第2章 05 邂逅

「お母、さま?」

「うん」

「あぁ、すげぇな」


 自分でも、何が何だか分からないまま相槌を打った。ちょっと理解が追い付かない。

 しかしながらチョウは、俺の投げやりな”すげぇな”に、過去一番の笑顔を見せ、”蔵”の方へ走って行った。そうなった後も、未だに思考が追い付かない。


「どうされましたかな?」

「わ! ……って、あぁ村長さん……どうも」

「どうも。”ナガヨンバリ”は儀式を致しませぬ故、準備もありませぬぞ」

「あ、そうなんすか。分かりました」

「いやはやお伝えが遅れ、誠に申し訳ない」

「あぁいえいえ、では、今日はゆっくりさせて頂きます!」


 そうしてそそくさと、俺はテントに戻った。儀式の話は、どのみち深入り出来ない。



「な、なぁ……メアぁ……なんで怒ってんだよ?」

「ふんだ! そういう事聞いちゃうような人だから怒ってるんです~」

「えぇ……」


 怒らせる要素……思い浮かぶのはやはり人違いをした事か? まぁあれは失礼でしょうけども……そんな表に出さなくても……。


 はぁ今日はゆっくり寝れるって思ってたのにさぁ……。


「あれ? 冴根さん?」

「うぇ? あぁごめん、ちょっと、流石に眠くて……」

「う~ん……気持ちは分かります。ですが、今日だけは我慢してください!」

「えぇ~……」

「ある方と待ち合わせしてるんです」

「ある方……」


 誰だろう。村の誰か? そんなわざわざ時間作ってまで会う人……? ていうか村の人は皆、この時間を見計らって寝てるんじゃなかったっけ?


「もうすぐ来てくれると思うんですけど……」

「なぁ、それまで寝てて良いか?」

「え~……」

「えぇ~……」


 そんなこんな、くだらない事をしてるから、俺はとうとう寝落ちした。寝落ちは、この世で一番気持ちの良い行為だ。特に徹夜明けの寝落ちは格別。脳汁で溺れるかと思った。


 さて、それから少し経った時の事だ。


「これ、起きるでござる」


「ん? んん?」


 何か、ゴツイ手のひらで頬をポンポンと叩かれた。表皮はザラザラとして、まさに豪傑の手のひらだ。

 まだ眠いのになぁ。そんな風な考えをしながら、何とか薄ら瞼を開けた。


「ん? おに? 夢か?」


 テントの暗闇の中、真っ白な鬼のような豪傑を目線に捉えた。ぼんやりと発光している様で、光るモヤに身を包まれているようだ。

 光る鬼だなんて、やはり夢か?


