ノービスと怪しい街

そこは、饕餮ノービス街、と言われていた。

このダンジョンの外縁部に現れた中継地点のような場所だった。


もともとは、オーガがやったようにここまで引き連れられたノービスが、もう必要ないと放逐された後、集まって暮らす内に形成されたものだ。


背に腹は代えられないと、ソロでの調査に赴いた冒険者や怪物が利用していた。


「そこを襲うって、どういうことだよ」

「そのまんまの意味」


ロスダンはなんでもないことのように言う。


「饕餮ノービス街を、ボクのものにする」

「……できんのか?」

「可能だよ」

「いや、だから……」


どうも上手く言葉が通じていない感覚があった。


「駄目ですよ、鬼」

「何がだよ、馬」

「マスターは自分が理解していることを、配下も全部わかっているのは当然だと思っている節があります」

「なんだそのコミュ障っぷり」

「配下がボクをいじめる……」


馬と鬼は目を合わせた。

どう考えても逆だと、互いの目には書いてあった。


「ケイユからもひとつ聞きたいです」

「なに、いじわるケイユ?」

「マスターの目的はなんでしょう? こうして饕餮ダンジョンを巡って挑戦しているわけですが、これはダンジョンの宝を得るためではないのですか? どうして襲撃とか物騒な話になってるんです?」

