木村と鬼妖精

配下がスキルを得る方法は二つある。

一つは戦闘経験を積み重ね、自身の素質に合ったものを伸ばす方式だ。


これは、ある程度の方向性こそ選べるが、基本的には勝手に生じるものだ。


筋トレをして筋肉をつける。

絵の練習をして上手くなる。

そうした当たり前の上達の延長線上にあるものだった。


それとは別に、「迷宮人から与えられる」方式もあった。

迷宮人が勝手に行えるものではなく、迷宮の規模拡大に合わせて得られる報奨だ。


ノービス街を破壊し、簡易的とはいえ支配権を獲得したことで、ロスダンは「規模が大きくなった」扱いとなった。

本格的な支配や迷宮化には時間がかかるが、配下にスキルを与える事ができる程度には巨大な成果だった。


そう、滅多にない、「スキルを自ら選択できる」機会だ。

決して無駄にすることはできない――


「ぐ、ぐぅ……むぉぉ……!?」

「なに妙な声出してんですか、この鬼は」

「悩むだろうがぁ! 簡単には選べねえだろうがよぉ……!」


だからこそ、鬼は奥歯を噛み締め、片手で地面を殴った。

それを見て欠け前歯で馬はせせら笑う。


「ケイユは速力アップにしましたが? こういうときに即決できるかどうかでデキる配下かどうかがわかれますよねえ。え、ケイユの決断は秒でしたが、鬼は? 日頃から偉そうにしているのだから、もう既に次の次くらいまで決めました? まっさかまだ迷って選べていないフニフニ野郎ってことはないことでしょうねぇ!」

「こんなときに限ってマウント取りやがって……てーかフニフニ野郎ってなんだよ」

「フニフニフラフラ、おっほっほぉッ!」

「意味なく語感だけで言ったなお前」


フニャ◯ン野郎という意味ではなかったらしい。

妙な振り付けで踊るケイユを無視して鬼は悩んだ。


脳内には数々のスキルが並ぶ。

それらには、説明がついていなかった。

ただスキル名だけがずらずらと列を続ける。


このスキルというものは個人によって異なり、また迷宮によっても異なるものであるらしい。

鬼の持っている《 蹴脚術 》も、別の迷宮であれば《 ムエタイ 》などの名称になる。


似たような蹴るスキルであっても細部は異なり、その効果にもズレがある。


ある意味、個人個人に合わせたスキル表示ではあるが、これは他人のスキル構成を真似するわけにはいかないということでもあった。

選べるスキルの中には《 ローキック 》などもあったが《 ムエタイ 》を持っていない鬼ではあまり有用なものとはならないだろう。


シナジーのない選択は、下手をすれば無駄なスキル選択となる。


――俺は、元のようなオーガとなりたい。


それが元々の願いだった。

今のところ成長の方向が違う気もするが、根本的な願望はそれだ。


――あのクソ冒険者に復讐してえ。


それは、この弱い状態では叶わない目標だった。

今あるスキルを伸ばしても届くかどうかわからない。


この身体は弱い。

だが、あの昇格した冒険者を倒すためには、かつての己を越える程度には強くならなければならない。


――願いと目標が、完璧にズレていやがる……


最善はオーガのような姿に戻り、あの冒険者を叩き潰すことだ。

しかし、それはあまりに「遠すぎる道」だった。


妖精としての素養からみれば異なる方向性へ行き、その上で強くなる。

最短の強化と比べれば遅く、強化幅も優れたものにはならない。


いままでそれなりに攻撃を受けていたが《 強化皮膚 》などの、オーガが元々持っていた素養はまったく現れなかった。

元の筋力や頑強を得るだけでも、どれだけの時間がかかるかわからない。


――んな暇ねえ……ッ!


