冒険者と憧れ


――行けるか?


心の片隅で鬼妖精は思う。

絶え間なく波状攻撃を続けている。


冒険者はその対処に手一杯であり、他の行動が取れない。

それは休む暇がない以上に、回復の暇が無いのが大きい。


ほとんど効いた様子もないが、それでも攻撃は続けている。

かすり傷であってもダメージを与えている。


その蓄積は、増えることはあっても減ることがない。


『回復する時間だけは、あの変態にやるな!』

『なんか鬼のお尻をペンペンするとか吠えてますよ?』

『わざと聞かねえようにしてんだから伝えんなよ!』

『ケイユだけ微妙な気持ちになるのが嫌なんですよ!』

『クソ迷惑だ!』


念話で叫びながら、鬼妖精は冒険者に蹴りつける。

ハイキックのそれは簡単に防がれるが、その防御ごといくらか後退させた。


それだけ、威力が乗っていた。


まだ明確な形こそ取っていないが、スキルとして発現するのかもしれない。

そうなれば、状況は迷宮側にとってさらに有利となる。


「埒が明きません」


油断ともいえない希望は。


「うるさい雑魚にたかられている、避けるばかりで鬱陶しい相手――」


ぶつぶつと呟き、冒険者が構えたことで消えた。

所詮はただの錯覚でしかないというように。


「こんな時――あなたならこうしていた!」


その構えは、かつてオーガが取っていたものだった。

群がる雑魚を叩きのめすためのものだ。


単純な横薙ぎの一閃。

地面と水平に力任せに振り抜く。


本来であれば、ただそれだけのものだ。


しかし、それを最高級の武器で、この世界におけるトップレベルの肉体で行えばまるで違ったものとなる。


『逃げろッ!』


鬼妖精が叫ぶ暇もなく、それは放たれた。


「散り消えろ――ッ」


身体が膨らむ。

比喩表現ではなく実際に。


鎧から放たれた力場、それが拡散せずに人としての形を保ち、冒険者の動きそのままに追随した。

ただでさえ大きな身体がさらに膨張する。


それは、連携と共に回避を続けた樹木に「不可能」を叩きつけた。

避けるにしては、あまりに攻撃範囲が広すぎた。


握る斧ですら力場は模倣し、見える樹木を数本まとめて「消し飛ばした」。


斬る、というレベルですらなかった。

それは地形を破壊する一撃だった。



 + + +



まるで『聞く』ことができない、それほど破壊は盛大だった。

もうもうと立ち込める土煙は高く昇り、鬼は弾き飛ばされて吹き飛んだ。


『クソ――』


樹人の数は十人ほどだ。

数人が完全に破壊された時点で穴が空いた。


木村とそれ以外の、配下ではない樹人たちの何人かが『死んだ』。


全身から蒸気のように汗をかく冒険者の様子が、うっすらとわかる。

開けた先には、すでにロスダンの姿があるはずだ。


鬼妖精は、全身を打ちつけられた苦痛に耐えながら身を起こそうとするが、できない。

右腕が折れていた。

力の伝達が途中で途切れた。


同様に右足にも力が入らなかった。

妙な方向に折れ曲がっているのがわかった。


動けない。

追いかけて戦えない。

それを理解し。


『ケイユ!』


呼びかける。

だが、返答は無かった。

代わりというように、近くで呻く声がした。


すぐ近くにまで一緒に吹き飛ばされていたようだ。

生きてはいたが、むしろこの場合はそちらの方が問題だった。


――くそヤベえ……!


死亡していたほうがまだマシだ。

気絶、という状態ではなにもできない。


殺してリセットという方法すら、今の鬼妖精では行えない。


『花別ッ!』


忍者の方も同様だった。

なんの返答もありはしなかった。


技術や速度に卓越していたとしても、その身体は妖精のそれであり、耐久力は無いに等しい。


――アイツですら、どっかで寝てんのかよ……っ!


むしろ、鬼妖精が気絶も死亡もしていないことが奇跡だった。

右手右足に大きく怪我を負っているが、意識はある。


――クソ、ちょっと向こうに本気を出されたらこの有り様かよ……!


