第17話 4人目のお客様(後編)


 窓の外が明るい。

 もう朝かな。


 ロコ村の木立が香る朝の匂いも好きだけれど、王宮の朝の匂いは、別格だった。お香のような、香水のような、優雅な香りがする。

 

 セドルさんのご両親とお会いするのは、昼のランチの予定だ。それまで、少し時間がある、


 わたしは、魔法書を読み込むことにした。


 以前にもらった、ペンタグラム•センティオ(五芒星の芳香)は、嗅覚を共有する魔法だ。

 そして、サーチ(五芒星の道標)は、物に残った想いを追いかける魔法。


 そこから推論するに、魂には知覚や記憶があるのではないか。そしてセンティオはその中の嗅覚を、サーチはその中の想い出を抽出しているに過ぎない。本質的には同一の魔法とも言える。


 だとすれば、理論的には物の残滓ざんしから、思い出や匂い、視覚なども取り出せることになる。


 2つの術式を比較する。 

 そして、その中の何ヶ所に斜線を入れる。


 だとすれば、その魔法名は……。

 「五芒星の知……(ペンタグラム•センティ……)」


 そこまで考えたところで、ドアがノックされた。セドルさんだ。


 もうすぐランチの時間らしい。



 ドアを開けると、ササッとメイドさんチームが入ってきた。そして、鮮やかな手つきでわたしの身ぐるみを剥がしていく。


 「ちょっと、セドルさんに見えちゃう……」


 あれ?

 セドルさんいない。


 こんなお子様の身体には興味がないのだろうか。なんか、それはそれで面白くない。



 アッという間にお着替えさせられた。


 わたしには一生縁がなさそうな素敵なドレスだ。年頃に合わせてくれたのだろう。背中の腰上には大きなリボンが付いている。


 手際よくメイクもしてくれて、髪の毛もアップしてくれた。

 

 手鏡で自分の姿を見てみる。

 わたしじゃないみたい。


 すると、セドルさんが部屋を覗き込み、ヒューと口笛を吹いた。


 「似合うとは思ってたけれど、思った以上だ。どこに出しても恥ずかしくない立派なレディだよ」


 ほめ殺し……?


 自分に自信がないわたしは、褒められてもなかなか素直に受け取れない。


 セドルさんにエスコートされて、王宮の食堂に移動する。


 ひ、ひろい。


 この部屋だけで、ロコ村と同じくらいあるのではないか。長テーブルの遥か彼方には、ちょこんと王様と王妃様が座っている。

 

 王様は上座になる奥の正面に座っている。


 わたしは、セドルさんに連れられて、王様と王妃様にご挨拶をする。


 思ったより緊張していない。

 どうして?


 あっ、王様と王妃様には会ったことがあるからか。

 もしかしたら、先日は、そのために会いに来てくれたのかな?


 お二人がすごく良い人な気がしてきた。


 わたしは、席に案内されて着席する。

 すると、王様が上座から移動して、わたしの正面にきた。


 なぜ?


 空気感がやや張り詰める。

 その場の空気を和ませたのはセドルさんだった。


 「こちらが、お話ししていたソフィアさんです。僕の意中の女性です」


 わたしも自己紹介をしなければ。

 立ち上がってご挨拶をする。


 「ソフィア•ユーレアです。ロコ村で魔法の何でも屋をしています。本日はお招きいただき有難うございます」

 

 本当は、両手でスカートを持ち上げたりしなければいけないのかもしれないけれど、わたしはそんなマナーは分からない。

 

 少し肩身が狭い。


 すると、その様子を察したのか、王様が座るように促してくれた。話す言葉も砕けている。


 「こちらこそ、わたしたちの我儘に付き合ってもらってすまないね。今日は、君と話せるのを楽しみにしていたのだよ。妻も君と話したいと言っていてね」

 

 王妃様もにこやかだ。


 「そうそう。セドル君のお嫁さん候補はどんな人かなって。貴女なら、なんの問題もないわ。その可愛らしい顔立ち。さぞ、愛らしく聡い子が産まれることでしょう。子供は何人くらいつくるの?」


