第52話 やっぱり本物は迫力が違う



 *11



 黒宮くろみやとの会話は、何だか懐かしさを感じさせた。


 その感情がどこから湧いて来るのか、僕には解らないが、夜空の下で取り留めもない会話は、朝まで続くかのように思えた。



 が、突然の来訪者の声で、その会話は中断した。



 「あら鏡佑きょうすけじゃない。何で夜なんかに、こんな場所に居るのよ。それに顔も体もボロボロになって」



 その来訪者の声は、灰玄かいげんのものだった。


 それよりも、灰玄こそ、何で夜なんかに蘭満らんまん神社に訪れたのだろう。


 ていうか……後もうちょい灰玄が早くこの神社に現れていたら、きっと僕は、こんなにボロボロになっていなかったであろう。



 あんな不良達なんて、灰玄にとっては、赤子の手を捻るよりも簡単だ。



 はぁ……この前の廃工場と言い、こいつは恐ろしくタイミングが悪い。



 「っで。何でそんなにボロボロなのよ? それと、横の小娘は──」



 灰玄が黒宮を見ると、黒宮は顔を伏せた。


 まるで、何かに怯えているように。



 「ふうん。なるほどね。まぁ別にアタシには関係の無い事だからいいけれど」



 何が──なるほどなんだ?



 「それよりも鏡佑。アンタはどうしてボロボロなのよ? もしかして、あの心絵こころえ家の小娘の尻でも揉んだの?」



 人を小馬鹿にした口調で言う灰玄。


 しかしまぁ、今の会話で灰玄が胸では無く、尻と言った事に関しては、僕でも解る。


 心絵はいつも着物姿だから、胸が目立ちにくい、と言う事も考えられるが。


 それでも、胸があれば、着物姿からでも少しは、その胸を確認できる。



 しかしだ、心絵には、その少しは確認できる胸さえ無い。


 つまり胸が非常に小さいのだ。



 だから灰玄は、あえて胸では無く、尻と言ったのだろう。


 だが、もし心絵の尻なんて揉んだら、冗談抜きで殺されるだろうな……。


 それに、人を小馬鹿にした口調ではあるが、灰玄は僕の事を気に掛けている。



 なのでここは、本当の事を話そう。



 「あいつの尻なんて揉んでないよ。さっき不良達に絡まれて、『波動脚煌はどうきゃっこう』を使おうとしたら、失敗して逆にボコボコにされたんだ」



 僕が真面目に話すと、灰玄は腹を抱えて笑い始めた。



 「プッ、アハハハハ! 『波動壮丈はどうそうじょう』も体得していないアンタが、『波動脚煌』だなんて。鏡佑、アンタは人を笑わす才能があるわ。あ〜もう駄目。笑い過ぎてお腹痛い」


 「何がそんなに笑えるんだよ。こっちは大真面目だったんだぞ?」


 「はいはい分かったわよ。じゃあ大真面目ついでに、顔を上げなさい」


 「顔を上って……まさか、また僕の喉を強く押すのか?」


 「そう。喉にある『昇華気孔しょうかきこう』を押してあげるから、少しは楽になるわよ。そんなボロボロの体じゃ、家にも帰れないでしょ?」



 灰玄の言っている事は、正しかった。


 こんな体では、家に帰るのは不可能だろう。


 だが一応、念のために灰玄に伝えた。



 「痛く……するなよ?」


 「分かったわよ。注文だけは一人前なんだから」



 そして僕は、灰玄に言われた通り顔を上に向け、灰玄は僕の喉を押した。



 ──ッ痛ってえええ!



