第41話 闇夜に笑うアンチクショー!



 *24



 「なんだか終わってみると、呆気あっけ無い。今度こそくさりの馬鹿女を草葉くさばかげに送ってやろうとしたのだがな。やはり祭りは始める前の準備が一番楽しいと言うことか。待つのが祭りとは、よく言ったものだ」



 暗闇の中、一つしかない街灯の上から声が聞こえた。


 こんな真夜中の人気ひとけも無い場所で、ましてや街灯の上からしゃべってる奴なんて一人しか思い当たらない。


 心絵はもう消えた。

 つまりは残る人物、そう灰玄である。


 僕が街灯の上を見ると、やっぱり灰玄であった。

 つまらなそうな顔で六国山ろっこくやまの山頂を見つめている。


 幸い、灰玄が廃工場の周囲をドーム状の岩石でふさいだので、山火事にはなっていない。

 爆発音も岩石の壁に封じられ、山のふもとである、このアスファルトの平地までは届かない。


 僕の下だけは、心絵が作ったクレーターがあるので、平地ではないけれど。

 なので、山の異変に気がつき、誰かが通報する危険も無いだろう。


 もし通報されてしまったら、僕は爆弾を一緒に運んだ人物として、灰玄と共犯になってしまう所だった。


 ふぅ……、危ない危ない。


 ていうか、もう二度と灰玄には関わらないぞ。

 命がいくつあっても足りない。


 なぜ、街灯の上に立っているのかは不明だが、さっさと灰玄に声を掛けて、謝礼の十万円を貰い家に帰ろう……。



 「おーい、灰玄。早く謝礼の十万円を僕にくれ」


 「あら鏡佑。アンタ居たの?」


 「居るよ! と言うか、早く街灯から降りてこい!」



 灰玄は街灯から地面に着地する。

 ハイヒールを履いているのに音も無く着地する……。


 ていうか、灰玄は僕に『アンタ居たの?』と言った。

 つまりだ──もしかして、灰玄は僕が爆発に巻き込まれて、死んだと思っていたのか?


 だとしたら……許せん!


 朝から晩まで──と言うか、携帯電話を見たら、もう深夜十二時を過ぎて、日付が変わっていたから、朝から次の日までと言うべきか。


 いや、そんな事はどうでもいい!


 僕の事を振り回しやがって。

 謝礼の十万円じゃ足りないぞ。


 百万円貰ってもいいぐらいだ。


 まあ、いいや、とにかく灰玄から謝礼の十万円を貰って早々に家に帰ろう。



 「なぁ灰玄。僕に渡すものがあるだろ」


 「渡すもの? 別に無いけど」


 「ふっざけんな! お前が朝に言ってた謝礼の十万円のことだよ!」


 「あぁ、謝礼ね。すっかり忘れてた」



 こいつ……本当にふざけやがって……!



 「はいこれ。謝礼の十万円」



 僕は灰玄から白い封筒を手渡された──グチャグチャになっている封筒を……。

 きっと灰玄が穿いている黒いスラックスのポケットに、封筒を入れていた所為せいだろう。


 灰玄に封筒を手渡された時、余りにグチャグチャだったので、封筒では無くゴミを渡されたのかと勘違いしたほどだ。


 失礼かもしれないが、僕はその場で封筒の中に十万円が入っているかあらためた。


 灰玄の目の前で貰ったばかりのお金を確かめるのは失礼かもしれないが、灰玄だってグチャグチャの封筒を僕に渡したのだ。


 これで、五分ごぶ五分ごぶ

 あ相子だろう。


 えっと、一万円が、一枚、二枚、三枚────十枚。

 うん。

 ちゃんと十万円あるな。


 僕はグチャグチャになった封筒の中に、グチャグチャになった一万円札様達を丁寧に入れて、ジーパンのポケットの中に封筒を仕舞い、帰ろうとすると……。


 灰玄に呼び止められた。



 「待ちなさい鏡佑。アンタ忘れてる事があるでしょ」


 「忘れてる事? そんなの無いよ」


 「あるわよ。アタシが出した宿題の答えを忘れてるじゃない」



 宿題────あぁ、そうだった。

 火を使わずに肉を焼くには、どうしたらいいのか?

 と、言う宿題だ。


 廃工場の中に入ってから、危険な目に遭ってばかりだったので、完全に灰玄から出された宿題を忘れていた。


 忘れてはいたが、結局、答えは解らない……。

 だが、灰玄は言った。

 確かに言った。


 もし、宿題の答えが解れば、謝礼の十万円とは別にエアコンを買ってくれると。


 だから、臥龍がりょうの店に戻ってから、ずっと答えを考えていたのだが……、解らないものは解らない!


 第一、火を使わなかったら肉なんて焼けないだろ。


 臥龍に訊いてはみたが、あいつの垂直思考では、なんのヒントも得られなかったし。



 「どうしたのよ。あれだけ時間が有ったのに解らなかったの?」



 僕が黙っていると、おちょくるように促してくる灰玄。

 クソっ!

