第5話

「え。それって、良い事じゃない。魔物が減った方が旅に出る人だって襲われる心配はないし」


「良いのかな……いや、良くないよ! 俺らそれで儲けてんのに」


 レックスは口を尖らせて、いかにも気に入らないといった様子だった。


 今はレックスは冒険者をしつつランクを上げている状態だから、そういう時には魔物を倒した戦績が重要になる。だから、彼らには強い魔物がいる方が良いし、効率的に強くなって冒険者としてのランクも上げられてしまう。


「……冒険者には、そうかもね。私は採取に安全に行けるし、平和な方が嬉しいし……」


 私は近付いて来たレックスから、距離を取った。止めて止めて。女の子に対してそういう無意識に懐に入ろうとしようとするの、止めてよ。


 私に……好きになられて、どうするの。私以外にも、これからいっぱいそういう人が出て来るんだから、そっちと幸せになってよね。


「……なー。デルフィーヌ。俺が、なんか悪いことした?」


 最近レックスや幼馴染みの集まりには、私は参加していない。レックスは皆で楽しく仲良くしよう!  と、真顔で言っちゃうような真の陽キャだから、一人はぐれたようになっている私が気になっているようだ。


 私はもうはぐれてて良いのよ。将来的に誰にでも優しい男を好きになって、不幸になりたいなんて、思わないもの。


「……してないわよ。レックス。私だって、いつまでも貴方の後ろに付いてまわる訳でもないし」


「それって、グスタフっていう男に何か関係ある?」


 やけに、グスタフのことを気にしている?


 ……いいえ。自分のことを好きで好きで堪らなくて、いつも纏わり付いていたデルフィーヌが居なくなって、少しさみしいのかしらね。


 冒険の旅に出たなら、いくらでも慰めてくれる可愛い子にいっぱい出会えるから、安心してね。


「グスタフが? 何のことなの? ううん。あの子とは、そういう関係じゃないわ」


「……あの子? あの男は、そんなに幼いようには見えないが」


 私たちは今十七歳で、来年には成人になる。グスタフだって、魔族だけど同じ世代に見える。そして、数ヶ月後にはレックスだって、もうすぐ冒険の旅に出る。


 そうしたら、私たちは年に何度かしか会えなくなるんだから、何を気にしているんだろうと思う。


 ……私のことは、幼馴染みで妹みたいな大事な存在なんでしょう。女性として好きでもないはずのに、放っておいてよ。


「事情があるのよ。レックスには関係ないでしょ」


「ふーん。そうか……」


 レックスは何故か偶然会って帰るだけの私を家まで送って、戸締まりについて何度も注意してから帰って行った。


 ……変なの。


 旅に出れば、すぐに忘れてしまう幼馴染みの一人私のことなんて、放っておけば良いのに。


「ただいまー!」


「あ。おかえり。デルフィーヌ! 遅かったね」


 家に入るとソファに寝そべって、グスタフが分厚い本を読んでいた。うちの両親も気に入って、すぐにすんなり我が家に溶け込んだし……本当に、可愛いし性格が良くて良い子なのよね。


「ごめんね。お腹すいてる? これ食べて。今日は魔核が質が良いのが取れたって聞いたから」


 私は本を読んでいたグスタフへ、魔物から取れる魔核の入った袋をあげた。


 なんと、魔族が覚醒するには、同族同士で心臓の中にある魔核を奪い合う必要がある。小説の中では魔王ギュスターヴは偶然、奴隷商を営む主人の宝物庫で巨大な魔核を発見し覚醒することになる。


 けど、私はそこまでお金持ちにはなれないから、冒険者が売り払った魔核を買ってグスタフにあげるしかない。


「……僕、魔族としてなんて、覚醒したくないよ。デルフィーヌ」


 私の勉強部屋にある書物を早々に読み終えてしまったグスタフは、うちの薬屋を手伝ったり、家事を手伝ったりしたお駄賃で購入した高度な学問の書かれた書物にまで手を出している。


 私も今、彼が読んでいる書物をちらっと見たけど、複雑な数式が書かれていてパッと見でなんて全然理解出来そうもない。


「また、そんなこと言って! 私は貴方が立派な魔族として独り立ちが出来るまで、ずっと養ってあげるから……魔力が限定されて使えないままなんて、不便でしょう?」


「けど、デルフィーヌと居られなくなる……嫌だよ」


 グスタフはうるうると保護欲をそそる目になったので、私は安心するように髪を撫でてあげた。


 彼はまだまだ、何も知らない幼い子どもと同じ。早くに人の母を亡くして、魔族の父にも役立たずだと見捨てられていた。


 そんなギュスターヴの手を、無責任に離したくない。


「……貴方がさみしいなら、一緒に居てあげるから。魔族だって人と共生出来るんだから、一緒に暮らせば良いわ」


「本当に!? ……デルフィーヌが、誰かと結婚しても?」


「だいじょーぶ! 私が結婚するなら、グスタフと一緒に暮らしてくれる人をまず条件にするから、何も問題ないわ」


「良かったー……」


 可愛らしい笑顔で微笑んだので、私はまた彼の頭を撫でてあげた。

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