鬼妖精と火

最悪の状況下ではあるが、それでも有利な点もいくらかあった。

まず、このロスダンは運び屋だった。


それも、鬼妖精ですら知っているような有名怪物の集団の、その予備武器や衣食住の一切を引き受けた。

それらは未だにこの迷宮内に保管されている。


冒険者に駆逐されたと推測できる以上、それらのアイテムは自由に使い放題だ。

補給という面で、一切の不足がないことは間違いなく救いだ。


『もむもむ……』


もっともその大半は現在、ロスダンのおやつとしてしか消費されていないが。


「あー、どうすっかなあ……」

『鬼、なに悩んでいるんですか、ああ、うんこですね、きっとうんこだ。ブリブリですか?』

「うるせえ」


無視をしながら脳内情報をさらい続ける。

そこには数々のアイテムが並んでいる。


詳細に情報を知ることはできないが、彼では手にすることもできなかった物品の数々が並んでいた。

垂涎の的、これをくれるというのであれば奴隷になっても構わない――

それだけの逸品ではあったが……


「どれもこれも、重すぎる……」


妖精からすれば、大抵の武器は重量オーバーだった。


軽い武器のレイピアや短刀などもあるが、技術と速度を必要とするものが大半だ。

あまりに馴染みがなさすぎた。


「今の俺でも使えるメイスとかねえのか」

『軽くて優秀な殴打武器とかあるわけないじゃないですか、鬼ってバカ? 愚かものの極み?』

「罵倒はともかく、真っ当な正論を言うんじゃねえよ」

『あなたはひ弱な、ケイユはパワフル〜』

「お前の種族なんだよ」

『えー、言いたくなーい』

「コイツ……」


とはいえ、言っていることそのものは妥当だった。

殴打武器とは、重さと硬さを叩きつけるものだ。


軽い殴打武器は、そもそもコンセプトが間違っている。

饕餮ダンジョンへ調査に乗り込むものであればまず選ばない。


「クソ、この樫の杖くらいしかねえか」


それは怪物同士で模擬戦を行う際に使用するものだった。


実戦で使うなど、持ってきた怪物本人ですら想定していなかったはずだ。

その横にある愛用の予備武器――チタン製の金属棒を横目にしながらロスダンに転送を頼んだ。


『他にはいらない?』

「あっても使えねえ、下手に持てねえ、この身体、不便すぎるぞ」


羽によって身体を軽くする技術は、重量武器と共には使えない。


「あと、なんで俺の腕までアイテム一覧にあるんだよ」


切断された彼の元左腕は、ごく当たり前の顔で入っていた。


『む? うわ、本当だ気色悪すぎですっ! というかデッカ!?』

「うるせえ……」

『ああ、それ? ボクが拾った』

「はあ!? それは――」

「いやいや、なに拾ってんですか」

「助かった」

『鬼、本気ですか?! なぜ感謝を!?』

「あのまま放置しても、あの変態が持ってくだけだったんだよ」


気味のいいものではないが、こうして保管されているのはありがたくはあった。


『うん、今は無理だけど、そのうちできるよ』

「なにをだ?」

『もとみたいに、引っ付けられる。腕を戻せる』

「……本当か?」

『うん、まだ足りないけど』

「足りない? なにがだ? 俺は何を用意すればいい?」

『えーと、色々?』

「……おいロスダン、いま説明が面倒になって誤魔化そうとしてないか?」

『そんなことないですよ?』

『マスターは現在、思いっきり明後日の方向を見てますね』

「可能性があるってだけでも助かりはするんだけどよ、なんか微妙に感謝しきれねえんだよなあ……」


言いながらも、ふと鬼妖精は歩みを止めた。

周囲は瓦礫だらけの廃墟であり、彼は羽を振動させて警戒していた。


その感知に、妙なものが引っかかった。

物質的な存在というよりも、気体が生じたかのようだった。


『鬼? なんですか唐突に沈黙して、なにか面白いものでも?』

『ケイユ、たぶん迷宮内での接敵中だから、黙って』


――敵、敵なのか?


