魔法学園、休学のシエルと魔法書庫のトリオンは並んで歩く ②

 魔法学園で教わる事はこれ以上ないと休学届けを叩きつけた。

 とりあえず一通り遺跡やダンジョンでも巡ってみようと名門ヴァーテクス魔法学園の制服を着た少年は初めの第一歩を踏み出した。

 材料採集に、魔物討伐の訓練に、幾度となく様々な時代の人が挑戦した“封印の祠“と呼ばれたダンジョンの中をシエルは歩いている。勇者と共に旅をしたエンシェントエルフが封印されていたからここは“封印の祠“と呼ばれていたらしい。もうここには何も封印されていないのにその名前は今だに受け継がれている。


「ここに来るのは、学校の課外学習を合わせて三回目かな? 勇者様の旅の始まりもこのダンジョンだったとか」

 

 もはや魔法学園の学習程度でしか扱われ無くなって等しい“封印の祠“他の使い道は大人達が言う事を聞かない小さい子供をここに連れて行くぞ! と多方面の教育に使われてる程度だろう。

 シエルもこんな場所に用があったわけじゃない。初心を忘れないようにこのダンジョン内を散歩して本当の旅の出発にするつもりでやってきて、やっぱりどこかこのダンジョンを舐めていた。

 

「あっ、やっちゃった……」

 

 適当に散策したのが問題だった。まだ発動していないトラップを踏んでしまった。

 

「うわー、マジかー遺物も罠も全て調べ尽くされていたと思っていたけど、幸先いいなぁ。落ちた先に何か面白い物があるかもしれない! ストラグル・スレット!」

 

 足元が崩れ落ちる。地面に激突する前に壁に張り付く魔法をシエルは放った。そして取り着いた壁は明らかに材質が土や石じゃない。

 コンコンと叩いてみると、それは金属。暗くても見える程度にそれは扉だった。錆びて開かないかなと力一杯引っ張ったシエルに言葉が聞こえた。

 

『汝、欲する者か?』

 

「何これ? 魔法封印の類かな? 欲するか、欲さないかと言えば、僕はどちらかと言えば欲する方だと思うよ。何をくれるのさ?」


『魔法書庫』

 

 こんな場所に魔法書庫があるのかとシエルは胸が高鳴る。


「旅やめないとダメじゃん」

 

 もし本当に隠された魔法書庫があれば、シエルはここで思う存分魔導書を読み、授業免除期間一杯までここで過ごそうかと思った。

 壁にあった隠し扉の先は、誰かの手によって作られた回廊だった。シエルが歩くごとに光が灯っていく。

 並大抵の魔導士の作った仕組みじゃない。

 封印されていたエンシェントエルフの術式だろうか?

 だとすればエルフの魔導書が読めるかもしれないと珍しく緊張した。

 最深部は広いらしい。このダンジョンにこんな場所が隠されているのに誰も見つけられなかったのかとシエルは思う。

 

「あれ? 魔法書庫なんてないじゃん」

 

 何者かの手で作られた柱状の何か、そしてそこにもたれかかり目を瞑る女性。

 

「おーい、もしもーし?」

 

 まず、人ではないそれを前に物おじせずにシエルは話しかけてみた。非の打ち所がない美女が眠ったように目を瞑り座っている。

 黄金の長い髪、陶器のように綺麗な白い肌。どこの人種にも属さない美しい顔立ち、この人物は一体誰か?

 エルフの面影もなく、限りなく人に近い姿をしているが、これが誰かによって作られた物であるとシエルは気づいた。

 あまりにも精巧で、人間かとシエルも一瞬間違えたくらいた。

 

「多分、ゴーレムかな? にしては何で出来てんだ?」

 

 シエルはゆっくりとこの人物の頬に触れてみた。

 

「柔らかくて、少し暖かい。停止はしてないのか」

 

 息をしていない、生物特有の魔力ではない魔力を感じる。

 シエルは他にもいくつか、彼女が人間でない証拠をあげる事ができるが、並の魔導士であれば気づかない微細な違い。


「魔物にしてもえらく綺麗だな」

「再起動します」

 

 あっ! 喋った! というのがシエルの素直な感想。

 

「やぁ、初めまして。僕は目下“封印の祠“で迷子中のシエルだよ。トラップにハマって脱出しようとしたところ、君の寝てるここに辿り着いたんだ」

「人間の子供? 始末しますか?」

「待って待って! 君はキラーマシーンか何かなの? 奇跡的にも言葉が通じるんだ。穏やかに行こう」

 

 そう言って落ち着かせようとするシエル。しかし、人ならざる女性はシエルの首を掴んで海色の瞳でシエルを睨んだ。

 

「運が悪い人間ですね。私は魔王様の指示で魔法を集めている無限の魔法書庫レコードホルダー。トリオン・エクス・マギアです」

 

