第5話:事態は急転する
フォカロル。
ソロモン72柱。序列41番目にして大公爵。
俺と同じ身長で、ムキムキのマッチョ。暗くてジメジメして太陽の欠片さえない地獄の中で、翠の瞳を宝石のように煌めかせられる。淡褐色の肌に明るい茶髪という、人界で言うところのサーファーみたいな見た目を持つ
パリピを苦手とする俺が唯一「友人」と呼べるパリピだ。
陽キャでもある。
「フォカロル……お前、な——」
「セイルじゃねえか! 久し振りだなあ!!」
「んでここにぃぃいい!?!?」
唖然とする俺を他所にフォカロルは、パァアア! と顔を輝かせ(暗い室内なのに本当に輝いて見えた)、長くて太い両腕を広げて突進してきた。そして、ギュッと強く抱き着いたかと思えば、そのまま持ち上げてグルングルンと廻り出す。
まるで長年顔を合わせていない親戚の子供か、念願の再会を果たした恋人にするかのように。
「マジでセイルだ! しかも正装のセイル! 激レアじゃん! やべえ!!」
「やべえのは、お前の行動だ馬鹿野郎!! 降ろせ降ろせ降ろせーーーー!!」
いくらパリピな陽キャで友人だとしても、やって良いことと悪いことがあるんだぞ!?
特に同じ身長の同性にはなあ!!
と、訴える前に、フォカロルと共に入室した少年が「止めろ、フォカロル!」と叫んだ。
ぴたっと動きを止めたフォカロルの腕の中から、その姿を確認する。
やはり、俺を喚んだ少年と歳が変わらない人間だ。着崩してはいるが、少年と同じ洋服を着ている。フォカロルの髪よりも更に明るい金髪の少年は、三白眼で俺らを睨みつけながら深刻そうな声音で
「遊んでる場合じゃねえ」
と言った。
「緊急事態だ、後にしろ」
そうでしょうね。と、イポスさんが頷く。
「不測の事態が起こらぬよう、召喚中は基本的に立ち入り禁止です。にも拘わらず乱入したということは、余程の事件が起きたのでしょう。何があったのですか、ヒカルくん」
ヒカルくん、と呼ばれた少年が緊張した面持ちで「バルディエルが出ました」と告げる。
「場所は」
「ナガノです」
「攻撃範囲は」
「判りません。……恐らく広域だと思いますが、人手が足りなくて」
「そうですね。はあ……明日来てくれれば良いのに。ねえ?」
「は、はい」
同意しかねる、みたいな雰囲気で頷く金髪少年。
なるほど。何が何だか判らないが、長野で『バルディエル』が出たらしい。……『バルディエル』ってあれか、天使か。つまり、テロリストが長野で大暴れしていると? 確かに緊急事態だ。遊んでいる場合ではない。
遊んでたのはフォカロルだけだけど。
「よりによって今日ですか。仕方ありません。ヒカルくんとフォカロルくんで対応を……そうだ、セイルくん」
「何でしょう?」
「きみも同行してください」
「は?」「は?」「は?」
「お、良いじゃん!」
全然良くないが?
弩級にど底辺な俺と少年二人のテンションとは裏腹に、フォカロルのテンションは鰻登りだ。何がそんなに嬉しくて愉しいんだか判らない。
再び感情のまま振り回されそうだったので「いい加減に離せ」と足を蹴り付ける。
「暑苦しいし痛いんだよ、怪力ゴリラ。自分の腕力の強さを自覚しろ」
「んあ? ああ、悪い悪い。セイルに会えるのが嬉しくて、つい」
「ったく」
痛む部分を摩りながら数歩後退し、距離を取る。ここで初めて、彼の姿をまともに見る。
フォカロルもまた、正装——中世の貴族みたいな恰好をしている。俺のとは違って全然ひらひらしていない。それどころか、ちょっとラフな感じ。羨ましい。けど、違和感があるな。魔界ではこいつ、自分の肉体美を惜しげもなく晒すような服ばかり着ていたから……。
などと考えていたら、戸惑うような声が耳に入った。
そちらへ視線を遣れば、目を瞬かせる金髪少年。
「どうした、少年」
「え……、天使?」
かちん。
頭の中で音が鳴ると同時に、フォカロルが「ぶはっ!」と噴き出す。
「……イポスさん。この子供、殺していい?」
「構いませんが後にしてください、緊急事態なので」
「待ってくれ……一応、オレの召喚者なんだ。今回は、見逃してやって……!」
「この悪魔にして、この召喚者ありだな! 笑うんじゃない!」
「そうですよ、堪えてください」
「あなたも笑ってんのか!」
くっそ! 完全に配色の所為だ!! 恨むぞ神様!!