「あー、そっか」


ロスダンは、ポン、と手を叩いた。


「うん、たしかに言ってなかった」

「何をだよ」

「制覇」

「ん?」

「だから、目的が、それ」


迷宮人の子供は馬に乗ったまま、なんでもないことのように。


「ボクは、この饕餮ダンジョンを制覇する」


そんな絵空事として思えないことを言った。


「へ……?」

「――」

「東方地域のすべてを、ボクの手中に収める」


それは、世界征服を目指すのと変わらない宣言だった。


この世界の四方には、それぞれ支配者がいる。


南では龍というモンスターがいる。

西では超人を自称する冒険者たちがいる。

北では旧人類がすべての武器を使って虐殺を続ける。


そして、ここ東ではダンジョンがあった。


この地の実質的支配者は饕餮ダンジョンであると、誰もが理解していた。

他と違いまだしも平和なのは、ダンジョンの侵攻速度が鈍いためでしかない。


「本気か?」

「当然」


間違いなく、身の丈に合わない野望だった。

怪物としてのオーガであれば、きっと殴ってでも止めた。


だが、短いながらもその付き合いから、このロスダンが本気であると理解はできた。


「おい」

「なに?」

「配下となった今の俺だと、本格的にロスダンを止められねえ。だが、聞かせろ、どんな勝算があるって言うんだ?」

「取り込む」

「何をだよ」

「ダンジョンを」


言葉が理解できなかった。


「この饕餮ダンジョンは、他のダンジョンを吸収して広がった。だったら、迷宮のボクにもできると思わない?」

「思わない」

「思ってみて?」

「無茶言うな」

「そのための第一歩として、あの饕餮ノービス街を迷宮に取り込もうかな、って思ってる」

「どうやってやるんだ」

「今から考える」

「――」


鬼はしばらく上を見上げた。

洞窟の天井しかありはしなかった。


「なあ、馬」

「なんですか、鬼」

「配下をやめる方法って、何かねえのかな?」

「はは、そんな方法があるならケイユがとっくにやってるに決まってるじゃないですか」

「だよなあ」


種族差別主義者とは、種族による限界があると弁えているものでもある。


大言壮語を吐くのは、それが叶わない前提で述べている。


二人からすればロスダンの言葉は、あまりに現実味のない夢物語だった。

常識、あるいは当然としている範囲を大きく逸脱していた。


「さ、行くよ」


だが、配下である二人に拒否するという選択は残されていなかった。



 + + +



そこはたしかに街だった。

だが、一般的な街とは程遠い様子でもあった。


ロスダン内部の迷宮が崩壊後のビル群だとすれば、ここは「ただの森」を改装したものだった。


木々の間に石を積み上げ壁とする。

それらをつなげて道とし、あるいは四方を囲んで部屋とした。


森の境目となる部分には石だけではなくコンクリートで強化した壁で覆っているようだが、基本的には「木々を柱とし、石積みを壁とした街」だった。


「屋根とかねえのな」

「ここ、洞窟」

「なんだそれ?」

「雨とか降らない」

「……そういやそうか、屋根があんまり必要ないんだな」


天井からの落石の危険性はあるが、その程度のことは許容範囲内なのだろう。

完全な安全を得たければ、そもそもダンジョンに住むことが論外だ。


「ロスダンになにか腹案があるならともかく、無いなら偵察か、それともいっそ街に入るか?」

「鬼、街に行くのはさすがに馬鹿すぎませんか? ケイユたちからすれば彼らは敵ですよね、ノコノコ入って行っていいものですか?」

「うん、街に入るよ」

「マスター!?」

「いや、抗争前の敵情視察は、割と普通にやることだぞ? 地理すらわかんねえまんまだと失敗しやすい」

「これケイユが悪いんですか?!」

「まあ、バレないよう注意は必要だけどな」

「うん」


門らしき場所には衛兵もいた。

襲いに来るモンスターを迎撃し、あるいは敵襲を知らせる役割だ。


彼らも、当然ノービスだった。


途端、鬼は渋面になった。

頭ではわかってはいても、実際にノービスを目にすると気分が悪かった。


「ふん――」

「相変わらずの種族差別主義者ですね」

「これに関しちゃ当然だろうが」


唾を吐き捨てるような表情だ。


「鬼妖精、あんまり無用な殺しはしないでね」

「……駄目か?」

「この鬼、止めなきゃやるつもりだったんですか」

「だって、なあ?」

「なあ、じゃなくてですね」


鬼は嘆息しながら、街を指さした。

そこには隠しきれない嫌悪があった。


「人間に似た雑魚モンスターの群れなんざ、気に食わなくて当然だろうが」



 + + +