 馬鹿にしやがって!


 どうせまた、灰玄に都合の良い、ずるい答えに決まっているのは、間違いない。

 でもなぁ、このままあっさりと、負けを認めるのもしゃくだしな……。


 ええい!

 こうなったら、もう破れかぶれだ!



 「解らないなら解らないって、はっきり言いなさいよ」


 「ま、待て! 答えは考えてきた……」


 「なら早く言いなさいよ。アタシはこれから早く店に戻らないといけないから、時間が無いのよ」



 ど……どうする……。


 ──あっ!

 灰玄が廃工場の中で途轍とてつも無い火柱を起こしたから、答えはもしかしたら陰陽師なんじゃないか?


 一か八か……、この答えに懸けてみよう。



 「えっと……。レストランに来た客は、陰陽師だった──から?」


 「はぁ……」



 溜め息をつかれた。

 駄目だ……やっぱり間違えてたんだ。



 「い、今の無し! 本当は……、客は爆弾を使った──から?」


 「あのねぇ鏡佑。爆弾なんて使ったらレストランが壊れるでしょ」



 ごもっともな意見であった。



 「もう降参って事でいいわね? それじゃあ答えを教えるわよ」



 また訳の分からない答えだとは思うが──聞くだけ聞いておこう。



 「答えは、ローストビーフ専門店だったから」


 「はぁ!? お、おい! 火が使え無いのに、何で答えがローストビーフ専門店なんだよ!」



 僕が激怒して反論すると、また溜め息混じりで、淡々たんたんと説明する灰玄。



 「ローストビーフ専門店だから、前日に作っておいた、焼けたローストビーフが冷蔵庫にたくさんあったから、すぐに注文したメニューの焼けた肉料理を男は食べる事ができたのよ」


 「やっぱり猾いぞその問題! 普通、焼けた肉料理って言われたら熱々のステーキとかだろ!」


 「アタシは焼けた肉料理とは言ったけれど、熱々の焼けた肉料理とは言って無いわよ」



 こ……こいつめ……!



 「それに、宿題の中にちゃんとヒントを入れてあげたじゃない。忘れた?」


 「ヒント? そんなもの無かったぞ……」


 「有ったわよ。フライパンとオーブンの単語が入ってたでしょ。ステーキはフライパンで作る肉料理で、ローストビーフはオーブンで作る肉料理なのよ。知らないの?」


 「知る訳ないだろ!」



 僕は料理人じゃないし、料理を作る事にも興味が無い。

 そんな僕にステーキとローストビーフの作り方の違いなんて、解る訳無いじゃないか!


 ──ッ!

 おいおい!

 よくよく考えたら、今の問題の答えって、矛盾があるぞ。



 「おい灰玄! その答えは間違ってるぞ! 朝から家電製品が使えないって事は、冷蔵庫の中のローストビーフは腐ってるはずだ! だから、この問題の答えは間違ってる!」


 「勝ちほこったように大声を出すんじゃないわよ。それに、間違ってもいないから。宿題の中で、アタシは確かに家電製品が使えないとは言ったけれど、全ての家電製品が使えないなんて、言ってないわよ。だから冷蔵庫は無事で、ローストビーフを食べる事ができたってわけ」



 こん…………畜生めッ!

 待て。

 ここは冷静になれ九条鏡佑くじょうきょうすけよ。


 そう、灰玄のこの猾い問題に答えられる何て、始めから思っていない。

 だから僕は違う事を考えていたのだ。


 その違う事とは、逆に僕が灰玄に猾い問題を出して答えさせる。

 そして、灰玄が答えられなかったら──エアコンを買わせる大作戦である。


 あいつの性格的に、他人から挑戦されたら受けるに決まっている。

 しかも、僕が考えた猾い問題は、我ながら本当に猾いと思える問題だから、灰玄は絶対に答えられない──はずだ!



 「じゃあね〜」



 そう言って、颯爽さっそうと帰ろうとする灰玄を、次は僕が呼び止めた。



 「ちょっと待った!」


 「全く、なによ」



 きびすを返して、僕の方に向かってくる灰玄の顔は少し眉間みけんしわが寄っている。

 時間が無いとか言っていたから、僕に呼び止められて怒っているのだろう。


 だがしかし、僕もここで引き下がる訳にはいかない。

 考えに考えて、やっと思いついた猾い問題なのだから。



 「実は僕も、灰玄が出していた問題を一つ考えて来たんだ」


 「問題? どうせアンタの事だから、オレンジを十三個均等に分けるにはどうしたらいいか? みたいな問題でしょ?」


 「全然違うな。もっとひねった問題だぞ。そして、もし答えられ無かったら、エアコンを買ってもらうからな!」


 「ふ〜ん。アンタがそこまで自信たっぷりに言うなんてね。面白そうじゃない、受けて立つわよ」


 「いいか? もし答えられ無かったら──」


 「エアコンでしょ? 時間が無いのよ、早くいいなさい。アタシが答えられ無かったらエアコンを買ってあげるから」



 いよっしッ!

