第39話 同じネタは二回まで



 *22



 まずい…!

 まずいぞ……!


 よくよく考えたら、こんな爆発の中で、いったいどうやって逃げればいいんだよ。

 しかも、灰玄が設置した爆弾が爆発する順番はランダムだ。

 せめて爆発する順番さえ解っていればなぁ……。


 あっ!

 そうだ、灰玄に助けてもらおう。



 「おい灰玄! この爆発じゃあ逃げられない! 僕を助けてくれ!」


 「うーん……。最初は面白かったけど、意外と爆弾の爆発力って小さいのね。これなら『呪詛思念じゅそしねん』を使った方がよかったかも」



 駄目だ……。

 僕の声が全然届いていない。

 完全に自分の世界に入ってしまっているぞ。


 残る手段は──嫌だけど心絵に助けを求めるしかない。



 「なあ心絵! 一生のお願いだ! 僕を助けてくれ!」


 「嫌よ」



 あっさり断られました……。

 しかし諦めるな。


 ここで諦めたら僕が死んでしまう。なんとしても食い下がるんだ。



 「頼む! 本当に頼むから助けてくれ!」


 「仕方ないわね。それじゃあ、貸しにしておいてあげる」


 「貸し? 僕を守る事がお前の依頼なんだろ?」


 「だから。爆弾の事は依頼に入って無いって言ったでしょ。それともここで死にたいのかしら?」


 「もう分かったよ! 貸しでも何でもいいから助けてくれ!」



 はぁ……。

 やれやれ、とんでもない奴に借りを作ってしまったぞ。



 「じゃあ助けるから、瞳を閉じなさい」


 「は? なんで?」


 「いいから閉じなさい」



 まあ、いいか。

 助かるなら瞳でも何でも閉じてやる。


 僕は心絵に言われるがまま、瞳を閉じ──ってええええ!

 息ができないほど首に痛みを感じたので、目を開けると──心絵がまた僕の首をめていた。

 今度は足では無く、両手で。



 「だから窒息ちっそくするだろうが! 殺す気か!?」


 「なによ。少しさわった程度で大声なんて出して」


 「これのどこが少しなんだよ! 確実に殺そうとしてただろ!」


 「そんな細かい事はどうだっていいのよ。今のはアナタの首に小さな『昇華気孔しょうかきこう』のあとがあったから、少し刺激して、その『昇華気孔』を広げてあげたのよ。でも不思議ね。修行も何もしていないアナタの首に、何で『昇華気孔』の痕なんてあるのかしら」



 しょうかきこう。

 首。


 あぁ、そういえば、今日の午前中に灰玄と一緒に、六国山ろっこくやまの頂上に辿り着いた時、気分が悪くなって倒れたけれど、灰玄にのどを潰されるぐらいの力で押されてから、気分が悪いのが取れたんだった。


 それと関係しているのだろう。


 あの時、確かに灰玄は、心絵が今言った、しょうかきこう──とか言ってたし。


 でも、この危機的状況と、この首を絞めて、しょうかきこうを広げる行為って、何か関係があるのか?


 僕は心絵に助けを求めた訳なのだが……。



 「あのさぁ心絵。僕の首を絞めて満足したなら、早く助け──」


 「それじゃあ次は、一時的に開いた『昇華気孔』が閉じる前に、自分のあしに集中しなさい」


 「おい! 僕の話しを聞け!」


 「五月蝿うるさいわね。今アナタは自分の命の危険を感じているのかしら?」


 「危険を感じてるからお前に助けを求めたんだろうが!」


 「だったらちゃんと私の話しを聞きなさい。まずは自分の脚を瞳をらして視るのよ」



 心絵に言われるがまま、僕は自分の脚をじっと視てみた。


 ん?

 何か青白く光っているぞ。

 さっきの灰玄ほどでは無いが、薄らと青白く光っているのが判る。


 確か灰玄の奴は、しねんき──とか言ってたけれども、これがその、しねんきなのか?