 わたしは、あまりの唐突な質問で咄嗟に答えてしまう。


 「さ、3人くらい……です」


 わたしはなんて事を言ってしまったのだ。

 下を向く。


 きっと、わたしの目は泳いでいる。

 皆に目を合わせられない。


 王様はハハハと笑う。


 「そうか、3人か。セドルよ。頑張らねばな。よいよい」


 会話のタイミングを見計らって、コース料理がどんどん運ばれてくる。どれも煌びやかで、いい匂いがして、初めて見るお料理ばかりだ。


 美味しい。口の中から無くなるのが勿体無くて、ほっぺを押さえそうになる。


 幸せな気持ちになる。


 それからは、世間話などして楽しく過ごせた。

 コースもデザートになる頃、王様はわたしに質問した。


 「ソフィアよ。そなたは、どうすれば、この国は良くなると思う?」


 わたしは、少し考えて答えた。


 言葉を選んだのではない。

 この貴重な機会に、平民の声を届けるためだ。


 「まず、公平な税制。そして、魔法の普及です」


 王様は頷く。

 「公平な税制とは? 平等とは違うのか?」


 「はい。ここでいう平等とは、靴にたとえれば、皆にただ同じ大きさの靴を与えることです。無いよりはマシかもしれません。だけれど、足の大きさも形も、皆それぞれです」


 「では、公平は?」


 「公平は、皆の足にあった靴を与えることです。子供に大人用の靴を渡したところで、無駄になるだけです。税金でも、その税率、納税方法は人ごとにより適切であるべきです」


 「なるほど。商人には貨幣、農民には麦で納めさせよということだな」


 「はい。辺境の村では、貨幣はさほど流通していません。換金すること自体が、負担になってしまっているのです」


 王様は顎に手をあてる。

 険しい顔になった。


 しまった。

 調子に乗りすぎた?


 「では、魔法については?」


 「地方の村では、魔法に触れる機会も学ぶ機会もありません。それどころか、呪いのように忌み嫌われてすらいます。村人にも学ぶ機会を与えるべきだと思います」

 

 王様はハハッと笑う。


 「そなた、エミルと同じようなことを言うのだな」


 「エミル? エミル•フォーゲル様ですか?」


 「おや? エミルの知り合いか? あやつ、そなたと同じようなことを言って、宮廷魔導士長を休職してどこかに行ってしまいおった。困ったやつじゃ」


 そうは言いつつも、王様はエミルさんを好ましく思っているのだろう。その表情には、彼への信頼が滲み出ている。

 

 デザートを食べ終わる。


 すると、王様と王妃様は手を取り合って、わたしの方を向き直す。

 

 「期待以上だ。正直なところ、聡さまでは求めていなかったが、そなたなら、セドリック王子とこの国を盛り上げてくれるだろう。気立もいいしな。王子をよろしく頼む」

 

 おいおい。

 頼まれちゃったよ。


 どうしよう。


 だけれど、王様も王妃様も好きだ。

 セドルさんのことも、良い人だと思う。


 わたしが答えに困っていると、王妃様が続ける。

 

 「この場で答えを出す必要はありません。わたしたちの気持ちが伝えられれば十分です。それと、身分のことなど気にすることはありませんよ。不満を言う者がいれば、聖女でも師団長でも、聖騎士でも伯爵でも、あなたに必要な地位を与えましょう」


 地位の私物化の瞬間を見てしまった。

 王妃様、いい人だけど怖い。


 セドルさんは……、ただニコニコしている。


 食堂を後にする時、王妃様に声をかけられる。

 王妃様はいたずらっ子のような顔をした。

 

 「ソフィアさん。実はわたしも物探しの魔法が使えるの。これ貴女の探し物でしょう?」


 手渡されたのは、見覚えのある巾着袋だった。

 おそるおそる口を開けて、中を確認する。


 ……!!

 お母さんに渡された厚手ブラだ!!


 わたしはバッと、巾着を背中の後ろに隠した。


 王妃様に耳打ちされる。

 「大丈夫。わたしが馬車から見つけたから。セドル君には知られてないよ」


 恥ずかしすぎる。


 いやだ、もう。

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