冒険者は迷宮を一撃で半壊させた。

木の上にいた太鼓ゴブリンですら、もう叩けずにいる。


現実的で散文的な環境音しか聞こえない。


――あの、変態は……


ただ、さすがに冒険者の方も、リスクなしというわけではなかった。

体力を大きく削って放たれたためか、大きく肩で息をしていた。


高負荷トレーニングを行った直後の様子で、その場での体力回復に務める。

別の言い方をすると、その程度の消費で済んでいた。


「はは……」


その口には、痙攣するような笑みが浮かんでいた。

自分でも信じられないような壮大な夢が、ようやく叶ったことを実感するものだった。


「ああ、やはり、私のうちにはオーガがいる、たしかに、至れた……たしかに感じる……うぅ……ッ!」


言いながら、ガクガクと震え、その震えのまま歩き出した。


『木村! 空いた部分を塞ぐのは無理か!』

『――』


返答は、雑音のようなものしか聞こえない。

たしか中央に陣取っていたはずだ、先ほどの破壊を受けたのは木村だった。


冒険者が全身から汗を垂らしながら踏みつける、その残骸の下にいた。


木々は第二、第三まで壁を形成していたが、そのすべてを破壊していた。

その向こうには、円筒形のSF的な機器に入るロスダンの姿がある。


――追えねえ。


ここで羽で浮き上がり、向かったところで意味がない。

それで追いついたところで足止めにすらならない。


必要なのは戦力だ。

戦えない配下は、ただの邪魔者だ。


『ロスダン』

『なに?』

『無駄かもしんねえ、だが、頼む』

『わかった』


その声を聞くと同時に、鬼妖精は左足だけで無理矢理に立ち上がった。

痛いという言葉ですら言えない苦痛。

神経という神経が絶叫する。


だが――


――今、ここにいる配下(サバティネイト)は、俺しかいねえ……!


泣き言など言えるはずがなかった。


近くで痙攣する水妖馬を見た。

うまい具合に、角が上を向いていた。


その角に向けて、


「ふんっ!」


転倒する形で、鬼は己の頭を打ちつけた。

ダイブしながら羽による加速も行う。

その鋭い切っ先は額の頭骨を通り抜け、たしかに鬼妖精を「殺す」ことに成功した。



 + + +



殺せ、殺せ、殺すのだ――


そのような声が、冒険者の内部で木霊した。

それは、声にならない命令だった。


誰かが、たしかにそう命じたのだ。

きっと生まれてすぐにその声はあった。

ただ、あまりに小さすぎて、気付けなかっただけで。


内側より絶え間なく急かすそれを、どう達成すればいいか、冒険者にはわからなかった。

声は手段まで伝えてはくれなかった。


横暴でワガママで一方的な要求をただされた。

それを叶える方法はそっちで考えろと丸投げされた。


そのモデルケースが、あのオーガだった。

ようやく見つけた理想だった。


真正面から、堂々とぶっ殺せばいい――


シンプルそのものを体現していた。


どうしようもなく、憧れた。

細かいことで思い悩む自分が馬鹿らしく思えた。


普段、どうであろうと関係ないのだ。

どのような裏口を叩かれようと、どのように扱われようと、いざとなればその圧倒的な膂力にものを言わせて薙ぎ払ってしまえばいい。


文字通り、鬼のように突き進む、その姿こそが最高だ。

罠に嵌り、危機に陥る様子ですら好ましい。


それは、戦うために全力を余さず注ぎ込んだ結果なのだから。


追いかけ、手に入れようと策略に嵌めて、逃げられて――


いつしか、己の内部で殺傷を呼びかける声が、明確となった。

自然に寄り添うようにしてあったそれは、大合唱で冒険者を急かす。


まるで、誰かが命じたようだ。


――そういえば……


疲れ切った頭で思う。

昔からあった疑問が浮かび上がった。


――どうして、怪物なんでしょうか……


倒すことで昇格(レベルアップ)する、そこまではいい。

だが、経験値を得る手段として、もっとも効率がいいのが怪物である理由は?


どうしてモンスターではなく、同じ人類の一種である怪物を殺すことが最高効率となるのか。


――これでは、まるで……


まるで人間ではなく、「モンスターのよう」ではないか。

それも強い人間や、強い執着を覚える相手を選んで消そうとする、厄介なモンスターだ。


強者はもちろんだが、執着してしまう相手も「人と人とをつなぐ場の中心人物」であり、人が集団として上手く行かせる立場であることが多い。

冒険者が殺すべき対象とは、人間社会を構成する中核人物なのではないのか――


「む……」


思考する最中、す、と陽炎が立った。


進む前に立ちふさがるように。

弱い、小さい、問題にもならない程度の障害だった。


それでも、気づけば足を止めていた。

疲れる全身に無理を言い、斧を構え直した。


「よう」


そこにいたのは、子鬼だった。自分とオーガとの、愛の結晶。そのはずだ。


「いろいろと考えたんだけどよ――」


両目を閉じた姿。

その左腕は欠損している。

武具の類は、何一つ身につけていない。

背中の羽ですらも、弱々しさの象徴にしか見えない。


「やっぱ、真正面からテメエをぶっ殺すことにしたわ」


それでもそうやって笑う顔は、確かに憧れたかつての姿そのままだった。


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