木村と驚愕


木村は樹人だ。

ノービスと樹精が融合したものであり、自由に形態を変化させることができる。


実のところ、駆ける、あるいは動くという動作も、この「形態変化」の応用に過ぎない。

樹木とは動かないものであり、長く時間をかけて太陽へと枝葉を伸ばすものである。


動物のような、素早い捕食を行わない。

戦うという行為がそもそも無茶なのだ。


それを覆したのが、村長の命令だった。

誤解しようのない単純な虐殺命令を実行するため、あらゆる努力を支払う必要があった。


彼らは自身を改良した。


動きを効率化させ、運動を理解し、「品種改良」すら行った。


通常であれば叶わない無茶だが、ここは「妖精迷宮」だ。

外とは異なる草木が生え、通常とは違う成長を遂げるものが多くある。


特に、植物の育て方、という本を参考に品種改良や、種の発芽を促していた妖精の協力を得られたことは幸いだった。

植物を生長させることにしか興味がないマッド妖精は、よろこんで彼らに品種改良を施した。

木と木をかけ合わせ、新しいものにした。


その試みは無作為に、かつ数多く行われた。

結果、樹人たちはさまざまな方向に特化することになる。


中でもキャド・ゴトーと呼ばれる樹は凄まじかった。

それは、伝説上の「戦う樹木」だった。

軍隊すら追い返したとすら言われる樹木の力を、木村は得ていた。



 + + +



赤剣を、振り上げ、振り下ろす。

単純な動作にすら百年単位の研鑽が伺えた。


それは、人間としての研鑽ではなかった。

樹人が武器を扱う動作であり、どのような教本にも乗っていない動きだ。だから――


――避けきれねえ!


ひと目でわかった。


剣をくるくると回して加速し、そのまま攻撃へとつなげる。

そのような動きを予測するほうが無茶だった。


重心の狂ったブーメランのような軌道で剣は振り抜かれる。


――《瞬走》!


初手から切り札となるスキルを切らざるを得なかった。


すでに限界の走りをしているというのに、そんなものは児戯だというような加速が成された。


当たり前のように剣は空振る。

その剣の先端部分よりも早く動いた。


腕、足、羽のすべてが「移動」のために費やされ、敵の巨体の背後にまで行った。


――ぐっ……ッ!


だが、そこまでだ。


そこから即座に反撃に移れない。

いくらか慣れたが、身体が軋みを上げる苦痛には変わりがなかった。


それを誤魔化すように、手にした根つきの杖を伸ばした。


鬼の意のままに伸びた木の棒は、当然のように表皮で弾かれた。


「そこですか!」


敵に位置を知らせる効果しかなかった。

攻撃した地点から、十本以上の枝が返った。


「クソが!」


伸ばした枝をそのまま使い、距離を取る。

体を浮かせ、棒の伸長を動力とする。


距離は、十分取れた――


そのような油断は、眼前の光景が否定した。

木村が、根を払いながら跳躍していた。


長い獣の顔が、鬼妖精の位置をたしかに捉えた。

振りかぶった赤剣が狂った速度で振り下ろされる。


回避できたのは、半ば奇跡だ。

剣の冷たさを羽で感じ取った。それだけの距離で振り抜かれた。

相手の攻撃半径から離脱するだけで、精一杯だった。


――このまんまじゃ、俺がやれることがねえ……!


わかってはいたが予想以上だ。

勝つための手がかりがまるでない。


攻撃を避ける、という以上のことができない。

その上で、ダメージソースがなかった。


今持つ手札をすべて使っても、打撃を与えられるか怪しい。

《音律結界》を使えば話は別だが、あれはロスダンが使用できるものであり、鬼妖精が発動できるスキルではない。


――敵は、オーガだったときの俺みたいなもんだ。硬くてタフで力任せに攻撃をする。


それ以外にも体中から枝を伸ばして攻撃も行えるという器用さも加わった。

仮にオーガとして戦ったとしても、勝ち目は薄いものにしかならなかっただろう。


だから、考え方を切り替えた。


――かつて、俺が一番やって欲しくなかったことはなんだ?


