第16話 ご令嬢とお薬

 ―――次に生まれてくる時は


    ノッシュ――――


 ―――十代で彼女ができて

    

    ノッシュ――――

   

 ――――――?


(……これって)

 俺は目を開いた。見えるのは見たことがない天井だ。

(また転生……?)

 ということは、俺はあの決闘の後に死んでしまったということか。

(ドバドバ血を流してたもんなぁ……)

 出血多量で失血死してしまったのだろう。


(前世、というか前前世と前世の記憶が混ざっているみたいだな……)

 テシリア嬢が(と俺は思っている)俺の名を呼んでくれた嬉しさがしっかりと残っている。


 それにしても転生したにしては体中からだじゅうが痛い。特に顔が痛い。

 前世の最期は確か地面が迫ってきたように記憶している。顔面を強く打ったのだろう。

(怪我をしたまま転生なんて嫌だぞ)

 俺は痛む腕を動かして顔を触ろうとした。

いてててて……」

 手を動かすだけでもかなり痛い。


 その時、扉が開く音がした。

「こら、まだ動くでない」

 女性の声がして、足音が近づいてきてベッド脇で止まり、声の主が上から俺を見た。

「目が覚めたようだな」

「マリル様……」

 マリルは俺の額に手を当てて、

「ふむ、熱は下がったな」

「あの……」

「なんだ?」

「俺は……死ななかったんですね」

「もちろんだ、だがかなり危なかったのだぞ」

 そう言うマリルの顔は険しかった。

「無茶をしおって」

「はい……すみません」


 マリルはベッド脇の椅子に腰掛けた。

「じきにお主の母親たちも戻って来るだろう」

「戻って?」

「お主はまる二日眠っておったのだ」

「まる二日もですか!?」


 マリルの話によると、ここはダンジョンのそばにできた新しい施設の一室だそうだ。

 離れた所にある治療施設へ動かすのは危険との判断でそうなったらしい。

 そして、俺は全治約三ヶ月の重症だということだ。

 全身の裂傷れっしょう、特に剣が貫通かんつうした左腿は壊死えしの危険も考慮して、慎重に治療しなければいけないらしい。


「それと、顔面だな」

 マリルが言った。

 気を失う直前に地面に倒れ込んだ際に顔面を強打し、鼻がつぶれ、前歯が三本折れてしまった。


「は、鼻が潰れ……」

 俺はそれを聞いて、ゆっくりと顔を手で触った。

(なるほど、包帯ぐるぐる巻きだ……)

 しかし、鼻が潰れたという事実に俺は愕然がくぜんとした。

(ただでさえブサメンなのに、その上鼻まで潰れたりしたら……)

 テシリア嬢は俺の顔を見るのすら嫌になってしまうだろう。


「あの……鼻はもとに戻るんでしょうか?」

 俺が聞くと、

「ある程度は治ると思うが、完全にとなると確証はないな」

 マリルが冷静に分析した。


 そこへ、扉が開き誰かが入ってきた。

 俺は誰が来たのかを見ようと顔を横に向けようとした。

「いててて……」

「だから、まだ動くなと言っておろう」

 マリルに注意された。


 足音はベッドのそばで止まった。俺は視線だけ動かして見た。

(テシリア嬢……!)


「目が覚めたんですね」

 テシリア嬢が静かに言った。

「うむ、やっとな」

「お薬を持ってきました」

「アリナ特製だな」

「はい」


「え、アリナ様の……?」

 俺は二日酔いの時に飲んだ薬を思い出した。

「えっと……」

「なに?お母様が作ってくれたお薬が飲めないって言うの?」

 テシリア嬢が冷ややかに言った。

「と、とんでもないです!」

 俺は慌てて否定した。


「ははは、アリナの薬はよく効くが、味が独特だからな」

 マリルはそう言いながら、テシリア嬢が持ってきたカップを手に取った。

「ほれ、私が薬を持っているから、この子を起こしてやれ」

「「え?」」

 マリルの言葉に俺とテシリア嬢の声がシンクロした。


(て、テシリア嬢が俺を?まじで!?)

「ほれ」

 と、マリルが促す。

 テシリア嬢の表情は見えないが、きっと嫌な顔をしているのだろう。

「す、すみません……」

 俺が謝ると、

「……いいのよ、別に」

 テシリア嬢が静かに答えた。


 そして、テシリア嬢はベッドの上にかがみ込んで、俺の体の下に腕を差し入れた。

 自然、この体勢だとテシリア嬢の頬が目の前にくる。

(か、顔が、テシリア嬢の顔がすごく近いっ!)

 しかも、

(すごくいい匂い!)

 思わずその香りにうっとりしそうになった。


(いやいやだめだろ俺!陰キャブサメンだけならまだしもそこに変態が加わったらおしまいだ人生の終わりまでテシリア嬢に軽蔑され続けてしまう我慢我慢だぁーー!)

 と、瞬間的に思考を巡らせて俺は必死に息を止めた。

 だが、息を止めていてもテシリア嬢のぬくもりは腕から伝わってくる。

(ずっとこのままでいたい……)

 けれど息を止めているのには限界がある。


 などと、俺が心中で勝手にせめぎ合っているうちに、テシリア嬢が上半身を起こしてくれた。

(ぷはぁあーー……) 

 俺はゆっくりと溜めていた息を吐き出した。


 テシリア嬢はマリルからカップを受け取ると、ベッドの脇に腰掛けて俺の肩に腕を廻した。

 テシリア嬢の仄かな花のような香りと、腕の温もりが感じられて、もはや俺は昇天寸前だ。


「さあ、飲んで」

 テシリア嬢はカップを俺の口元に当てて言った。

「……」

 俺は無言で頷いて、口を開いた。

 テシリア嬢が少しずつ薬を飲ませてくれる。


(俺もう今死んでも悔いないかも……)

 なんて思ってしまいそうになるくらいの幸福感だ。


 だが一瞬後、

(!!!)

 もちろん予想していたが、それ以上の衝撃が俺の舌と喉を襲った。

「ぐっ……!」

(耐えろ、耐えるんだぁあーー!)

 ここで声を上げたりしたら、テシリア嬢の好意を台無しにしてしまう。そして、今後の俺の人生では二度と訪れることがないかもしれないこの幸福感をぶち壊してしまう。


 そして、ついに俺は成し遂げた。


(やった、やったぞぉおおーー!)


 テシリア嬢が飲ませてくれた、アリナ様特製の薬を全部飲み干したのだ。


「はい、じゃあもう一杯ね」

「え!?」

 テシリア嬢の言葉に俺は耳を疑った。

「あなたは瀕死の重傷だったんだから、一杯じゃ足りないの」

 そう言うテシリア嬢の表情には、どこか楽しんているような気配が感じられた。


「はい……」

 俺は覚悟を決めた。

 だが、さすがに二度目を耐え抜くことは不可能だった……。


「ぐぁあああーーーー!」


 俺がうめき声を上げながら横目で見たテシリア嬢の顔は、とても満足げだった。

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