第37話 殺人陰陽師にも人情はあるもんだ



 *20



 「逃げられたか。わっぱと思い少々油断してしまったな」



 うーん……。

 灰玄かいげんの速さなら、僕とタルマが最後の会話をしている時に、問答無用でタルマを瞬殺できたと思うが。

 確かにローザと比べれば、タルマは見た目が幼いし、強そうには感じられない。

 まあ実際のところ、僕はタルマに一回殺された訳なのだが……。


 だから、これは灰玄の油断というか、明らかにタルマを雑魚ざこ扱いし、自分の強さに対して過信した結果なのでは無いかと思う。

 こんなことを本人に言ったら、タルマでは無く僕が灰玄に殺されるだろうが。



 「とりあえずだ。この死体の山は見るに耐えられんな。一人一人の墓を作ってやりたい所だが、ここは火葬かそうで勘弁してもらおう」



 言って、灰玄が死体の山の方に歩いて行く。

 しかし分からない。

 『墓を作ってやりたい』等と、灰玄は言ったが。

 こいつは、僕を殺そうとした殺人陰陽師なのに、墓を作るという考えは、慈悲じひの感情がある者の考え方だ。

 だとするなら、こいつは本当は良い奴なのか?

 うーむ。考えれば考えるほどに分からない。


 そもそも、自分のことさえ完璧に理解できない人間が、他人を完璧に理解できる訳なんて無いのは、僕にだって分かる。

 無論──僕だって自分のことが分からなくなる時だって多々あるのだ。

 けれども、それでも、他人を詮索せんさくしてしまうのは、僕に限ったことでは無く、きっと人間の持つさがなのだろう。


 僕が自問自答している間に、見ると灰玄は死体の山の前に立っていた。



 「まだ少し息がある者もいるようだが、これで楽になる。『呪炎壁じゅえんへき』」



 灰玄の発した言葉と同時に、まるで地獄の業火のような炎の火柱ひばしらが、山積みにされた死体たちを取り囲んだ。

 その炎はコンクリートの天井まで舞い上がり、死体たちだけを包み込んだ。


 すでに息絶え死んでいるのに、その死体たちの顔は、心なしか苦痛から解放されたような、安らかな表情に見えた。

 もしかすると、その炎は灰玄の優しさが混じっていたのかもしれない。

 そして、炎は数秒で消えた。


 しかし、普通は人間が焼かれれば、異臭がするものだが、炎で焼かれた死体たちからは、煙も出ていなく異臭もしなかった。

 なぜなら、その炎が消えたと同時に、煙も死体も無く、残されたのは死体たちの大量の灰だけだったからだ。


 あれだけの死体の山を数秒で灰だけにするなんて。

 いったい、どれほどの火力がある炎なのだろう。

 それに不思議なのは、強力な炎のはずなのに、その炎の熱さが僕には伝わって来なかったことである。


 まるで、炎の中で燃える死体たちの周りに、目には見えない、熱を遮断しゃだんする壁でもあるかのようだった。


 ──あれ?

 何か灰玄の体全体が、青白い光りに包まれているぞ。

 目をらさないとちゃんと視えないが、確かに薄く青白い光りに包まれている。

 と言うか──まるでまとっているようだ。

 あの光りはいったい……。



 「さてと。火葬も終わったし。鏡佑きょうすけ、起爆スイッチの道具を渡しなさい」


 「ん、ああ。分かったよ」



 ずっとTシャツの中で死守していた爆弾の起爆スイッチを取り出した。

 死守していた理由は言わずもがな、もしも誤ってスイッチを押してしまったら、僕もろとも廃工場は爆破され死んでしまうからだ。


 灰玄と心絵こころえとは違い、僕は普通の人間だ。

 今しがた、死んだ結果を取り消す能力を持つ『ピース能力者』にはなった、が。


 それはあくまで、能力で死んだ場合であって、爆風に吹き飛ばされて壁に激突し、その衝撃で死んだ場合は能力でのダメージでは無く、純粋に、単純に、ただの物理的ダメージなのだ。

 つまり死んだ結果は取り消されずに──死ぬ。


 その前に一つだけ気になる事は、灰玄の体全体を包んでいる青白い光りだ。

 いったいアレは何だ?



 「何してるのよ鏡佑。さっさと渡しなさいよ」



 その催促さいそくの言葉にうなずき爆弾の起爆スイッチの道具を渡してから、青白い光りについて灰玄にいてみた。



 「所でさ。ちょっと訊きたいんだけど。何で灰玄の体が青白く光ってるの?」


 「──え? 『波動壮丈はどうそうじょう』を体得してないアンタに、アタシの『思念気しねんき』が視えるの?」


 「しねんき? うーん……、よく分からないけど、とにかく灰玄の体が青白い光りに包まれているように視えるけど──なにそれ?」


 「そうねぇ。簡単に説明するなら──自分の肉体の『昇華気孔しょうかきこう』からあふれる精神力の気ってところかしら。【精神思念法せいしんしねんほう】を体現化させると、自分の体が青白い光りに包み込まれるのよ。『思念気』を纏うとも言うけどね。でも何の『波動思念はどうしねん』も体得して無いアンタに視えるなんて。不思議な事もあるものねぇ」



 そう言って首をかしげながら、僕が手渡したトランシーバーのような爆弾を起爆させる遠隔装置を持って。

 灰玄はこの廃工場の地下の機械施設を見渡し、歩きながら爆弾を設置し始めた。

 上の階で全ての爆弾の設置が完了したのかと思ったが、違ったようだ。


 うろうろ歩き回った末に、最後の仕上げと言わんばかりに強化硝子がらすの中にある、大量の人間の死体が巨大プレス機で押し潰されている場所に向かい。

 嫌悪感を混じらせた、威圧にも似た強い眼光で強化硝子の中の、それをにらんでいる。



 「あれで──最後か」



 眉をひそ佇立ちょりつする灰玄の声は、いつも通り毅然きぜんとしていたが。

 声の奥から暗鬱あんうつのような低い響きも同時に感じる。


 そしてゆっくりと、強化硝子の中の巨大プレス機がある場所に入って行く灰玄の背中は、どことなく哀然あいぜんの雰囲気をただよわせていた。

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