 中々の握力、振り解く事はできそうにない。そしてシエルも命の危険を少しばかり感じていた。

 このトリオンと名乗る雌型の魔物は魔王様と言った。

 要するに、今より高度な魔導士がいた時代、魔法全盛期と呼ばれた時代の産物。

 それにシエルは興味を持つとトリオンに目掛けて魔法を放った。

 

 

 無詠唱の攻撃魔法、ファイアーボール。

 

「凄いな。避けるんだ」

 

 シエルは倒せるとは微塵も思ってはいなかった。

 しかし、回避されるとも微塵も思っていなかった。

 魔王がいた頃に作られた存在であればファイアーボールを無詠唱で放つなんて知らないと思ったのだが、それでも反応されてしまった。

 要するに、トリオンはシエルの理解の範疇を超えた魔物という事だろう。


「やべ」

 

 シエルはここから逃げ出す方法を考えるも退路はない。

 今まで覚えて来た魔法でどうにかできそうにもない。要するに完全に詰み、これが魔法全盛期の魔物かとシエルは顔がニヤける。

 さて、自分はどんな凶悪な魔法で処されるのだろうか、どうせなら二千年前の伝説級の魔法を死ぬ前に拝めれば御の字かな? とか完全にシエルは生き残る事を諦めた。


「貴方、何者ですか?」

 

 おや? 思っていた展開と少し違うぞとシエルは冷静に状況確認。

 察するに、無詠唱ファイアーボールにトリオンは驚いているのだ。

 

「何者とは?」

 

 ここでの会話をしくじればトリオンからの報復の魔法攻撃を受けて、一貫の終わり。言葉は選び、興味を持たせる。

 シエルはここで魔法のケインをカランと落とした。それにトリオンは目を白黒させる。

 

「何故、魔法のケインを? 相当な魔導士とお見受けしますが」

 

 トリオンはシエルの事はかなりの使い手だと勘違いしている。

 

「僕は魔法学園の学生だよ」

 

 二千年前には魔法学園という施設はないハズだ。なのにシエルはあえてそう答えた。もし、目の前のトリオン。二千年前の魔物がポンコツではなく理解力があるのであれば、意味を理解してくれるハズ。

 逆に意味を理解できずに、襲いかかってくるのであれば自分はここで死に、このトリオンは外の世界で災害級の問題を起こして、いずれ討伐されるだろう。

 

「魔法学園? 学生というと、学士の事ですか? 魔法を教えてる集団がいるという事ですか? 魔法兵団ではなく? 何の為に? 我々魔王様達と戦う為の研究施設でもあるのですか?」

「ううん、子供を同い年順に纏めて単純に魔法を研究し学ぶ集団だよ」

 

 シエルの時代の人間であれば息を吸う程度に誰でも知っているそんな魔法学園というワードをいまいちトリオンは理解していない。


「はい? なんのメリットがあって? 相手を殺す為の魔法を私達も人間も生み出しているというのに?」

「まぁ、君の活躍した時代から今、二千年後だからね」

「はい? 確かに私はしばらくスリープしていたみたいですが、貴方。それはあまりにも馬鹿げていますよ? 二千年後だなんて、プッ!」

 

 おや? この魔物、吹き出したぞとシエルは思う。

 

「いや、マジだから。今の時代無詠唱ファイアーボールとか普通だから」

 

 そう言ってシエルは無詠唱ファイアーボールをみせる。

 

「マジですか?」

「マジもマジ。無詠唱ファーボールは人類の叡智だと僕は思ってるよ」

 

 トリオンはシエルの話に食いついた。

 そして、食いついた事で、間違いなくトリオンがシエルに聞いてくる質問をどう答えるべきか既に考えていた。

 

「……では魔王様と勇者の戦いはどうなりました?」

「君の想像通りだよ」

 

 シエルの表情を見て、トリオンは下唇を噛んだ。

 

「嘘だ!」

 

 魔王は敗れ、勇者が、人類が長きに渡る戦いに勝利した。

 

「魔王が勇者様に討たれたかは僕も知らないよ。なんせ二千年前の話だもん。だけど、戦争の時代は終わった。そこに魔王はいない」

「私がそれを信じるとでも思っているのですか? 何か、高度な心理戦?」


 信じようとしないトリオン。

 

「だったらさ、僕と一緒に外に行かない? 君の生まれた時代から時が経っている事が嫌でも分かるよ。君の知らない多くの物があるし、君の時代に存在した多くの魔法が失われた世界がそこに広がっていると思う」

「外に出た瞬間、大勢の魔導士で私を破壊するかもしれません」

「なら、僕に君が呪いでもかければいい。この“封印の祠“から出るまで僕は君に抵抗できない状態でいるよ。どうかな?」

「……」

 

 トリオンは今、長考している。


「さぁ、僕と一緒に行こうよ。トリオン」

 

 そう言ってシエルはトリオンに手を差し伸べた。

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