確信が持てなかった。

より耳を傾け、羽を振動させ、より詳しく調べようとするが、不意に気体が歪んだ。


湯気のようなものが形を取る。

中心から四方向に進み、地面をつかむ。

ぐぅ、と伸び上がるように更にもう一つ、膨れ上がる。

頭だった。


細長い口は多くの牙を揃える。

四肢はいかにも俊敏に動く。


全体としては獣に見えた。

四足の肉食獣が、彼を睨んだ。


『あー、それは……』

「フッ!」


考えるよりも先に、杖を突き出した。

以前とはまるで違う弱々しさだが、それでも確かな技術を伴い突き進む。


棒の先端が、その獣に接触した瞬間に気がついた。


――罠……


その認識が脳裏をかすめると同時に回避した。

振った頭の直ぐ側を、掠める。


熱い。

髪の毛の焦げる臭いを嗅いだ。

直撃すればただでは済まなかった。


『鬼火、愚者火、ジャック・オー・ランタン、いろんな名前あるけど、結局は人を騙す火だから、気をつけてー』

「言うの遅え!」


見れば突き出した杖は空気だけを突いていた。

獣などどこにもいなかった。


さきほど通り過ぎた熱いもの、あれが愚者火の本体だった。


「羽の振動感知すら騙すのかよ!」

『幻術なのに視覚しか騙せないのは三流以下では?』

「ったく、その通りだよクソが!」


苛立ち混じりに棒を振り回す。


それなりの技の冴を見せる連撃は、キレイにすべて外れた。


敵は愚者火であり、当てづらい。

小さく、浮遊する火の玉だからだ。


また、『騙されて』いるからでもあった。

定期的に幻術を発動させ、正確な位置を把握できないようにされていた。


「低級モンスターがいい気になってんじゃねえぞ!」

『階級的に現在、鬼とあまり変わりないはずですが?』

「うっせえッ! 俺を現実に引き戻すな!」


棒をつく、あるいは振る。

羽による振動は感知と同時に、彼の動きのサポートを行う。


とん、と軽く跳躍するだけで2メートルの高さにまで行く。

そこから壁を蹴り、いくつも浮遊する愚者火をまとめて叩き伏せる。

すべて幻だが、数は減った。


『マスター、静止画ではなく動画で見れません?』

『ケイユ、我慢。動画は迷宮ポイントが高い』

『今のとこ、このダンジョンは何も変化が起きていません 雑魚モンスターから逃げるだけは暇です」

『仕方ないなあ』

「人のこと鑑賞して楽しんでんじゃねえよッ!」


苛立ち混じりに叫び、さらに棒を振る。

おそらく、幻術は愚者火自身を複製して見せるのがもっともコストがかからないのだろう、先程のような異様な獣は出ず、ただ連続して炎の揺らめく形ばかりが増えた。


「クハッ!」


だが、楽しくなってきた。

呼吸は荒い、身体は休みを訴える。


それでも己の最高動作を行い続ける。


オーガであるときとは違う楽しさがあった。

力づくで押しつぶすのではなく、全身を稼働させて叩きのめす喜びだ。


増え続ける炎をただ消し飛ばす。

そのテンポは徐々に早くなる。


忘我のままに、ただ『聞いた』ものを消して行く。


『おー、動きがすごいですね、ケイユからだと幻は見えないので、棒をただ振ってるだけですが』

『ね』


茶々を入れる観客は非常に邪魔だが。


『そもそもあの鬼、愚者火本体の位置は、もう既にわかっているのでは?』

『シッ、たぶん楽しんでる最中だから、邪魔しちゃだめだよ』

「いや、そうだけどよ、指摘すんなよ」


テンションだだ下がりだった。


そう、どれだけ複製するとはいえ、その発生元はひとつでしかない。

もうすでにどれが愚者火の本体かなど、わかっていた。


また、これだけ一体の敵の感知を続けば、嫌でも精度は増す。

愚者火が複製して出すものも、どこかどことなく元気のない、しょぼくれたものしか出ていない。


敵の本領発揮の時期は過ぎ去った。


「まあ、楽しかったわ、またな」


対する彼は、《 身体操作1 》を――身体操作の向上を、ようやく実感できた。

体力の限界が訪れるより前に、あるいは、技量を扱う感覚が消えないうちに、彼の杖が愚者火の核を叩き壊した。


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