第27話 6人目のお客様

 

 エマとスージーの発表は大成功だったらしい。

 2人は友達になり、今はクラスに仲間外れはいないという。


 わたしはというと。

 相変わらず、学校には行っていない。


 ちょっと自分の成長のなさにガッカリではあるけれど、行かない意味合いは、わたしの中で少しだけ変わった。


 魔法っていう学校よりも好きなことがあるから。だから、行かない。


 1人でいるこの部屋も、祭りの後のような肌寒さはなくなり、再び静かな快適空間に戻った。


 その他にも、少しだけ変わったことがある。

 エマとスージーが頻繁に遊びに来るようになった。


 なので、今のわたしは、友達のいるひきこもりにバージョンアップした。

 


 そんなことを考えながら魔法書をパラパラめくる。


 「素敵な夢をみる魔法」


 魔法陣を介して、相手の精神に干渉する魔法。基本は寝ている間の夢に介入する。だけれど、工程を加えれば、逆に相手を夢から引き剥がすこともできるように思う。

  

 夢はもうひとつの世界だ。そこを支配できるということは、悪用厳禁の凶悪魔法だなぁ。これは。


 


 カラン。

 店のドアが開いた。


 エマかな?


 立ち上がって覗くが、誰もいない。


 風?


 どこからか「にゃー」と聞こえる。

 カウンターから身を乗り出して覗き込むと、1匹のネコがいた。


 白と黒の薄茶の三毛猫だ。

 小柄でまんまるの瞳。

 口には煮干を咥えている。


 迷って入ってきてしまったのかな。


 「ここは、遊ぶところじゃないの」


 そう言ってわたしが近寄ると、ネコは、横をすり抜け居住スペースに入ってしまった。追いかけても、棚の上、机の下としなやかに飛び跳ね、縦横無尽に逃げ回る。


 あれ?

 どこにいった?


 見失ってしまった。

 わたしがウロウロしていると、さっきの猫が、ススッと体を擦るようにして、音もなくわたしの横を通り過ぎた。


 ん?

 何か咥えている。

 

 あれは……。


 例の厚手ブラじゃないか!!


 しかも、お母さんが「ソフィア」って刺繍してくれたんだ。あんなのを外で捨てられたら大変。


 「まってぇ!!」


 わたしは必死に追いかける。

 猫は、まるでわたしを先導するように、村の中をどんどん進んでいく。


 すると、ある家の前で止まった。


 壁はあちらこちらヒビ割れ、屋根も一部剥げ落ちている家。入り口には古びた看板がかかっている。看板の埃を吹き飛ばす。看板には「魔法屋」と書いてあった。


 人が手入れしている様子はない。

 廃墟なのかな。


 あぁ、そういえば、お母さんが前に言ってたっけ。

 昔、この村にも魔法屋があったって。


 ケホケホ……。

 埃があたり一面に舞い、目の前が見えない。


 猫は、そんなわたしを一瞥すると、トコトコと建物の中に入って行こうとする。


 「ちょっと待って……!!」


 猫はどんどん中に入っていく。

 わたしもその後を追う。


 一階のリビングを通り、奥の階段の裏。


 猫はそこに立ち止まると、こちらを向いて座った。


 「にゃー」


 何かを訴えるように、その場でブラを地面に落とした。

 わたしは駆け寄り、ブラを回収する。


 すると、ブラの下に何かある事に気づいた。

 埃を払うと、羊皮紙で覆われた古い本だった。

 背表紙には「動物と話せる魔法」と書いてある。

 

 リビングに戻ろうと身体を翻した時に柱の裏が視界に入った。

 柱の裏の一部に亀裂が入っていて、中からカサカサ音がする。


 え。なに?


 中を覗くと、中からシロアリが溢れ出てきた。


 「きゃっ」


 わたしは、ビックリして尻餅をついてしまった。

 それにしても情けない声だ。

 誰かに聞かれなくて良かった。


 わたしの尻餅のせいか、二階の床からギシリと物騒な音がする。床が振動し、家が揺れているのが分かる。


 ゾゾっと背筋に悪寒がはしる。

 今にも崩れそうだ。


 素人のわたしから見ても、ここは危険だ。

 早くここから出なければ。


 わたしが逃げ出そうと立ち上がった時。


 女性の声がした。

 

 「ミーケー。帰ってるのー?」


 ミケ?

 この猫のことかな。


 建物の入口から女性が入ってきた。


 歳はわたしと同じくらい。

 でも、身長は大きくて、切れ長な目の女の子。


 彼女は手を組むと言った。


 「あなたっ。人の家で勝手に何をしているの?」


 すると、猫は女の子のスカートの裾を噛み、ググっと外の方に引っ張る。


 「にゃー、にゃー」


 手を思いっきり開き、爪を立てて小さな体で必死に引っぱる。まんまるお目目が、潤んでいるように見えた。

 

 「にゃっ」


 しかし、必死の訴えも虚しく、体ごと引きずられると、仕舞いにはヒョイと持ち上げられてしまった。猫は、だらりと四肢を投げ出し、髭も寝てしまっている。しょんぼりしているように見えた。


 わたしは思った。

 

 『この子、この家が危ないって知らせたかったのかも』


 確かに、この家は危ない。

 わたしの勘もそう告げている。


 そういえば、前にお母さんが、純血の猫耳族には、猫の言葉がわかる人がいると言っていた。だから、きっとこの猫は、わたしにどうにかして欲しいと期待して店に来たのだろう。



 今回の依頼主は、この猫ちゃんかな。

 きっと、飼い主さんを助けて欲しいんだよね。


 分かったよ。


 

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