルに守られてくれ」

「聞いて!?」

「わ、判った」と、頷く金髪少年——改め、ヒカル。

「セイル」


 ケイトが眉を顰め「お願いがあるんだけど」と言う。


「何だ。『やっぱりバルディエルを生かして』と言うのは無しだぞ。『この戦いに勝ったら契約して』ってのもな」


 死亡フラグになりかねない。


「そういうのじゃなくて……もし誰か生きてたら、助けてあげて」

「…………あの爆撃後みたいな街に、生存者が居るとでも?」

「居るかもしれないだろ」

「……判った。……髪ゴム持ってる?」

「持ってない」


 今度は俺が溜息を吐く番だった。

 だよな、そう都合よくはいかないよな。


 作戦会議が済んだところで、バルディエルに向き直る。あちらも丁度、頭部の修復が終わったらしい。こちらは都合がいいな。

 ちらり、と上空へ目を遣る。奴は俺らに何かを言うことも、バルディエルに口を開くこともない。背後で手を組み、直立姿勢を保ちながら黙って見下ろしている。やはり加勢をする気はないようだ。こちらも都合がいい。


「絶対当てる……当てて殺す……学んで、進化する……もっと強くなって、もっと殺す——!」

「それじゃあフォカロル、任せた」

「ああ、任せろ」


「み な ご ろ し だ !!」

「うるせーよ、黙れ」


 バルディエルが動くより先に懐に入り込んで、胴体を摑み——飛ぶ。



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