05 憂鬱な食事

 テーブルの上には豪勢な料理が並んでいる。キッチンメイドが腕を振るったという上等な料理の数々に目を奪われはしたが、一向にナイフもフォークも動かす気にはなれなかった。


「どうかしましたか、リーリエ。お腹が空いていませんか?」

「はは……朝、食べ過ぎてしまったかもしれません」


 わたしは食欲がちっともわかなかった。

 それは間違いなく正面に座っているサイラス・エルドラン卿のせいである。


 当たり前だろう、自分を殺そうとした人間を前に呑気に食事をしようとは到底思えないものである。そこまでわたしも図太くはなれない。ひとくち食べてもうお腹がいっぱいになってしまったので、サイラス様の顔をじっと見つめた。

 見れば見るほどに美しく端正な顔立ちをしている。

 まさか剣を突きつけて脅してまで求婚してくるような異常者にはとてもじゃないが思えない。でも実際自らの身に起きた出来事なので否定することもかなわず、わたしはただただ茫然とすることしかできない。


「苦手な食べ物とかはありますか?」

「え、ええっと、海藻とかぬるっとした食感のものが苦手で……」

「わかりました、料理担当の者に伝えておきましょう。お好きなものは?」

「甘いもの、ですかね……あまり身体にはよくないんですけど、たまにどうしても食べたくなるときが」


 するとサイラス様はすぐにメイドを呼んで、デザートプレートを準備させた。そこまでしなくていいのに、と思ったがあっという間にケーキやフルーツが美しく盛りつけられたお皿が運ばれて来てしまった。

 食欲がない、そう思っていたはずなのに鮮やかなお皿はまるで絵画のようで、思わず手が伸びていた。


「っ、む」


 美味しい。

 いままで食べたどんなお菓子よりも明らかに美味しい。わたしも男爵令嬢ではあるので、時々ドロシアのお茶会のように友人に食事会やお茶会に呼ばれることがある。そのなかで食べたものの中で断然一番美味しかった。ケーキはスポンジがふわふわだし、添えられたソルベからは甘い花の香がする。果実は鮮やかなだけではなく瑞々しい果肉が口の中で溶けて、たちどころに幸せな心地になってしまう。


「ふふ」

「……なんでしょう?」


 急にサイラス様がわらったのでわたしは首を傾げた。


「いえ、ようやく笑ってくださったなと思い、嬉しいのです」


 指摘され、つい緩んでしまっていた頬を引き締めるとサイラス様はすこし悲しそうな顔をした。

 罪悪感めいたものが芽生えはしたが此処で油断するわけにはいかない。このひとはいまだってわたしを脅しているに等しい。剣で殺意をちらつかせて自由を奪い、甘いお菓子で釣って笑顔を見ただけ……。騎士にふさわしくない行為にもほどがある。


「あの」

「リーリエから声をかけていただけるなんて、嬉しいです……!」


 たった一言口にしただけでこの喜びよう。困惑しながらも「何故わたしに求婚をなさったのですか」と尋ねれば、サイラス様は満面の笑みを浮かべて答えた。


「愛しているからです、リーリエのことを」

「愛……」

「愛しています、リーリエ」


 どうしよう、話が通じている気がしなくなってきた。ほぼ初対面で愛を囁かれることに恐怖をおぼえない人間がいるだろうか、いやいない。


「あ……もしかして、サイラス様は悪い薬を……惚れ薬などを飲まされたのでは?」


 はっと思いついた可能性を口にすると、サイラス様はむうと不満げに唇を引き結んだ。


「リーリエ、あなたは俺の愛情を疑っているんですか」

「えっ、と……疑うとかそういうのじゃなくて……」


 ただ単に理解が出来ないだけである。食事の場の空気が和やかなものから急に重苦しくなったが引っ込みがつかない。


「わたしは、まだあなたのことを何も知らないのに」

「これから知っていけばいいでしょう?」

「あ、あなただってわたしのことを知らないでしょう」

「……リーリエがヴェルファ家のために、頑張っていることは知っていますよ?」


 低められた声音にどきりと胸が騒いだ。


「俺と婚約すれば金銭的にも援助が出来ます。大丈夫です、高給取りなんですよ俺は」

「それは、そうでしょうね……」


 詳しくは知らないがサイラス・エルドラン卿は選りすぐりの精鋭騎士団の団長である。俸給だって、想像がつかないほどにもらっているだろうし、魔物の討伐などで名を上げたとかなんとか昨日のお茶会でご令嬢たちも話していた。

 もし、わたしがサイラス様と正式に婚約して金銭的な援助を実家に受けることが出来るようになれば困窮しているヴェルファ家の助けとなるだろう。


「……まだ何か不安に思っていることがあるのですか? リーリエ。なんでも言ってください、出来る限り応えますから……」

「わたしがサイラス様にそのように、あ、愛される心当たりがなくて」


 容姿ひとつとっても十人並みだ。頭が悪いとは思わないが、才女というほどではない。取り立てて他人よりも優れた点がないわたしがなぜ、彼のような立派な騎士に愛を囁かれているのだろう。

 それがわからないから怖い。

 いっそ気味が悪い、とさえ思えてしまうのだった。


「リーリエ……」

「も、申し訳ございません、失礼なことばかり言ってしまって。気分を害されたなら……」

「いいえ」


 切なそうに俯いてサイラス様はつぶやいた。


「あなたには訳の分からない状態でしょうけれど、これには意味があるのです」


 意味――そのことを考えているうちにサイラス様は仕事に戻ります、と言って去って行ってしまった。

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