ゴブリンと太鼓

何かが変わった、と鬼は理解した。

それは言葉として明確な形を取りにくい違和感だ。


気の所為ではないかと言われれば首肯してしまう程度の違いだ。


だが――

たとえば、集落の大きさに比べてゴブリンの数が少なかった。

たとえば、夜襲に気づかれる速度が早すぎた。

たとえば――敵の動きに恐怖だけではなく、殺意も混じり出した。


つまりは、手強くなった。

未だにスキルアップは果たしていないが、《 身体操作 》を始めとしたスキルを使用しているにも関わらず追いつかない。


ただでさえ唯一の武器にヒビが入っているため、あまり無理な攻めもできない。

必然的に集落を潰す速度は低下した。


今も倒したゴブリンが、潰れた喉を抑えながら何かを喚いていた。

その意味まではわからないが、鬼妖精の敗北を望むものだとはわかる。


灰になって消える瞬間まで、ゴブリンは鬼妖精を睨み続けた。


「なんか、嫌な予感がすんな」

『鬼までマスターのマネですか?』

「違えよ、というか、ロスダンほど便利だったら俺は今頃ここにいねえ」

『そりゃそうですね』

『ふふん……』

「というか、ロスダンのそれ、どんなモンスターの能力なんだ?」

『ん?』

「いやだから、迷宮内部に勘のいい奴がいて、ロスダンもそのスキルを使ってるんだよな」

『なんの話?』

「え」

『鬼、違う、それは勘違いです』

「なにがだよ」

『信じがたいですがこれ、マスターの素です。迷宮人とか関係なしに、普通にこのマスター、勘がいいんですよ』

「は? いや、さすがに嘘だろ」

『考えてもみなさい、そんな未来予知みたいなことできる妖精とか、こんな木端迷宮にいると思います?』

「たしかに」

『納得するな?』


ロスダンの文句を聞き逃しながら、ただただあっけに取られた。


「けど、なに? お前って直感だけで夜逃げして、そのまま饕餮ダンジョンに挑戦してんの?」

『ふふん、すごいでしょ?』

「……うわあ……」


一周回って尊敬すらしそうだった。

状況から見て、冒険者どもが上位怪物集団を襲った、ということは間違いなさそうだという事実が、余計に拍車をかけていた。


未だにロスダンを探すものが来ていないのもそうだが、それ以上にあの変態ストーカー冒険者が好き勝手をしていたことがそうだった。


仮にも怪物であるオーガが、死亡確定レベルの血まみれになったのだ。

その場所は、集合場所予定の近くであり、上位怪物ともなければ確実に嗅ぎ取れる距離だ。


オーガの重要性ではなく、怪物が血を流す事態が付近で起きた、という事実が問題だ。

後方の安全確保のためにも必ず調査する。


フェンリルを始めとした神代の獣とも呼ばれる者たちの追跡を振り解けるニンゲンはいない。

あの変態が無事でいることが、怪物集団が無事ではないことの証明だった。


「まあ、いい、次でようやく一周か?」

『次周もがんば』

「休憩っていい言葉だよな」

『それ、死語』

『鬼、実はケイユも休まずにずっと走っているんですよ』

「内も外もヘルモードすぎね?」


足を止めた。


直感的な怖気があったためだ。

罠を踏んだ、という感覚があった。


足元にはなにもない。

何らかの紐を切ったり、スイッチなどを踏んだ様子もない。


それでも、ここは死地だった。

決して来てはならない地点だった。


場所は噴水のある公園のような箇所。

周囲をぐるりと囲むように廃墟ビルが立ち並ぶ。


通常であればゴブリン共が集落としそうな地点であり、実際、ロスダンが見せた地図にもそのような記載があった。

しかし、その公園は清掃された様子があった。


――掃除? この迷宮で?


きっと違和感や危険信号はそれだった。

自然ではなり得ない環境に足を踏み入れた。


『鬼、どうしました? 自殺でもしたくなりましたか? 復活するので無駄ですよ?』

『あ、やば』

『へ?』

「だから、指摘が遅えよ……ここで気付いた俺も間抜けだったけどよォ……」


ドン!

と音が響いた。


周囲の廃墟ビルの二階からだった。

隠れ潜んでいたゴブリンどもが、一斉に「太鼓を鳴らした」。


円筒に厚紙を張った簡単なものではあるが、数が凄まじい。

夜を引き裂くように、あるいは夜の底を壊すかのように、単純かつ強烈な音が打ち鳴らされる。


同時に、彼が通ってきた通路、あるいはそれ以外の脱出経路が塞がれた。

バリゲードのように柵が張り巡らされ、焦げ臭い音も続く。


鬼妖精からは見えないが、どうやら松明でこの公園を照らしているらしい。


太鼓の音は続く、原始的な炎が周囲を照らす。

別の言い方をすると――鬼妖精は「聞こえにくく」なり、ゴブリンからは「見えやすく」なった。


『うわ、いつの間にゴブリンがあんな知恵をつけたんですか?』

『意外だよね』

「クソ他人事だなあ、オイ」


ドン、ドン、ドン、カッ、カッ、カッと音は続く。

その音波の狭間から出現するように、一匹のゴブリンが姿を見せた。


長い手足、精悍な表情、あきらかに俊敏な体躯。

その両手には、短い杖のようなものを持っている。


――杖、いや……


それは、バチだった。

周囲のゴブリンが太鼓を叩くために使用しているものを、眼の前のゴブリンも持っていた。


音は続く。

リズムは徐々に整う。

ズレが解消され、一つの音律を刻む。


それは、眼の前のゴブリンの身振りによって成された。

両手を打ち付けるかのように、バチ同士を打ち鳴らし、音のタイミングを取る。


ゴブリン集落を率いる長として、彼らの音を整えた。


――これ、どこかで聞いた覚えが……


その理解に行き着くより先に、ひときわ大きく太鼓が打ち鳴らされ――


「ガッ!?」


いつの間にか接近していたゴブリンに叩き飛ばされた。


攻撃タイミングは、周囲の太鼓のそれとまったく同じだ。

寸分の狂いすらない。


踏み込みからの強烈な一撃

音に紛れた不可知の攻撃。

まるで彼の体そのものが太鼓になったかのよう。


だが、鬼妖精がショックを受けたのは、そこではなかった。


『あ、そういえば、前に配下がゲーム機なくしてたっけ』

『どこか聞いた覚えがあると思ってましたが、これ――』


――太◯の達人じゃねえか!!


とあるゲームの音楽にそっくりなことだった。



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