 やっぱり僕が強気に出たら、僕の挑戦に乗ってきた。


 見てろよ灰玄!

 絶対にギャフンと言わせてエアコンを買わせてやる!


 今度はお前が青筋を立てる番だ。



  「それじゃあ問題だ。AさんとBさんとCさんが楽しく外で遊んでいました。すると突然、豪雨が降ってきました。しかし、三人ともれずに遊び続ける事ができました。なぜでしょうか? ちなみに、周りには、誰も人がいません。車も走って無いし、雨をしのぐ建物もありません。とにかく周りには何もありません。当然、傘も雨合羽あまがっぱも持っていません。さぁこの問題に答えられるか!」


 「…………」



 灰玄の奴、今頭の中がパニック状態に違いない。

 どれ、少しあおってやろう。



 「その沈黙は答えが解らないで、ぐうのも出ないって感じだろ」



 僕が心の中で、ほくそ笑んでいると、僕の予想の真逆の言葉が返ってきた。



 「はぁ……、違うわよ。これは呆れて物も言えない沈黙よ」


 「──え?」


 「『え?』じゃなくて。こんな簡単な問題で得意顔になってるアンタの姿を見て呆れてるのよ」


 「じゃ、じゃあ答えてみろ! 外れたらエアコンだからな!」


 「三人は海の中で泳いで遊んでいたから、濡れずに遊び続ける事ができた。これがアンタの問題の答え。正解でしょ?」


 「…………」



 本当に正解だった。

 いやいや、おかしいって!

 この問題を考えるのに、僕がどれだけ苦労したと思ってるんだ。



 「ぐうの音も出なくなったのは、アンタの方みたいね」


 「なんで解ったんだよ! すっごい考えてきたのに!」


 「アンタは問題の考え方は良かったけど、問題の中に余計なヒントを入れ過ぎたのが敗因ね。だから呆れたのよ。ヒントは最小限にしないと相手にすぐ看破かんぱされるってこと」


 「僕はそんなにヒントは言って無い! それに水だったら、プールか川か海の、三択引っ掛け問題になるから、絶対に迷うだろ! 何ですぐに海だって解ったんだ!」


  「だから、アンタが自分で言ってたじゃない。『とにかく周りには何もありません』って。アタシも最初はその三択を考えたけれど、周りに何も無いなら、当然 すぐそばに監視員がいるプールは除外されるし、川なら周りに草木があるから、当然これも除外される。つまり最後に残った海が正解って事よ。相手を引っ掛けようとして、逆に自分が引っ掛けられたって所かしら。まぁ海だけに、みずからの策におぼれたって感じね」


 「う……五月蝿うるさい! 上手いこと言ったつもりか! う、海にだってレスキューの人がいるぞ!」


 「無人島の海にも?」



 うっ……ぐっ……!


 く、悔しい!

 本当に自信があったのに……。


 …………ギャフン!

 って、僕が逆に言ってどうする!



 「今度はもっと捻った問題を期待してるわよ。鏡佑」



 僕がこぶしを握りしめ、悔しさに打ちのめされている中で、灰玄はしたり顔で颯爽とスキップをしながら、違法駐車をしている自分の車の方に行く。



 その後ろ姿が完全に闇夜にまれ、溶け合うと──


 ──そのすぐ後に、かわいたエンジン音だけが野太く響き渡り、どんどん離れて行くエンジン音を聞きながら、僕は停めてあった自分の自転車に疲労困憊ひろうこんぱいになりながら、ゆらゆらと力無く歩き向かった。


 停めてある自転車に乗り、ふらふらと自転車を漕ぎ、家路いえじに向かいながら思う。


 今、自分のズボンのポケットには、十万円が入った封筒がある。

 これなら安いエアコンが買える。


 つまり、アルバイト生活は終了だ。

 明日──と言うか、もう今日だけど、臥龍の店に行き、あいつにアルバイトを辞める事を伝えてからエアコンを買いに行くとしよう。


 あいつの事だ、まだパンデミックなんちゃらでマスクをして、そのパンデミックなんちゃらの騒ぎが治まるまでエアコンは買いに行かないと言うに決まっている。


 なので、エアコンはこの十万円で買って、臥龍には他の何かを買わせよう。


 と言うか──願わくば、いや絶対に、もう二度と、灰玄や心絵、そしてローザやジェイトやタルマのような危険人物に遭いたく無い!


 だからエアコンを買ったら、夏休み中ずっと、家に引きこもっていよう……。




 第壱章・循環多幸じゅんかんたこう・了

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