今もあの冒険者は追いかけてきているはずだ。

昼も夜もなく走り続けたケイユのお陰でずいぶん引き剥がしたはずだが、安心できるほどではない。


――この迷宮の時間加速を利用して強くなる、って方式も使えねえみたいだしよぉ……


戦闘経験を詰む、あるいはスキル習熟という点では役立つが、スキルの発生には寄与しなかった。

そのタイミングは外の時間と同期する。


――クソ難しいスキルを得て、迷宮内でそれに慣れるか? いや……


いままでの経験が、悪手であると教えた。

《 身体操作 》だけでは、あまり有用ではなかった、《 蹴脚術 》などと組み合わせることでようやく実感できるレベルとなった。


あの太鼓ゴブリン相手にして、最後まで戦えたのはそれらのおかげだ。

スキルは積み重ね、あるいは掛け合わせることで有効なものとなる。


強いスキルひとつだけ得たところで意味がなかった。


――あー、マジで悩む。


また、どこぞの馬のように「その内に覚えるスキル」を得ても、あまり良くはないと思えた。


それは、鍛える内に生えるものだ。

わざわざ選ぶほど鬼妖精は愚かではない。


「なんか鬼から微妙に小馬鹿にした羽音が聞こえたんですが?」

「視線ですらねえのかよ」

「羽は口ほどにものを言うものです」

「妖精の常識を持って来んな」


未だに悩む向こうでは、木村がロスダンに向けて喋っていた。

あまり身体が強くないのか、ロスダンは座る花別にすっぽりと包まれるような体勢だった。


対面する木村には、ある種の困惑があった。


「ですから、配下となることに異存があるわけではないのです、ですが、トップとして立ち、村を率いるのは別の人の方がいいと、そう申しています」

「んー?」

「たとえば小森は穏やかながら皆をまとめるのが得意です、林田は工作が上手く拠点設営の役に立ちます、大木は歌が上手いですし――」

「ボクの配下、嫌なの?」

「え、いえ、そういうわけでは」

「じゃ、いいよね、キムラで」

「主ちゃんに、無意味に逆らうのはあかんで?」

「しかし、あ、痛いですが……」


周囲の樹人たちからも、ぺしぺしと木村を叩かれていた。

励ましているようにも見えたが、オラいまさら逃げんな、とどやしつけているようにも見えた。


鬼としては知らぬことと無視しようとしていたが、聞き捨てならない部分もあった。


「オイ」


いくらか戻った体調で、ズカズカと接近し、右指で指した。


「さすがに木村以外だと、俺は絶対に認めねえぞ、誰が配下になろうがぶっ殺すからな」

「それは――」

「曲がりなりにも一緒に戦った相手だったからこそ、俺はギリギリギリで認めたんだ。どんだけ強かろうが他の知らねえがモンスターがいきなり俺と同格になるのは却下だ」

「差別主義者はブレませんね」

「うるせえ、戦う、ってのはそんだけ重要だろうが」

「ケイユは逃げるにしかずです」

「それを使う場面、負け惜しみで使うのがほとんどじゃねえか」

「いいえ、ケイユはむしろ勝利の雄叫びとして言ってやりますね、三十五型、逃げるしか!」

「……三十六計逃げるに如かずって、わかってるよな?」

「知ってますよ! アレンジですよ? アレンジャー・ケイユですがなにか!? このセンスは言わずとも感じ取って欲しいものですね! あー、やだやだちょっと知ってるからって上から上から! なんです? そんなに旧文明のことをわかってるのが偉いんです? すごいですね、偉いですね、ぼくちん物知りなんでちゅー!」

「お前って、不利になると口数多くなるよな」

「はあああ!? 誰がですってばよ! ケイユの声は天上の音楽とも称えられるバーベラだっていうのに、誰の何がなんですって? 意味わからないんですけど、なにそれなにそれどちらさま? もー、これだから鬼が鬼ってるんですよ、右から見ても左からみても鬼さんこちら?」

「わかったから落ち着け、あとバーベラってなんだ、ひょっとしてマーベラスか?」


さらに騒がしくなったケイユをよそに、木村は首を振った。


「少しだけ、考えさせてください。頭を少し冷やしたいのです」

「ん、わかった」

「なにそんなに悩むことあるんだ? 嫌なら嫌ってって断りゃ済む話だろ」

「いえ、ですが――」

「なにケイユとは別方向を向いてんですかこの鬼、むしろ剥いてんですか?! 何を!?」

「馬は落ち着け、またヘッドロックすんぞ」


木村は複雑そうに笑った。

こうした騒がしさは、決して嫌いなものではなかった。


だが、それはかつて自ら切り捨てたものでもあった。


「まあいい」


浮遊し今にも関節技を仕掛けようとする体勢を取りつつ、鬼は木村を指さした。


「木製獣が本当に配下になるかどうかはともかく、決着だけはつけるぞ」


それは、鬼妖精が受け入れるための条件だった。


「正直、俺は納得がいってねえ、だから、戦って見極める。そうしなきゃ、俺はお前を完全に認めることができねえ」


木村は、それにも上手く頷くことができなかった。





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