030:3つの小言、一つの現実逃避

 成功を祝う固い握手をアランと交わした所、どういう訳か、急にやってきたグレースに手を掴まれ連行された。アランをその場に置き去りにしたまま。

 

 連行先は語るまでもないだろうが、ヴラドの御元である。


 あの時と違って石牢でも観客席でもなく、瀟洒な客間にヴラドはいた。

 当人も軍服ではなく、実に貴族らしいリース付きの衣装を身に纏っていた。とはいえ、その瞳の冷たさばかりは隠しきれていない。


「あの舞台装置は何のつもりだ?」


 部屋に入るなり、ヴラドはそう問い掛けてきた。


「いえ、単なる出し物の一貫ですが…」


 ヴラドの目が更に細くなる。


「冗談は嫌いじゃないが、いつだって時間の方が重要だ。理解できるな?」


 言い返す余地はなく、僕は肩を竦める。


「あの気球のデザインについて仰っているなら、あれのモチーフは隊長殿のご想像通りですよ。脅迫状の紋章をもじったものですとも」


「私が聞いているのは『意図』だ。事象じゃない」


「分かってますよ。あれの意図は主に二つです。一つはブラフで、もう一つは誇大広告です」


 グレースが口を挟む。


「具体的に言え」


「だから、ブラフですよ。あの脅迫状の送り主への当て付けであり、あれの存在を知っている教国側の人間がどういう反応を見せるか気になったからです。一介の大道芸人がどうやってその存在を知り得たのか、それが単なる偶然からの一致なのか、知り得るために何かしらの行動を起こすと考えたのです。あなた方が公演が終わるなり、僕を此処に連行したように」


 僕は一度大きく息をつき、話を継いだ。


「二つ目の誇大広告についてですが、少しだけ名状し難い。連中が仮に教国と帝国の関係改善を止めようと画策し、事を企てているなら事件全体を陳腐化する必要があります。事件の成否に関わらず、この件が露呈すれば両国の世論を悪戯に騒がせる可能性がある。それなら、全てを狂言としてタチの悪い冗談に見せかけた方がマシでしょう」


僕の容量の得ない話をグレースが渡った。


「カバーストーリーでも作るつもりか?」


「そう、その通りです。連中が市井に真実を伝えるなら、こっちはその数倍デカい声で全ては冗談であると言いふらせば良い。その為の布石です。僕が道化になればよろしい」


 ヴラドが笑う。


「帝国憲兵、教国工作員を手玉に取る悪徳道化師といった風にか?スケープゴートにされるのを自ら望むと?」


「有り体に言えば、そうです。例え悪名でも名声には変わりありませんよ。どう使うかはあなた方にお任せします。好きにやれとのことでしたので、お互いにそうしましょう」


「殊勝な心がけだな」


  ヴラドの冷たいその声を背に、僕はその場を後にした。ヴラドとグレースは何かを話し始め、引き止められることはなかった。


                  😄


 午前の部を終えた楽屋の中、僕は置きっぱなしにされた火炎放射器の前に佇むアランへ声を掛けた。


「ごめん、野暮用で呼ばれてしまって。とはいえ、その人からの評判も上場でしたよ」


 アランは火炎放射器から目を逸らさず、僕に聞いた。


「お前は一体、何に関わってるんだ。テリー?」


 核心に迫るような彼の質問を真っ向から受け止めることは僕には出来なかった。


「だから言っただろう?僕達の技術を買ってくれる人に晴れ舞台を用意してもらったって」


「あの二人組はなんだ?軍服を着ていたが…」


 何処で見られたのか分からないが、ヴラドとグレースの存在を彼は知っているようだった。


 それを押し隠すように、話を逸らすように、僕は語気を強めた。


「逆に聞いても良いかい?どうして、気にする必要があるっていうんだ?報酬だって前払いで貰っただろうに」


 アランは視線を外し、僕を真っ直ぐに見据えた。


「碌でもないモノに巻き込まれている様な気がしたからだ。分かるか、この祭りの主催者は皇帝だ。そんな大舞台に売れ初めて間もないお前が出場するというのがどれだけイカれたことかお前自身、よく分かってるだろ?きな臭くない所を探す方が難しい」


「それと同じセリフをついこの間、君の口から聞いたよ、アラン。それでも、今になって再び繰り返すのはどうしてだ。僕の返答も同じだと分かってるだろうに、同じ反応物からは同じ生成物しか生まれない」


 アランは不満げに顔を歪め、その鮮やかな赤髪をクシャりと右手で掻き下ろした。


「いいか、これだけは言わせてもらう。お前は俺の共同研究者だ。何年も行き詰まっていたものを御前が突き動かしてくれた。それに、同僚としても嫌いじゃない。今更、俺の傍から霧散するなんて…」


 僕は最後まで言わせなかった。肩を竦め、楽屋を去った。


 アランが後を追ってきている様な気がしたが、幸運にも、個人楽屋を一歩出れば廊下は酷く混み合っていた。人や器材の合間を縫う様に、僕は簡単に逃げ仰せる事が出来た。後ろを振り返らずに。

 

 それは何故かと人は問うだろう。


 薄情だと責め立てるものもいるかもしれない。だが、そんなものを正確に表現出来る奴なんていやしない。アランをこれ以上巻き込みたく無かっただとか、説明が億劫だったからとか、そんなもんじゃない。

 

 そして、合理性の入る余地もまた無かった。

 

 僕はただ困り果てていたのだ。こんなことを言ってくれる人は前世にはいやしなかったから。


                 😄


 アランと別れて、僕は宮廷大庭の端に置かれた鋳鉄のベンチに腰掛けていた。


 そこは招待された庶民や富裕層向けに解放されており、さまざまな人々が思い思いの昼食をとながら談笑している。

 一方の僕の傍には誰もおらず。パイソン亭で弁当がわりと持たせて貰ったレーズンパンを齧っていた。


 頭上を見上げると、この世界に転生したばかりに見たのと全く同じ空が広がっていた。


 不可思議な二つの衛星が蒼天に白っぽく浮かび、その表面には誰かの歯形みたいな斑が浮かんでいる。遠いところまで流れ着き、えもいわれぬ体験をした。


 そして、それはまだもう少し続くだろう。

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