それは、すぐに思い至った。



 + + +



回避し、避けて、身を翻した。

それを幾度も繰り返す。


『塩試合です、つまんない戦いです。やる気ありますか、あの鬼?』

『馬さん言うたるな、これも戦略や』

『たいくつー』

『鬼さん、気張りや! 主ちゃんが欠伸してるっ! 命がけで当たらんとあかんでッ!』

『うるせえ! こっちは必死だ!』


未だに配下ではない木村がこの会話に参加できないことが羨ましかった。

鬼妖精は絶えず野次を頭の中に流し込まれている。


ただでさえ不利だというのに、マイナス要因が加算された。


獣と鬼とを比べた際、そのステータスの殆どは木村に軍配が上がる。

マトモに戦えば勝負にもならない。


しかし、ひとつだけ上回っている部分があった。


『けれど、そんなひょいひょい避けるばっかの決闘とか、見ていてつまんないんですよ』


短距離の加速だ。

最高速度こそ劣るが、停止からの加速度そのものは妖精の方が上だった。


羽によって己の重量をごまかしながら移動する。

妖精という種族が持つ「軽さ」だけが今は頼みの綱だった。


そう――


かつてオーガだった時、やられて一番嫌なことは、「弱い敵に回避され続ける」ことだった。

一撃を当てれば終わるとわかっているのに、その一撃が捉えられない。


目の前に人参をぶら下げられたような気分で攻撃を続けることは苛立ちをつのらせた。

それが敵にとっての最善だと理解した上で、「卑怯だ」と思わず叫んだものだ。


――ここで俺がつける隙なんざ、ひとつしかねえ。


その上で、戦略を組み立てた。


鬼妖精がオーガとしての習性を無視できないように、この木村もノービスとしての習性がまだあるはずだ。

それは、たとえば「目で見てものごとを判断する」部分だ。


死角へと移動を続ければ、攻撃の精度は明らかに低くなった。

樹人は全身で感知が可能なはずだが、そちらに上手くシフトできていない。


また、意識としてもそうだ。

この木製の獣の内面は、未だにノービスのそれしかない。


熟練の戦いの狭間に、ごく僅かな間隙が生じる。

迷いというよりも、喪失だ。


なぜ戦っているのだろう――?


そう言葉として聞こえて来そうな躊躇だった。

この戦闘に意義を見い出せていない。


――は。


気づいて、鬼妖精の頭がこれ以上なく冷えた。

戦闘の熱が冷めるほどの怒りだった。


――それは、俺なんざ悩み事を抱えながら叩き潰せるってことか?


ノービスだから気に食わない、その意識はもう無かった。

コイツが、気に食わない。


戦いを片手間にしか行わないような奴を、好きになれる道理がなかった。



 + + +



――追いつけませんね……


その鬼妖精の推測は半ば当たっていた。

ただ、ひとつ違っている部分があった。


――ああ、どのように畑を広げましょうか。


木村の意識の大半は、目の前の地面に向けられていた。

そこをどのように耕し、開拓するかが脳裏にあった。


ある意味では、復讐者となる前に戻った。

ただ農耕についやした日々だ。


かつての、ノービスとして行っていた「戦い」は、襲ってくるモンスターからの防衛か、年に一度の武闘祭くらいのものだった。


眼の前の妖精はノービスを無為に殺した、それを許せない、という気持ちもあった。

だが、心がもう戦いへと赴くものではなくなっていたのだ。


攻撃がどれほど空振ろうとも気にもとめない。

なぜなら、「勝てる」のだから。


油断ですらない。

妥当な結果として、そうなるはずだった。


――たしかに上手く避けていますが……


いつまでも続くわけがない。


戦いとは攻撃だ。

敵を打ちのめす作業だ。


回避の継続を戦いとは呼ばない。


――ただ、相手に疲労が重なるのを待って、狩れば……


そうした緩みを突くように――


――え?


鬼妖精が、近づいた。

こちらの赤剣の一撃をかい潜り、内側へと入っていた。


そこは当然、攻撃の範囲内だ。

剣よりも更に熟達した攻撃の行える地点だった。


踏みしめる足から、胴体から、包囲攻撃のように枝を伸ばす。

どこにも逃げ場などありはしない。

そのような隙は作らない。


先ほどのような高速移動でまた離脱するだろうという予測は――外れた。


すべて弾き返された。

否、枝のすべてが粉砕されていた。


「は……?」

「やっと喋りやがったなあ、オイ」


見れば鬼妖精は、左手を自身の胸元に置いている。

その地面はつい先程の反撃の証というように、凄まじい数の痕跡が刻まれる。


「外でもやって見せたことだろ、なに意外そうにしてやがる」


ノービス街での攻撃を鬼妖精が弾き返すところはたしかに見た。

だが、あれらは明らかに「戦闘に慣れていない」攻撃だった。


速度としても精度としても、まるで素人のそれだった。


木村のそれは、この迷宮で長く戦闘を積み重ねたものであり、命がけを続けた末のものだ。

達人の居合と、素人の居合ほどにも違う。


その明確な差を――


「ようやく、お前のリズムをつかんだぜ」


そんな一言で妖精は切って捨てた。



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