 「おい灰玄! 痛くしないって言ったじゃないか!」


 「ほら。元気になったでしょ?」



 灰玄に言われ気がついたが、先程までの体中の痛みが嘘のように消えている。


 と言うか……『昇華気孔』って何でもありだな……。



 それに、灰玄って最初は僕の事を殺そうとしたのに、六国山ろっこくやまで僕が倒れた時も助けてくれたし、今もボロボロだった僕の体を助けてくれた。


 もしかして、灰玄って本当は良い奴なのだろうか。


 ちょっと訊いてみるか。



 「なぁ灰玄。お前って本当は良い奴なのか?」


 「別に。ただ──昔アンタによく似た弟弟子おとうとでしがいたから。なんだかアンタを見てると、そいつを思い出して、放っておけないだけよ」


 「ふうん。灰玄の弟弟子って事は、そいつ僕と同い年ぐらいなの?」


 「いや……、きっともう死んでるでしょうね。もしまだ生きているとしても、軽く百歳は越えているわ」


 「え? ちょっと待て。何で灰玄の弟弟子なのに百歳を越えてるんだ? それに、きっともう死んでるって……連絡とかしないのか? 灰玄の弟弟子なんだろ?」


 「冗談よ冗談。アタシに弟弟子なんていないわよ」



 そう言って、灰玄は憂うような瞳で夜空を見上げた。


 まるで──亡くなった人を思うような、哀しげな横顔である。


 そして、僕も灰玄の真似をして、夜空を見上げてみたが、夜空しか見えなかった。



 「はぁ……。なんて言うか……、そういう所が……」



 灰玄が小さく呟く。



 「え? ごめん灰玄。聞こえなかった。もう一度だけ言ってくれ」


 「なんでも無いわよ。そんな事よりも早く家に帰りなさい。それと、そこの小娘は──」


 「あ、あの、私は、い、家が近くにありますから。そ、それでは失礼します」



 灰玄が黒宮に話しかけようとすると、先程よりも怯えた表情になり、言葉もなんだか口籠くちごもっている。


 僕が、女の子の夜道は危険だから、家まで送って行くと言っても、家が近いから大丈夫の一点張りである。


 そして黒宮は、逃げるようにして、僕と灰玄を残し、蘭満神社から消えた。


 そして僕は、灰玄を睨んだ。



 「なによ鏡佑」


 「あいつ、お前を怖がって逃げちゃったぞ」


 「はあ? なんでアタシを怖がってるなんて分かるのよ」


 「だって、灰玄を見る目が怯えてたろ?」


 「その事か。まぁ説明してあげてもいいけれど、アタシも用事があるのよ。ちょっと今、人探しをしててね、この神社に立ち寄ったのも、それが理由」


 「人探しって、誰?」


 「ツルちゃんだけど。何だか急に音沙汰が無くなったから探してるのよ。それよりも鏡佑は早く家に帰りなさい。分かったら返事」


 「あ、あぁ。分かったよ。すぐに家に帰る」


 「分かれば良し。じゃあね〜」



 言って、灰玄も僕を残し、蘭満神社から消えた。



 うーん……、一人になってしまった。


 もうちょっとだけ──黒宮と話していたかったな……。


 だが、このまま神社に一人で居ても、虚しいだけだ。


 黒宮は──家が近所だと言っていたし、きっとまた会えるだろう。



 それに、不良達に殴られて、体中が痛かったが、灰玄に治してもらったし、今日はもう早く家に帰った方がいい。


 そうと決まれば、善は急げだ。


 さっさと家に帰ろう。



 そして僕は、早足で神社から出ようとしたが、鳥居に誰か立っている。


 その人物は夜でも目立つ、上下真っ白なスーツを着ていた。


 僕が目を凝らして見ると──その人物は今日の昼食の時に出会った、金髪碧眼の外国人女性だった。


 自己紹介の時に、身元不明死体を意味するジェーン・ドウと名乗った女性……。


 なんか……嫌な予感がする……。


 僕が神社から出て来るのを待っているかのようだ……。



 よし。


 ここは、なに食わぬ顔で、無視をして神社から出よう。


 だが──僕が鳥居をくぐろうとした時、その外国人女性は僕に話し掛けてきた。



 「お待ち下さい。貴方様は今日の昼食時に会長様とお話しをされていた、鏡佑さんで御座いますね?」


 「……は、はい。そうですけど……なにか?」



 機械的な口調は、相変わらずだった。


 その言葉の抑揚よくように感情なんて、どこにも感じない。



 「わたくしめは今、会長様を探しております。一つだけ、貴方様にお尋ねしたい事があり、お声を掛けました」


 「会長様って……錦花さんの事ですか?」


 「もちろんで御座います」


 「あのぉ……それなら、灰玄も錦花さんを探してるみたいだから、灰玄と一緒に探した方がいいと思いますけど……」


 「灰玄さんから、お伺いしました。貴方様は、この街にとてもお詳しいと。ですから、お尋ねしたい事があるのです」



 灰玄の奴……余計な事を言いやがって……!


