第18話 友として息子として

 アイルハットの残してくれた虹の橋は神の加護に守られていた。

 俺達に手出しの出来ない海の魔物たちは、恨めしげにこちらを遠巻きに眺める。


 そんな虹の橋の上を俺とおやっさんは会話もなく進んでいく。

 おやっさんが前で、俺は後ろ。

 日本でのいつもの立ち位置。


 異世界こっちに来てからは、俺が前に立って引率してたんだけどなぁ。

 いつの間にか元通り。

 ずっと見ていたおやっさんの背中。

 それを眺めながら、到着した。


 ファルシオン神殿。


 異世界ここに来てからずっと目指していた、そこに。



 神殿の入口まで続いていた虹の橋は、俺達が降りると星くずとなって消え失せた。


(アイル……ありがとう)


 俺は心のなかでアイルハットに礼を言うと神殿の中へと足を踏み入れた。


 あたりの吹雪は神殿の中には一切吹き込んできていない。

 まるでローマ神殿かのような巨大な柱が天井をはるか高くまで押し上げている。

 中は薄暗く、厳しい北の大地のおそろしさのようなものをヒシヒシと感じさせられた。


「タマぁ……」


「……はい」


 最近は特に口数の少なかったおやっさんが口を開く。


「ありがとな、俺をここまで育ててくれてよ」


「いや、そんな。俺こそ前世でお世話になったので」


「お世話、か……。別にそんな事してたつもりはなかったんだがな、俺は」


 俺達が進むと、左右の壁に青白い松明がポツポツと灯っていく。


「でも、最後に助けてくれたじゃないですか。その後、すぐに俺も死んじゃいましたけど……」


「そんなの相棒バディとしちゃ当然のことだ」


「頭で理解わかってても実際に実行できる人はそういませんよ。だから、俺はおやっさんを尊敬してるんです」


「……あんだけきつく当たってたのにか?」


 めずしいな。

 おやっさんがそんなこと言うなんて。


 神殿は意外と奥行きがあり、入ってきた入口はもう見えなくなっている。


「俺のためを思ってでしょ? おやっさんの少年時代を見ててわかりましたよ。熱くて正義感のある男だったんだって。ただ、時代……ですかね? おやっさんの時代にはそれが普通だったんですよね? それを急にコンプライアンスだどうのこうの言われてもねぇ」


「熱くて正義感のある男……か。だが、そりゃあ、タマ。お前が俺の心残りをぜ~んぶ解消して育ててくれたからだ。いわば、別世界線の俺。ゲームで言うなら、二択を全部正解してきた俺だな。元の俺はそんないいもんじゃねぇよ……。俺はただの……」


 神殿の中の静けさが怖い。

 この松明が消えたら俺たちは闇の中に置き去りだ。

 そんな不安に溶けるような口調でおやっさんは言葉を続けた。


「人殺しだ」


 おやっさんは今、どんな顔をしてるんだろう。

 いつ記憶が戻って、前世と今の自分の違いに悩むようになったんだろう。

 俺はおやっさんの告白した内容よりも、おやっさんの心についただろう傷のほうが気になった。


「おやっさんはむやみに人を殺すような人じゃありません。別世界線のおやっさん? 二択を正解し続けてきたおやっさん? ハッ! いいですか? おやっさんはどの世界線だろとおやっさんです! 仮になにかがあったとしても、それは絶対に理由があってのことです! 一緒に旅して、おやっさんの成長を見守ってきた俺にはわかります! だから、なにそんなもったいぶって言ってんですか! 俺だってこっちで悪魔に魔獣、魔物、たくさん倒してきましたよ。それも日本だったら狩猟免許がないと犯罪です。だからなんです? 人を殺した? おやっさんが償うべきだと思ったら俺たちは元の世界に戻って償う! もし時効になってるんだとしたら、おやっさんは別の形で償えばいいでしょう! もしおやっさんが刑務所に入るようなことになっても、俺は最後まで一生おやっさんの味方ですよ。だっておやっさんは俺の命の恩人でもあり……」


 俺の中からどんどんと溢れ出してきた言葉。

 その最後を結ぶ言葉を口に出すのが一瞬ためらわれた。

 気恥ずかしさで。


「息子なんですから」


 そう言い切ると、おやっさんの肩が微かに揺れたような気がした。


「タマぁ……」


「はい」


「俺は、お前の息子になった覚えはねぇぞ……」


 その声は少しかすれている。


「おやっさんに覚えがなくても俺にはあるんですよ。大事な大事なやんちゃ息子で……」


 そうだ。

 最初は保護してただけだった。

 でも、途中からは対等な立場になって喧嘩して、助け合って……。


「友ですから」


 そう、俺とおやっさんは間違いなく友だった。

 仲間。

 相棒バディ

 皮肉なことに、俺たちは異世界ここに来て、初めて相棒バディになれた。

 そんな気がする。


「馬鹿野郎……誰が友だよ。俺たちは……」


 あたりが眩い光に包まれる。

 その光はおやっさんの首から下げたお守りと呼応し、俺たちを飲み込んで──。



 戻った。


 俺たちは。


 日本に。


 しかも、俺とおやっさんが命を落とした──。


 あの日の。


 あの時に。

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