悪魔に神様なんて居ないけど!!
悪ふざけはここまでにして、と咳払いをするイポスさん。
「『百聞は一見に如かず』と言います。実際の現場を見学しては如何でしょう。欲を言えば、フォカロルくんとの仲に免じて、今回の任務に助力して頂きたい」
「どうしてです? 戦力なら充分でしょう。大量の悪魔と魔獣を吸い込んだのだから」
これで、と俺はブーツの爪先で召喚陣を突く。
「その通り。けれど何度も言うように緊急事態でして。おまけにヒカルくんが述べた通り、人手不足なのです」
「何で」
「実は今朝、ヨコハマ区内にある刑務所で脱獄事件が発生しました。先遣隊からの情報によれば囚人は全員、何かしらの異能持ち。アルブスが与えられたと考えられます」
え?
「何だって?」
「なのでトウキョウのコンジュラーと、ここ——ゴヱテア学院のアストラが総出で、事態の収拾に動いているのです。正直に言いましょう。バルディエルに対応出来るのは、きみ達しか居ません」
本当なら私が行きたいところですが……云々と話は続いているが、しかし俺の脳内はそれどころではなかった。一瞬にして空白地帯となった部分が疑問符で埋まり、混乱する。
今、何と言った? 『アルブス』?
自称・妹——マノコとの会話を思い出す。
——いつもやってるソシャゲは良いのか?
——いいの
——今アルブス回復中だから!
こんな偶然、あるか?
待て。マノコが夢中になっているソシャゲ。あれは、どんな内容だった?
天使を召喚して、悪魔を殺すゲームじゃなかったか?
(そうだ。前に、どんなソシャゲなのか訊いた時、言っていた。だから呆れたんだ。「何で悪魔が『天使で悪魔を殺すゲーム』に夢中になっているんだ」って。マノコは笑って、「ゲームに出てくるキャラが——
いや、その点はどうでもいい。『アルブス』だ。それは確か、悪魔の殺害に必要なエネルギーみたいなやつで……)
ということは、つまり、ここは——ゲームの世界?
「ま、大丈夫っしょ!」
突然、耳元で大声が弾けた。
バンバンと背中を力強く叩かれ、強制的に思考が断ち切れる。ついでに呼吸も詰まった。咳き込みながら相手を突き飛ばし、突然の暴力から逃れる。
「痛いっ、何するんだ!」
「オレとセイルが居れば問題なし! な! セイル!」
「……何の話?」
「おっ前、聞いてなかったのかよ!」
天を仰いで大仰に嘆いたフォカロルが溜息を吐き、俺の肩に腕を廻して言葉を紡ぐ。
どうやら考え事に耽っている間に、話が進んでいたらしい。俺の能力で速やかに長野へ移動。戦闘慣れしているフォカロルがバルディエルと対戦。住民の避難誘導をする少年を、見学ついでにサポートする……という流れが決定していた。
「バルディエルとオレの相性は……まあ、良いとは言えねえけど、一人ならどうにでもなる。パッと行ってチャチャッとやっちまおうぜ」
「構わないが、飛ぶなら地図も寄越せ」
「何で? 魔界では座標だけじゃん」
「召喚されたてで土地勘も何もないからだよ」
「あ、そっか。おいヒカル、地図」
フォカロルの指示を受けて、金髪少年が左腕の袖を少し捲り上げる。
手首には銀色のブレスレットが一つ。少年が触れると仄かに発光し、電子音の後、光が飛び出して空中に日本地図を描いた。長野県が赤く縁取られ、引き伸ばされる。
この辺で良いだろ、とフォカロルが突いた場所に座標が浮かび上がる。
何だこれ、SFが過ぎるぞ。
「よし。じゃあ頼んだぞ、『運び屋』!」
「『運び屋』じゃなくて『運送業』な」
「どっちも一緒だろ」
「そうだけど」
「ちょっ、待て! 待ってくれ!」
地図と座標を秒で覚え、肩を組んだフォカロルはそのままに金髪少年を抱えたら制止された。
「ケイトは!?」
「は?」
ケイト?
「ケイトも連れて行くんだろ!」
と言って、後方を指差される。
そこには俺を喚んだ少年が、ぶすっとした表情で立っている。めちゃくちゃ恨みがましい目で俺を睨み付けながら。
連れて行くんだろと言われても、まだ契約していないしなあ……。
ちら、とイポスさんへ目を遣る。無言で肩を竦めるだけだった。
(お任せします、ってか)
ちょっと悩んで、微妙な気持ちを押し殺しながら訊ねる。
「……来る?」
「……行く」
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