 まぁ、でも、教えるだけならいいか。



 「あのぉ、そのお尋ねしたい事ってなんですか?」


 「この街で、一番治安が悪い場所を教えて下さい」


 「──え?」



 僕の聞き間違えだろうか。


 今──この人は、一番治安が悪い場所と言ったのか?



 「えっと……。もしかして、僕の聞き間違えかもしれないので、もう一度だけ言ってくれませんか?」


 「わたくしは、この街で一番治安が悪い場所を教えて下さい。と、申しました」


 「一番治安が悪い場所って……、まさかジェーンさんが一人で、そこに行くんですか?」



 僕がそう言うと、あくまで機械的な口調で謝罪をされた。



 「昼食時は大変なご無礼をお許し下さい。あの後、会長様からも叱責を受けました。わたくしめの名は、ジェーン・ドウでは無く、ポニー・シンガーと申します」


 「は、はぁ。ポニーさんって言うんですか。と言うか、この街で一番治安が悪い場所は、まぁ心当たりぐらいならありますけれど、ポニーさんが一人で行くのは危険だと思いますよ?」


 「お気遣いなさらずとも平気で御座います。それと、わたくしめを呼ぶ際は、ポニーで構いません」



 そう言いながら、ポニーはおもむろにスーツの内ポケットに手を入れ、中から拳銃を取り出した。


 僕は拳銃には詳しく無いが、見た目の形からしてリボルバーだろう。


 それも、ポニーのスーツに負けない程に、白く輝くリボルバーだ。


 そしてリボルバーを取り出すと同時に、スーツの中に隠れていた黄金おうごん十字架じゅうじかあらわになる。


 月明かりに照らされた、その十字架は、スーツの胸元で不気味なまでに光り輝いていた。



 「そ、それって。まさか本物じゃないですよね? 玩具おもちゃの拳銃ですよね?」



 僕が訊くと、ポニーは言葉では無く動作で語った。


 つまり、リボルバーの銃口を地面に向けて、慣れた手つきで発砲したのだ。


 思わず「ひゃあ!」と言う、情けない声を上げて僕は腰を抜かし、地面に尻餅をついた。



 なぜなら、ポニーが発砲したリボルバーの銃声は、玩具では決して出せない、鼓膜が一瞬だけ爆発するような野太く乾いた音だったからだ。



 それだけでは無い、ポニーが銃口を向けて発砲した地面には、小さな穴が空き、そこから薄らと、小さな白煙が立ち昇っている。


 リボルバーの銃口からも同様に、小さな白煙が立ち昇っていた。



 「ほ、本物だ……! 本物の拳銃だ!」



 僕が腰を抜かし、慌てふためいていると、ポニーが何事もなかったかのように、また同じ質問を繰り返してきた。


 まるで、その台詞しかインプットされていない機械のように。



 「改めてお尋ね致します。この街で一番治安が悪い場所を──」


 「わ、分かりました! 教えます! 教えます! だから撃たないで!」



 な、なんて奴なんだ……!


 いきなり僕の目の前で、本物の拳銃をブッ放してくるなんて。



 日本はいつから、アメリカのような銃社会になったんだ?


 ていうか、早く教えないと僕まで撃たれるかもしれないぞ……!



 なにせ全く躊躇ためらいも無く、拳銃を撃ってきた奴だ。


 きっと僕を撃つことに関しても、何の抵抗も無いだろう。



 多分こいつは、口調だけではなく、感情までも機械的なのだと思う。



 もし人としての感情があれば、僕の目の前で拳銃なんて撃たないはずだ。


 それも、威嚇や威圧と言った類いの発砲では無い。



 小腹が空いた時に、軽食をるぐらいの感覚で──当たり前の事のように、拳銃を発砲してきたのだ。



 そんな人物が今、僕の前に立っている。


 これは……非常にヤバい!



 ゆえに一刻でも早く、この街で一番治安が悪い場所を教えないと……僕の命が危険に晒されてしまう。

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