怪物とモンスターは違う。

明確に別種族だ。


迷宮とダンジョンは違う。

確実に違う存在だ。


同様に、人類とノービスは違った。

それは、「違う種族」だった。


だが、見分けがつかないほどに精巧な類似品でもあった。

他のモンスター同様、倒せば塵となって消えるものだが、厄介なことに「倒してから塵になるまでの時間」が長かった。

だいたい半日から二日ほどのラグがある。


このノービスの存在こそが旧人類を衰退させたと言っていい。


人類は、言葉を発し共同し、一つの問題に取り組むからこそ発達した。

そこに「精巧な偽物」という異物が紛れ込んだのだ。


親しくしていた友人が、恋人が、家族が、葬式の途中に塵となって消失する。

偽物の人間――ノービスであったことが発覚する。


間違いようのない悲劇だが、それだけでは終わらない。


発覚した周囲の人間にも、疑いの目が向けられる。

コイツもまた偽物なんじゃないかと、疑われる。


ノービス自身にも自覚がないことが、この厄介を加速させた。

ノービスであるか、人間であるかは、殺してしばらく経つまで当人にすらわからないのだ。


結果として起きたのは、世界規模での魔女狩りだった。

自分たちの間に「殺したほうがいいモンスター」が紛れ込んでいる。これの退治は人として正しい。

その正しさが、虐殺を引き起こした。


混乱というのも馬鹿らしいほどの狂騒は、スキルによってノービス判別が可能になるまで続いた。


鑑定スキルを持った怪物だけが、ノービスか未変異の人間かの判別ができる――


これが冒険者でも迷宮人でもなく、怪物が東方地域におけるメインの立ち入りとなれた理由でもあった。



 + + +



「そんな厄介な雑魚の群れの街を、どうしてロスダンは狙ってんだ」

「いいでしょ」

「良くねえ、コイツらは敵だ」

「鬼、街に近づいてます、軽口続けてみんなまとめて敵対ルートとかケイユ、嫌なんですが?」

「……たしかにそうだな、クソ、好きに喋らせろってもんだ」

「ケイユの背中に乗っておきながら、なに文句を垂れてんですか、五体投地して感謝を述べる場面でしょうが」

「馬が俺にか」

「蹴り殺しますよ?」


ノービスたちの街に入るのに、迷宮人や配下であるとバレてはいけない。

その対策として、変装と位置の入れ替えが行われた。


鬼妖精は背中の羽を折りたたみ、馬の背中で揺られている。

羽で周囲を探索できない関係上、そこにしかなかった。


その馬を先導するように歩いているのはロスダンだ。

一般的な子供の姿ではあるが、集団の中の下働きは無くはない。


馬は馬のままだが、身体からあふれる水を制御していた。

お陰で一般的な馬にしか見えない。


全体としては、「世間知らずが丁稚を伴ってノービス街を訪れた」という格好だった。

パッと見の印象として、鬼妖精こそが主人に見える。


「俺、トップとか嫌なんだけどなあ」

「贅沢言わないでください、ケイユも乗せたくもない奴を背中に乗せてるんです」

「鬼妖精、我慢して、あと言葉遣いもうちょっと丁寧に。ケイユはあんまり喋らない、配下だってバレたら敵対される」

「へいよー」

「仕方ありませんね」


返答は、丁寧じゃない言葉と、ごく普通に喋ったものだ。


「……ボクのこと色々言うけど、二人だって割とだよ?」


思わずロスダンがそう言ってしまうくらいには迂闊だった。



 + + +



案外あっさりと門番は三人を通した。

一行の姿を見て軽くうなずき、「ようこそ饕餮ノービス街へ!」と歓迎までした。


迷路のような町並みを通る。

左右には壁があるが、上下はなにもない。

木陰から除き見えるのは変わらぬ岩の天井だ。


「……あくまでもモンスターを通さないための門番、ってことなのか?」

「ケイユたち、新人行商人にでも見えたんですかね」

「御主人様、得意の腹話術やめて?」


ロスダンは馬のお喋るを止めることを諦めた。


「しかし、マジでぼんやりとしか周囲がわかんねえな」

「羽がない鬼は雑魚、ケイユは憶えました」

「そういう馬は、ここを全力で走れんのか?」

「……よゆー、ですが?」

「雑魚馬」

「はあ!? 余裕って言ってんじゃねえですかよ! そりゃ、たしかに? なんか狭苦しいな窮屈だなとは思いましたがケイユが全力出せばいつでもゴッドスピード、これ、世の中の常識です、こんな程度のこともわからない鬼が哀れで仕方ありませんねえ!」

「お前、もうちょっとくらい静かにできねえの?」

「ふはは黙れば死ぬと噂されるケイユに愚かすぎる質問です! 知性の塊、溢れ出んばかりのビューティワードは止めることこそが罪、むしろ罰! あなたにとって麗しの午後のひとときをお約束!」

