第26話

 怒涛のごとく進行するゴールデンウィーク。

 今朝のテレビでは、多くのチャンネルで『大混雑するUターンラッシュ』の特集を放送していた……そう、いつの間にか暦は連休後半へ突入していたのである。


 呆れるほどサッカー漬けだったのでちょっとがっかり。僕の思い描く夢の青春スクールライフからは程遠い。

 とはいえ、けっこう充実していた。例年と違い、サッカーと並行する形で『トラウマ克服トレーニング』を継続していたからだ。


 美月の指示で事前にスケジュールを提出しており、きっちり日程管理されている。なので時間はまちまちながら、部活終わりにいつものグランドで合流するのがお決まりのパターンだ。


 そんなワケで、高校へ進学して始めての大型連休も残り3日。

 無論、Dチームの記念すべき初公式戦も目前まで迫ってきていた。具体的には、明日の午後一番にキックオフ予定である。


 さらに言えば、現在Dチームメンバーは校舎内の視聴覚室へ集合していた。午前のトレーニング終了後、昼休憩を挟んでから初戦へ向けたミーティングが行われるのだ。


「全員そろっているか? ぼちぼち始めるぞー」

 

 教室前方の講演台に立つ永瀬コーチが、席につく皆の視線を集める。

 彼はDチームの指導責任者であり、試合において采配を振るう指揮官でもある。また本日は司会進行も兼任するようだ。


 仕事とはいえ、せっかくのゴールデンウィークでも休みなし。栄成サッカー部の指導陣はクソ忙しいと聞くけれど本当に大変そうだな。

 僕は心の中で同情しつつボケっと前方を眺めていた。だが不意に見知った人物の姿が視界に飛び込んできて、思わず瞠目する。

 

「失礼します。永瀬コーチ、ご依頼の資料をお持ちしました」


 凛とした声が響く。同時に前の扉から入場してきたのは、制服に身を包む美月だった。

 よく見れば、A4用紙の束とタブレット端末を抱えている。加えて、先ほどの発言から僕は察した。十中八九、ミーティングで使用するデータの作成を請けおったに違いない。


 美月は案の定、そのまま永瀬コーチの横に立つとなにやら作業へ取り掛かる。

 学校トップ美少女が突如現れ、にわかに色めき立つDチームメンバー。程なく前方のプロジェクタースクリーンがゆっくり降下して映像が投影されるも、一向に静まる気配はない。

 隣に座る玲音なんかは、なぜか僕に意味深な視線を向けてくる。


「オーケー、準備できた。全員、静まれ。これからミーティングを開始する。よろしくお願いします」


『よろしくお願いします!』

 

 あれだけ騒がしかったのに、チームの実質的なトップが注意すれば皆ピタリと口を閉じる。この切り替えの速さは一ヶ月ほど前には見られなかったもので、日々の部活で培われた変化といえる。挨拶を唱和するタイミングまでぴったりだ。


「最初にアシスタントを紹介しておく。ちょっとした縁で、こちらの神園美月さんがボランティアとして手伝ってくれている。同級生だから顔見知りも多いはずだ」


 顔見知りも多い、どころかこの視聴覚室内に知らぬ者はいないだろう。

 その証拠に、惜しみない歓声と拍手が送られている。陽キャ連中なんかはスタンディングオベーションで称えていた。

 

 わずかな間をあけて再び注意が飛び、Dチームメンバーは静まり返る。まるで訓練された犬のような反応である。もちろん僕も含まれる。


「じゃあ、スクリーンに注目。我々Dチームは、明日にいよいよ初の公式戦を迎える。よって本ミーティングは、参加リーグ、日程と対戦チーム、スタメン及び登録メンバー、チーム戦術、これらの再確認と発表を目的とする。では、さっそく参加リーグについて」


 永瀬コーチの合図を受け、美月がスライドを表示させる。

 資料はプレゼンテーションソフトで制作されているようで、トップには『ユニティリーグ東京』と記されていた。


「このユニティリーグが、我々Dチームの参戦する公式戦だ。登録可能なメンバーは『U16』に限られる。要するに、お前たちの同学年が競い合うリーグというわけだ」


 ユニティリーグ東京。

 名称どおり、東京都内に本拠地を持つ『高校・クラブチーム』が参加するリーグ戦だ。

 近年、全国大会に出場した東京都代表は芳しい結果を残せていない。そこで今後チームの主力を担う『U16』の選手たちにフォーカスして、早期から成長を促すべく創設された。


 誕生から数年と歴史の浅いリーグだが、今年は20チームが参加予定。

 主催団体である『フットボールラブ・ジャパン』様は、サッカー発展のためにチャリティプログラムなどを展開するNPO法人である。


 躍進を遂げる日本サッカー界においては、育成リーグ増設の動きが目立つ。

 サムライブルーを帯びるプロ選手たちの活躍に魅了され、競技人口は増大した。しかしその一方で、試合に出られない子供が続出。


 とりわけサッカーに力を入れている学校などは過度に大所帯化し、最悪は『伸び盛りの高校年代なのに試合経験ゼロ』といった事態にすら陥りかねない。


 ついては機会創出を目的に、日本のサッカー協会と多数の団体が協力して公式リーグを複数発足させた。その代表例が、『U18サッカープレミアリーグ・プリンスリーグ・T(東京)リーグ』である。