 「お前の言う通りに瞳を凝らして視たら、なんか脚が青白く光ってるんだけど……」


 「なら今度は、その光りに精神を集中させて、光りを大きくする想像を頭の中で思い浮かべなさい」



 いきなり想像しろなんて言われてもなぁ……。

 こんな周りで、爆弾が爆発している中で精神なんて集中できないぞ。



 「ちょっとアナタ。真面目にやる気があるの?」


 「いや、あるけど。こう騒々そうぞうしいんじゃ、集中なんてできないよ」


 「あらそう。だったらまた、かつを入れて──」


 「分かった分かった! 集中するよ!」



 活とか言って、また心絵に首をめられたんじゃ、たまったものではない。


 えっと──脚の光りを大きくする想像をすればいいんだよな。


 大きく──大きく──大きく。

 おや?

 何だか脚が軽いぞ。


 まるで浮いてるみたいだ。

 それに、青白い光りも、さっきより大きくなってる。

 もう瞳を凝らさなくても視えるぐらいに。



 「付け焼きの『波動思念はどうしねん』だけど、なんとか成功ね。後は、頭の中で脚の周りの『思念気しねんき』が、もっと強く光りをまとう想像を続けながら、『波動脚煌はどうきゃっこう』と言いなさい」


 「はどう──なに?」


 「『波動脚煌』よ。波に動くと書いて波動。脚力の脚にきらめくと言う漢字の煌で、『波動脚煌』と言いなさい」


 「……あのさぁ。それ絶対に言わないといけないの?」


 「当たり前でしょ。【精神思念法せいしんしねんほう】の思念を体現化させるには、言霊ことだまが必要なんだから。いくら頭で強く思念しても言霊として発しないと『波動思念』も『呪詛思念じゅそしねん』も体現化されないのよ。解ったなら早く言いなさい」



 マジかよ……。

 嫌だな……、恥ずかしいな……。


 心絵の言ってる意味は全く解らないが、絶対に口に出して言わないといけないみたいだ。

 でも、自分が助かる為だ。ここは恥を忍んで言うしかなさそうだな。


 確か──波動……脚煌だったか。

 それじゃあ、言ってみよう。



 「は、波動……脚煌……」



 ん?

 なにも起こらないぞ?

 クソっ!

 心絵の奴、また僕を揶揄からかっていやがったな。



 「おい! お前の言う通りに、口に出して言っても何も起きないじゃないか」



 僕が怒って心絵に言うと、溜め息混じりに、言い返された。



 「それはアナタが言霊に精神を集中させていなかったからよ」


 「精神を集中って──具体的にどういう意味だ?」


 「アナタが恥ずかしがって、真面目に『波動脚煌』と言わなかったから」


 「じゃあ、真面目に言えば……いいのか?」


 「そうよ」



 あきれたように言う心絵。

 もうしょうがない。

 真面目に言ってやる!



 「──『波動脚煌』ッ!」



 ────熱ッ!

 僕がその言葉を発した瞬間、自分の脚が灼熱しゃくねつの炎で焼かれているような感覚に襲われた。


 その熱さが、僕の脚全体を駆け巡る。

 その場にじっとしていられない程の灼熱感である。


 体を動かしていないと、気が狂いそうだ。

 それに自分の脚を視ると、青白い水蒸気のようなものが出ている。



 「お、おい! これ、もの凄く熱いぞ! 洒落しゃれにならないぐらい!」


 「それが『波動脚煌』よ。熱いのは思念を体現化させた時だけで、すぐに消えるから心配する必要は無いわ。ちなみに、その『波動思念』は走力や速力や脚力、それに跳躍力ちょうやくりょくを向上させる『波動思念』なの。ちょっとその場で垂直跳すいちょくとびしてみなさい」



 心絵に言われるまでも無く、僕はじっとしていられなかったので、直ぐさま垂直跳びをしてみた。


 ──ッ!?


 僕が垂直跳びをすると、軽々と天井のコンクリートまで手が届いた。

 凄い!

 凄い──けれども、着地の時に僕の全体重が脚にかかり、脚がかなり痛いんだが……。



 「あのさぁ心絵。この『波動脚煌』って凄いと思うけど……、垂直跳びして、着地した時に脚がめっちゃ痛いぞ……!」


 「当たり前じゃない。『波動烈堅はどうれっけん』で肉体をはがねのように堅くして脚を守っていないんだから、そのぶんの反動も凄いのよ。世の中は都合よくできてはいないって事ね。ではでは、お後がよろしいようで。ちゃんちゃん」