「わかった知性、周りを見ろ、これは俺の勘違いか?」

「なんですか、もう……」


道を抜けてある程度の広間に到着していた。

行商人かと集い来ていた人々は、「あ、なんだ芸人か」と距離を取っていた。


次はどんな話芸を披露してくれるのかと、興味半分、失望半分に視線を寄越す。


「……はあい?」

「笑いながら前足上げてんじゃねえよ。注目された途端に喋れなくなるとか、お前の麗しさ低レベルすぎるだろ」

「なに言ってやがるんですか、ケイユの言葉に文句をつけるとか、どんだけ偉いんですかあなたは……!」

「お前の主人」

「は? はあ!? それは――」


対外的にはそうなっていた。

ちなみに本来のケイユのマスターは、いち早く距離を取って他人の振りをしている。


「それは、たしかに、そうですがあ!?」

「だろ」

「絶対あとで復讐してやる……ロデオってやります……」

「聞こえてんぞ」


会話をしながらも、鬼は周囲を観察していた。

場所こそ外とは違う形式だが、そこに住む人々はさして変わった様子はなかった。


しかし――


――思ったよりも、数が多いな。


そこが気がかりだった。

ノービスは雑魚モンスターだ。

だが、それは完全に油断していい相手であることを意味しない。


――今の俺だと、集団で銃撃されるだけで死ぬな。


オーガのときであれば気にもとめなかった武器にも注意しなければならなかった。

それほどまでに脆いモンスターに――ノービスと同格の存在となってしまったことを嘆きながらも、一行は街で唯一の宿屋に向かった。


ロスダンがまるで本当の丁稚のように見つけてきたものだった。



 + + +



宿屋、と言ったものの、それはある程度の寝具が置いてあるだけの野外でしかない。

周囲は壁に囲まれているが、上は素通しのため声はよく通る。


『確認するよー』

『あいよー』

「了解」


だからこそ、念話の形でやり取りをすることにした。

もっと早くやるべきだったと全員が後悔した。


『……ケイユ、会話はこっちでして』

『う、わかりました、あんまり慣れません』

『なんで俺より不慣れなんだよ』

『うるさいですね、喋るという作業は口を動かすものなんですよ、その楽しみの機会をケイユから奪わないで欲しいものです』

『あとでいくらでも独り言は言わせてあげるから、わかったことを発表して』

『聞くだけで返答するつもりねえのな。あー、俺からは特にねえかな、強いて言えばノービスどもの数が多いことと、ちょっとゆるすぎる、ってことくらいか?』

『ゆるい?』

『ここにいるのはノービスだ、言っちまえば雑魚モンスターだ、そいつらが集って街をつくるまではいい。だが、もっと切迫感があるはずだ、いつ滅ぼされてもおかしくないって焦りや恐怖が、聞く限りはなかった』


平和な町並みと同じだと思えた。

だが、ここがダンジョン外であればともかく、世界最大規模の、もっとも危険な場所の内部だ。

末端ではあるが、安穏としていい地点ではないはずだった。


『盗人やスリはもちろん、白昼堂々と強盗するような奴もいるかと警戒していたが、いらねえ心配だったな』

『マスターに単独行動させてませんでしたか、この鬼妖精』

「俺の聞こえる範囲内にはいた、どうとでもなる」

『うっわ、うっわ、念話じゃないですねえ! 普通に口で喋ってるのダサダサですねえ! いやあ、やっぱり? 念話と普通の会話との切り替えって初心者の内は慣れてませんからねえ、仕方ありませんねえ、ぷぷぷぅ!』

『さっき同じ失敗したお前が、どうしてそこまで上から目線になれんだよ』

『年季の差ですかね?』

『そんだけ失敗を積み重ねた、ってことだよな』

『はあ!?』

『なんだコラ』

『二人、相性良すぎない?』

「どこがですか!?」

「ねえよ」

『念話ー』

『むぅ……』

『心の声、どうしても漏れますね』


鬼妖精はベッドの上で腕組をし、馬妖精は意味もなく蹄で地面を踏んだ。


『それで、ケイユは、なにかあった?』

『え? ああ、そうですね』


しばらく考えた風だったが。


『広場にあったものは、武器防具アイテムなど、このダンジョンを探索するために必要な物品がほとんどでした』

『当たり前だろ、それ』

『いいえ、外から見る限りですが、他に大きな広場のような箇所はありませんでした』

『なにが言いたい?』

『あー、たしかに変かもね』

『んん?』

『頭が哀れな鬼にケイユが教えましょう、通常、大きな場所で取引されるものって食料品なんですよ、日々当たり前に消費するものなんですから誰もが欲しがります、なのに、それがほとんどなかった。あったとしても保存食など探索向けのものだけだったんです』

『……たしかに、変だな』

『ええ、妙すぎます』

『ボクたちに買い占めないように、どこか別の場所で売ってる?』

『かもしれませんが、それも怪しいです』

『なんでだ?』

『匂いがしなかったんですよ』


言いながら鼻を動かした。

馬は人の千倍は優れている。

配下であり妖精でもあるケイユともなれば、それ以上だった。


『ケイユたちが知っているような食べ物の残滓が、とても薄かったんです』


ノービスはモンスターの一種ではあるが、完全に人類を模倣したモンスターでもある。

飲み食いは当然のことながら必須だった。


また、彼らは宿屋を取っているが、そこでも料理の類は出なかった。

素泊まりだけしかない宿泊形態だった。


『ここの連中、飢えて苦しい、って様子もなかったよな』

『ええ』

『というか、ここは基本的には森の中だ、下手に火とか使えねえ。仮に使ったとしても煙が立ち上る。そういう光景もなかったんじゃねえか?』

『うん』

『ありませんでしたね』


外敵の危険がある、食料の気配がない。

にも関わらず平和な町並みであり、人々が荒れた様子がない。


『ここの人たち、なにを食べて暮らしてるんですかね?』


人であって人ではない――

まるでノービスに対するような厄介さ、薄気味悪さを、彼らは感じ取っていた。


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