 この試みは『育成年代の実力のベースアップ』、並びに『埋もれた才能の発掘』といった素晴らしい成果をもたらす。


 今もなお、裾野を広げ続ける育成リーグ。

 成否を論じるならば、間違いなく成功の部類だろう。

 本題のユニティリーグ東京も、そんな追い風の中で立ち上げられた競技会のひとつだ。


 繰り返しになるが、『U16の育成』にフォーカスを合わせたリーグである。同学年が集い、切磋琢磨してレベルアップすることを求められている。

 またその性質上、東京エリアで活動する選手たちの顔合わせ的な意味合いを秘めている。リーグでプレーする選手たちとは、これからの高校3年間でしのぎを削る間柄になるのだ。


「では次、日程と対戦チームの確認だ。今スクリーンに表示されている対戦表の通り、我々は『1部リーグ』に参加する。各チームのスケジュールによって変動するが、月に1回ないし2回の試合を行う」


 ユニティリーグ東京は『2部制』となっており、今のところ両グループともに10チーム編成。我らが栄成サッカー部はリーグ立ち上げの翌年に昇格して以来、上位の1部リーグで奮闘している。


 開催方式は『1回戦総当たり』なので、参加する全チームが9試合を戦う。

 最終順位は、勝敗に応じて獲得できるポイント(勝点)によって決定される。下位2チームは自動降格。


 開催期間は5月~年内いっぱい。だが、間に『夏のインターハイ』や『冬の選手権』を挟むため、わりと日程はズレるらしい。


「それで肝心の初戦の相手だが……なんと、あの『実堂学園』に決まっている」


 その名を聞いた途端、室内はまたもざわつく。

 実堂学園は、全国区の知名度を誇るサッカー名門校のひとつだ。インターハイ・選手権ともに複数回の全国出場を果たしており、群雄割拠の東京ブロックでも一段と優れた戦力を有している。なにより、昨年のユニティリーグ東京における優勝校でもある。


 したがって、皆が騒ぐのも無理はない。

 この場において平常なのは、事前に知っていたのであろう永瀬コーチと美月くらいだ。


「落ち着け、同じ1年生なんだからビビる必要はない。それにお前たちも、栄成サッカー部に入ってから充実したトレーニングを積んでいる。大丈夫、自分が思うより成長しているぞ」 


 安心するような笑みを浮かべつつ永瀬コーチは言う。

 おっしゃる通りだ。が、名門校の門をくぐれるは相応の才能を宿すプレーヤーのみ。栄成も新進のサッカー強豪校と注目されているものの、順当に考えれば苦戦が予想される。


「では続けて、スタメンを含む登録メンバー『25名』の発表にうつる。多少声を出すのはいいが、大騒ぎはするなよ」


 皆さんお待ちかね、メンバー発表のお時間だ。

 正直に言おう……緊張のあまり、いま僕の心臓は痛いほどバクバクしている。


 これまで公式戦のスタメンには縁がなかったけれど、今回は可能性がゼロじゃない。なにせ永瀬コーチは、僕なんかをサイドの『キープレーヤー』と考えてくれていた。


 それゆえのポジションコンバート、並びにD1チームへの配属。トラウマ問題は未解決なものの余計に期待してしまう。サッカーへ希望を抱くことはやめたはずなのに。


「まずはスタメン11名の発表から行う。ポジションに合わせて、該当者の氏名と背番号をセットでスクリーンに表示する」


 永瀬コーチは顔を横へ向け、軽くうなずく。ほぼ同時に美月がタブレット端末の画面の上で指を滑らせると、スクリーンの映像がぱっと切り替わった


 次の瞬間、Dチームメンバーの反応は二つに分かれた。

 快哉を叫ぶ者、落胆に嘆く者。

 僕の反応はといえば……後者の方だった。深くて淀んだ、とびっきり重いため息までセットである。


 スクリーンには、『4-2-3-1』のフォーメーションとスタメンが表示されていた。ところが上から下まで、いくら見直しても『兎和』という名前はどこにも記されていない。

 その代わり、しつこいほど『白石』の苗字が目につく。だがそれは、僕じゃない方の白石くんを示すもの。


「これから配布するメンバー表には、選手登録した『25名』が記載されている。名前があった者は試合に出場する可能性があるので、そのつもりでしっかりと準備するように」


 隣の玲音から用紙の束が回ってきたので、僕も一枚とって次へ回す。

 正面へ向き直り、すぐ内容に目を走らせる。そこでようやく『白石兎和』の氏名を発見できた。記載があったのは『サブメンバー』の欄。


 僕は、スタメン落ちした――それもD1では唯一。

 おまけに、先発の左SHにはD2から『松村くん』がサプライズ選出されている。例の陰キャにあたりの強い彼だ。


 どうやら僕は自惚れていたらしい……美月と永瀬コーチが目をかけてくれたから、『自分はスタメンに値するプレーヤーなのだ』と思い上がっていた。実際はトラウマでろくに体も動かせないくせに。


 悔しさよりも、二人の期待を裏切ってしまったことが辛く感じる。申し訳ない気持ちがこみ上げてきて、今にも胸が張り裂けそうだ。それに、両親もこの結果を知ったらまたガッカリするだろう。


 いずれにしろ、やっぱり僕はとんでもない愚か者だ。諦めたはずのモノに再び手を伸ばそうなんて、呆れ果てて自分を慰める言葉すら浮かばない。


 じわり、口の中に独特のエグみが広がっていく。

 忘れもしない挫折の味だ――ザラザラして鉄臭いのに一抹の懐かしさ含む、そんな味。

 二度と堪能したくなかったそれを噛み締めていると、次第に僕の思考は鈍っていく。やがて頭の中は真っ白に染まり、誰の声すらも聞こえなくなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る