ねこ耳娘の異世界なんでも屋♪

おもち

第1話 はじまりの魔法


 アヴェルラーク大陸。

 ルンデン王国が大陸に覇を唱えるずーっと前の話。

 

 これは片田舎のロコ村に住む、ある少女の物語。

 

 ロコ村はラインライト国の辺境にある小さな村だ。


 狩猟や農業を主な生業なりわいとしていたが、それなりに活気はある。しかし、辺境の立地も相まって、旅人などが来ることはほとんどなかった。

 

 村には、池を中心として数十軒の家が立ち並んでいる。少女の家は、村の中心にある池から数十メートルのところにある道具屋だった。

 

 この少女は、人付き合いが得意ではなく家にいることが多かった。


 いや、有り体ありていな言い方をすればなのだ。

 

 少女は人と話すことが得意ではなかった。

 たまに家の手伝いでお店に出ることもあるが、接客がうまくできない。


 コミュニケーションが要領を得ないのだ。


 しかし、賢い。


 村の誰よりも物事の理解が早かった。

 そのため、実際にしてみなくても物事の大体の部分が解ってしまう。


 だから、物事を面白く感じることがなく、物事に興味が持てない。


 また、空気を読むことが苦手で、人付き合いも得意ではなかった。

 物事の整理も得意ではなく、部屋は散らかり放題。


 道具屋を営む母親は、部屋を見る度、心配になるのだ。

 「ソフィアは、道具屋としてやっていけるのかしら……」


 隣村には学校があり、ソフィアは本来であればそこに通っている年頃だったが、通っていない。

 特段、いじめられたりしている訳ではなかった。



 しかし、とにかく退屈なのだ。授業に出ても、面白く感じずに眠くて眠くて仕方ない。


 その度に、彼女は自分に問いかける。


 『わたしは、元から計算はできるし文字も書ける。友達はいらない。道具屋にこれ以上、何が必要なんだろう。学校なんて意味ないよね』


 そんなある日、変化が訪れた。



 村に流れの魔法使いがやってきたのだ。村の真ん中の池の近くで、見せ物をしているらしい。


 いつもだったら行かないのに、この日は何故か行ってみようと思った。


 わたしは、意を決し、お気に入りの猫耳がついたフードを深く被る。小柄なせいか、フードで顔の半分くらいは隠れてしまう。


 サイドから黒髪の姫毛が少し見える程度で、きっと、クラスメイトに会っても誰だか分からないだろう。


 普段、外に出ることが少ないからか、外に出ると、ヒソヒソと噂話が聞こえてくる。


 「ソフィアが外にいるなんて珍しい。雨でも降るのかしら」


 だから、フードを深く被る。表情を見られたくないし、くだらない噂話も聞きたくはない。


 村の池に着くと、黒いローブを着た男が何かしていた、

 男は、いかにもな好々爺こうこうやで、ひょろっと背が高い。

 

 男は手に何も持っていない。


 しかし、ニコニコしながら手のひらを開くと、バサバサッと光の小鳥が飛びたった。


 わたしの鼓動は高鳴る。柄にもなく、男を凝視してしまった。

 

 すると、ローブの男は、わたしの視線に気づいたのか、微笑んだ。そして、再び手のひらを開くと、今度は、ボッと炎の玉を出した。


 わたしの気持ちはさらに高揚し、心音が身体中に響き渡る。


 こんなに何かに強く惹かれるのは生まれてはじめてだった。


 生まれてはじめては、さらなる生まれてはじめてを連れてきた。

 わたしは声を上げて叫んだのだ。普段の自分からは考えられない。


 「弟子にしてください!」

 

 すると、ローブの男は、『話は後で』とでもいいたげに次の魔法を披露する。


 何かの詠唱を始めた。


 「……汝らの求めに応じ、聖なる祝福を……」


 すると、男の周囲にいた子供たちの身体が淡く光る。男はニコニコしながら続ける。


 「みんな、集まってくれてありがとう。もし、魔法を面白いと思ってくれたら、そこのとんがり帽子に心づけを。気持ちがこもっていれば、なんでも大歓迎」


 人々は思い思いのものを帽子に入れる。


 こんな辺境の村では、お金など持っている人は少ない。ある子供は、どんぐりの実を入れていたが、ローブの男は嫌な顔ひとつしてなかった。


 人集りがひと段落すると、わたしはローブの男に声をかけた。


 「さっきのことなんですけれど……」


 「君はさっき話しかけてきた子だね。すまないが、私は大陸中を回らないといけない。弟子を取ることができないんだよ」


 「弟子にしてくれるなら、わたしは一緒にいきたいです。連れて行ってください!」


 「君はまだ子供だろう? まずは家の手伝いをしなさい。魔法の本質はイメージの力で世界を変えることなんだ。そのためには、まず、世界を深く知る必要がある。知らないことはイメージできないだろう? 身近な人や身近な事柄を大切にすること。それが、最初の修行だ」


 「でも、わたし何もできないんです。そう言われても何がなんだか……」


 「そんな君には餞別せんべつをあげよう」


 ローブの男は、聞いたことのない言葉を呟く。

 

 「「……五芒星の道標(サーチ)」」


 「さあ、行きなさい。世界を深く知り、君の魔術が本当の魔法になったとき、また会おう」


 「貴方のお名前は?」

 

 「エミル。私の名は、エミル•フォーゲル」

 

 そう言い残すと、男は背を向けて歩き出す。


 そして、視界から消える寸前。

 何かを呟いた。


 すると、男の姿が銀髪の青年にかわった。顔は見えない。だが、体つきから若いことがわかる。


 後ろを向いたまま、こちらに見えるように手を振ると、スッと消えてしまった。


 夢のような光景だった。


 わたしの胸は高鳴ったままだ。

 血が身体中を駆け巡り、少しクラクラする。


 さあ、どうしよう。

 いてもたってもいられない。


 魔法を覚えるには、魔法書で勉強するのが一般的で、わたしでも、それくらいは知っていた。


 だけれど、この小さな村に魔法屋はない。


 本が沢山あるといえば、村長の家か。学校か。しかし、そのどちらにも魔法書はなかった。


 残念な気持ちに押しつぶされそうになりながら、家に帰った。


 家に帰るとお母さんに店番を頼まれた。


 わたしは人と話すのが得意ではないし、今は落ち込んだ気分なのだ。正直なところ断りたかったが、さっきのローブの男に言われたことを思い出す。

 

 家の手伝いをしろって言われたっけ。


 お母さんに「別にいいよ」と答えた。

 お母さんは、少しだけ意外という表情をしたが、すぐに笑顔になった。


 「じゃあ、お願いね」


 そう言い残すと、お母さんは家を出て行った。


 ぽけーっと店番をする。


 お客さんは来ない。来ても困るのだが、来なくてもひまなのだ。手持ち無沙汰に、店の掃除をすることにした。


 『そういえば、店にも何冊か本があったっけ』


 本がある棚にいき、はたきで埃を払う。

 すると……、一冊の本が淡く光っていた。

 

 その本を手に取る。

 埃をかぶった古ぼけた羊皮紙の本。

 背表紙には「探し物を見つける魔法」と書いてあった。 


 魔法書だ。


 唾を飲み込む。

 そして、わたしは、おそるおそる本を開いた。

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