008:Two days later…①

 それからの二日間について語るべき事はそう多くない。


 というのも、変わった事をした訳ではないからである。


一日目は街を散策し、残り二枚の銀貨を両替する術と生活必需品を揃えられる店を探した。


 本来なら、錬金術師の店などに行くより先に済ませておくべき事だったかもしれない。しかし、話が思いのほか長引いてしまった以上致し方のない事だし、その価値は十二分にあったはずだ。


 ハワードから銀行の場所は予め聞いていたので、迷うということもなく目的地には辿り着くことができた。


 石造の巨大な建物で、誰もが金を預けたくなる様な質実剛健な外装をしていた。

 戸口には革鎧姿の番兵が鉤付きの六尺棒を持って佇み、看板には『ジェファーソン中央銀行』の厳しい文字が打たれていた。


 当然の事だが、見た目が子供である僕が銀行へ入れてもらうのには、また見え透いた嘘を重ねる必要があった。


 曰く、自分は商人の小間使いで、銀貨の両替に寄越された云々。口上の後、僕は小石を詰めた麻袋から一枚の銀貨を取り出して見せた。あたかも大口の太客だという様な顔で、袋の中身は見せずに。

 

 僕のナイロンシャツが絹に見えたのか知らないが、番兵は通してくれた。


 結果として、僕は銀貨を一枚失い銅貨八十枚と青銅貨三十枚を得た。


 麻袋の小石は銀行の趣味の良い庭園に投棄し、代わりに銅貨を詰めた。銀行は小石数百グラム分の得をしたという訳だ。


 その代わりと言っては何だが、庭で休憩を取っていた銀行員からこの世界の金融について見聞を得た。


 彼の話では、この世界の銀行は金貸しと株屋の合の子の個人事業という感じである。

 国家が運営しているというよりは、造幣と収税を評議会が担い、その他の業務を下請けの豪商へ委託しているというべきだろう。


 自由というには余りにも自由すぎる市場主義の様なきらいがあるが、現状は随分と上手く回っているのが街の活気から良くわかった。


 少なくとも、良からぬ泡が弾けたりしなければ、暫くは安泰なのかもしれない。

 

 それから服屋を訪れた。

 亜麻製のコート、シャツとワークパンツを二枚ずつ。ブライズと呼ばれる綿製の下着を三着、計銅貨六枚で購入した。


ブライズは腰と太ももで紐で固定するズボンのような下着だ。正直、履き心地は良くなさそうだが、綿製であるだけマシである。


 それに、御涙頂戴話を使って値切りに値切った結果の取引だ。手持ちが少ないわけではなかったが、今のところ収入の見込みはあまり無い。


 節制こそが美徳に思われた。


 パイソン亭へ衣類と貨幣の殆どを置き、近所の雑貨屋で石鹸と剃刀を買った。

 剃刀はナイフと遜色ない程に大振りだったが、石鹸の方はオリーブ油と生石灰製の満足いく品質だった。こちらは銅貨一枚と青銅貨一枚である。


 因みに、値切りは上手くいかなかった。


 というのも、石鹸の製法について問い掛けたり、べらべらと語っているとかなり煙たがられてしまったからだ。


 前世でホームセンターにやってくるクリーニング業者が楽し気に教えてくれた話なのだが、好みではなかったようだ。


 そして、一日目は終わり爆睡した。徹夜明けに一日中、ショッピングに明け暮れたのだから当然の話だった。


                  😄


 二日目。目を覚ましたのは昼時。レモングラスと焼き魚の匂いで目を覚ました。


 食堂の喧騒が聞こえ、天井の図太い木の梁と煉瓦の壁によって自分自身が異世界に来たという事を自覚した。


 新しい亜麻のシャツを着て、一階へと向かう。


 人は多く、ハワードは忙しそうにしていた。


 そして、彼の背後に見掛けたことのない利発そうな少年の姿が見えた。


 髪は茶色がかった金色で、背丈は160後半。顔には薄らと雀斑が散っている。シャツの上にエプロンを掛け、袖を捲り、沸った鍋の前に立つ姿はまさしく料亭の料理人という風体だ。


 その一方で、細められた彼の眼は何処か学者然とした理智の閃きが覗いている。

 

 僕は何食わぬ顔で、偶々空いていたカウンター席へ座り料理を注文した。


 ハワードは忙しさから僕の事に気付いておらず、その対応は他の客と同様、料理を聞き、代金を受け取るだけという単純なものだった。


 何食わぬ顔で僕は青銅貨を三枚渡し、ボラの塩レモン蒸しと麦芽ジュース、ライ麦パンを注文した。


 此処でいうボラはあくまで現世のそれと酷似した魚であるというだけであり、実際は別の品種だろう。


 まあ、何にせよ美味いのに違いはない。腹の中にレモングラスとオリーブの塩漬けが詰め込まれ、ボラの泥臭さを徹底的に打ち消している。


 ボラの白身魚としての純粋な旨みと肉厚なボリュームを堪能できた。おまけの麦芽ジュースは貴重な甘味としても、ライ麦パンのお供としても存分に味わえた。

 ファンタジー味の薄い料理かもしれないが。僕は存分に食事を楽しめた。


 その傍ら、僕は周囲の客の会話に耳を傾けた。


 隣でリブロースを食べる二人組の会話。


「景気はどうだ?樟脳は売れてるか?」


「ああ勿論。隣町で病が流行ったらしいから医師の連中が死に物狂いで掻き集めてるよ。値を釣り上げるべきか悩んだが、止めたね」


「お前らしくもない、ずいぶんと無欲だな」


「憲兵の連中が商工会に乗り込んで来てな。樟脳やら薬草やらの台帳を根こそぎ写した挙句、こっちが出し渋る事がないよう、かなり強く言い含められた。正直、花代集めをやってるチンピラどもの百倍おっかなかったさ」


「そいつはばかりはどうしようもない。連中は、評議会とも市政とも切り離されてるからなぁ。かなり小回りが効くし、手も早い。おまけに、長官はあの首吊りヴラドだ。天井の梁に吊るされなかっただけマシだろうな」


「全くおっかない話だ。第八次ティビ・イェン紛争の時、あいつがどれだけの人間を殺したのか知ってるか?」


「敵味方問わず、軍事裁判やらKIAを含むなら、何百、何千か?」


「違うね。正解は『十分に殺してない』だ」


 悪趣味な会話。タチの悪い冗談。酒場のハッピーセット。

 しかし、何事にも得るものがある。あとでアランやハワードに聞いてみる話が出来たとでも思う事にしよう。


 かなり繊細な類の話題かもしれないが。


                 😄



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