 「勝手にめるな! ていうか、そんな大事なことは先に言えよ!」


 「だって、アナタにそんな事を言ったら、絶対に実行しないじゃない」


 「それ確信犯じゃねえか! 分かってて黙ってるなんて汚いぞ!」


 「でも結果として、一時的に『波動脚煌』が身に付いたのだから、これで走って逃げられるじゃない。それに私は汚く無いわよ。なぜならアナタが汚い人間だから、汚い人間に汚いと言われれば、マイナスとマイナスを掛けてプラスになる。つまり私は綺麗な人間と言うことね」


 「なんだよそのハチャメチャな考え方は……。何を言ってるのか解らな過ぎて、たとえようが無いぞ」


 「別に無理に何かと喩えようとしなくていいわよ。アナタのそのつたないオツムから煙が出ちゃうから」


 「出させてるのはお前だろ……」



 しかし、これだけ脚が軽くなれば全速力で走って逃げられるぞ。

 まあ、この場合は全力で逃げるから、はしるって方が正しいのかもしれないけれど。


 だがまて、結果的に僕は脚が単純に速くなっただけで、さっき心絵が言ってた肉体を守るすべが無い。


 もしも走っている最中に爆発に巻き込まれたら死ぬぞ。


 嗚呼ああ……、何でこんな大事なことに気がつかなかったんだ……。

 仕方ない、本意では無いが、もう一度だけ心絵に助けを求めるとしよう。



 「あ……、あのさぁ心絵……」


 「なによ?」


 「僕は速く走れるようにはなったけど、爆弾の爆発から身を守る事ができないんだ。だから……、その……」


 「そんな事ぐらい解ってるわよ。大丈夫。爆発や爆風だったら私の『呪風陣じゅふうじん』で守ってあげるから」



 え?

 マジですか?


 良かったぁ……。

 言ってみるもんだな。


 心絵も案外、物わかりがいいじゃないか。



 「その代わり。これも貸しね」



 また貸しかよ……。

 だが死ぬよりかはマシだ。


 僕は何も言わずに、真面目な顔で心絵に対してうなずいた。

 心絵も僕の必死な表情を見て何かを感じたのかは判らないが、真剣な目になっている。



 「それじゃあ行くわよ。いざ、駆け抜けろ九条号くじょうごうよ」



 ────は?

 九条号?


 って、重ッ!


 いつ移動したのかは分からないが、またこいつは、僕の肩の上に立っていた。



 「おい降りろ! それに僕の事を九条号って呼ぶな!」



 僕が心絵に文句を言うと、さもつまらなそうな面持おももちで、僕の肩の上からコンクリートの床に音も無く降りる心絵。


 全く、何考えてんだこいつは。

 シリアスな場面が台無しじゃないか。


 ていうか、脚の力が向上しているから、心絵ぐらいなら支えられると思ったが、よくよく考えると脚以外の肉体はそのままなのだ。


 うーん……、やっぱり本気で運動や筋トレを始めるべきかな……。


 まぁ、そんな事は、この場所から逃げてからゆっくり考えればいい。

 とにかく外に避難しないと。



 「なぁ心絵。本気で僕をここから助けてくれるんだろうな?」


 「助けてあげるわよ。その代わり、アナタは私の後ろを走りなさい。それと、私から離れ過ぎちゃ駄目よ。できるだけ私の近くに居ること。分かった?」


 「分かったけど。何で近くなの?」


 「簡潔かんけつに言うなら、離れ過ぎると、私の『呪風陣』で逆にアナタが吹き飛ばされるからよ」


 「そ、そうなのか。分かった。離れ無いように頑張る」



 よく解らないが、つまり心絵から離れずに走れってことか。

 しかし、逆に僕が吹き飛ばされるって……恐ろしい技だ。



 「さてと、走る準備はできた? もうこれ以上、無駄話しをしていたら、この廃工場の下敷したじきになっちゃうけれど」



 心絵がうながす。

 僕は無言で頷く。


 つーかさぁ、無駄話しをしてたのは、お前だろうがッ!


 なんで急に漫画の主人公みたいに格好つけてんだよ!

 なんか腹が立って来た。



 「よし。行くわよ。私がアナタを守るから、私の後ろを離れずに、ちゃんと走って付いて来るのよ。九条号」



 だから、お前はどこの主人公だ!

 格好つけんなや!


 それと九条号って言うんじゃねえ!

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