「時間が無いでござる」


 時間が無い? 現代社会じゃあるまい。こんなジャングルでまで、人間の身勝手な尺度に追われちゃあお終いだ。

 そんな偏屈に構えていると、遂に頬を強めに引っぱたかれた。俺の身体は跳ね上がる。いてぇ……。


「あわわ! 御柳さん! ダメですよ!」

「わーはっはっは! 失敬失敬!」


「いてぇ……あれ? 痛い、だと? 夢じゃない? 夢じゃない??」

「しーっ! 御柳さんも冴根さんも! しーっ!」


「ちょ、ちょっと待って? 状況が飲み込めない? ん?」

「いやはや、先程は無礼仕ったでござる! 拙者、てっきり死んでいるものとばかり! わーはっはっは!」


「いや~ほんとに、俺も死んだと思いました……つーか、えー!! 鬼だー!!」


「こーらー! おっきい声ダメ!! 皆が起きちゃいますから! 静かにしてください!!」



「ゴホン! 拙者、姓は御柳、名は篤丸と申す。以後、お見知りおきを」

「あ、冴根仁兎っす……よろしくお願いします」


 鬼面の巨漢、ござる口調で着物を羽織り、そして名前は御柳篤丸……。まんま和の文化圏。それだけで不思議と馴染めそうだ、なんて安直に考えている自分がいた。


「てか、御柳さんと会うのって、初めてじゃないっすよね?」

「え? そうなんですか?」

「いかにも。たしか、これまでに二度」


「ん? あれ? 二回も会いましたっけ?」

「森の中と、あれは……何か屋敷の上?」


「屋敷?」

「木の板が敷き詰められた巨大要塞にござった」

「あぁ、ハコブネかな? 森の中で会ったのは覚えてるけど…………ん? ていうか、御柳さん、ハコブネの事なんで知ってんすか?」


「御柳さんはハコブネの乗組員ですよ? 一緒にお世話もしたじゃないですか~」

「え? あ、あぁ……確かに”英雄室”に御柳さんみたいなの寝てた気が…………あ! そうだ! 俺、船の上でアンタに追いかけられたんだ!」

「わーはっはっは! いやはや、あの節はすまなかったでござる! 慣れぬ環境に戸惑っておってな!」


 全部思い出したぞ……コイツは確かに”英雄室”という名の寝室で寝てた豪傑の片割れ……英雄室にあの獣人娘を送り届けた時に突然目覚め……あろうことか小心者の俺を追いかけ回して来たんだ……!


「そのせいで俺は甲板に追いやられて……そんで放り出されて……じゃあ、アンタも?」

「いかにも! 拙者、こう見えてうっかり者でござる」

「あぁそうなんだ……へぇ」


 この鬼さんの事を、堅っ苦しく”御柳さん”っていうのも、なんか違う気がしちゃうな。もういっその事”篤さん”とか、気軽な感じで呼んじゃお。


「……えっと、それで、二回目は森の中でしたよね? 篤さん」

「む? 篤さん?」

「あ…………すいません」

「わーはっはっは! 構わんでござるよ! そうであったな~あの時は確か~……」


 ちょっとドキッてした……ふー、あだ名許容してくれるタイプの鬼さんで良かったぁ。


「森でって、もしかして、私が冴根さんを探してってお願いした時ですか?」

「おぉそうでござる、そうでござる! あの時は後少しの所で雨に降られてしまって、集中を乱してしまったでござる! これまたうっかり! わーっはっはっは!」

「じゃあ、あん時は大人しくしてて良かったのか。なぁんだ」


「実はですね。私をここに届けてくれたのも御柳さんなんです」

「へぇ~、メアも投げ出されたのか?」

「うん……外見ちゃお~って思って……」

「あぁあ……」


「も~! その話は良くって……ともかく御柳さんが居なかったら、私一人ぼっちだったんですよ……」

「人探しなど容易いでござる。何より二人の命がこうして導かれた事、幸福にござる」

「そうっすね……あぁ、じゃあ、篤さんもココの村の人たちと仲いいんすか?」


「いいや、まったく!」


「え」


「そもそも拙者、顔も合わせておらぬ!」

「な、何で?」

「皆は拙者を怖がる。それは自然の道理。拙者はこの村に居れんのも自然の道理……では、もしお二人が拙者の仲間だと分かれば、ココの村人はどう動くか」


「え? えっと……」


「ともかく、拙者はハコブネを探して参る故、今しばらくこの村で、何卒平穏に暮らしておいて欲しいでござる」

「はい!」

「お、おっけーっす……」


 化け物差別ねぇ……まぁ俺も初対面ビビりまくった人間だ。どちらも擁護は出来ん。

 しかしながら、篤さんの特技は探し物か? ハコブネ探すって言うけど……まぁかなりデカいし、その気になれば簡単に見つかんのかねぇ……。


「え」


「む?」


「あ」


 その時、俺たちのテントの入り口が開かれた。誰かが、開けた? 少なくとも、俺達ではない。


「チョウくん??」


「か、か、怪物……怪物だー!!」


「これはうっかり……ではお二人、失礼するでござる!」


 そう言って篤さんは光の様に去って行った。



「なんだ? どうした? チョウ」

「か、かかか怪物が……姉ちゃんたちのテントに……」

「なんだと? まさか”ジャーポン”が?? お、お二人はご無事ですか??」


「え? えっとぉ~」

「は、はい! 大丈夫です! あと少しの所でチョウくんが駆けつけてくれて!」

「そうそう! あとちょっとの所でした!」


「そ、そうなのか? チョウ……すごいじゃないか」


 駆けつけてくれた男性はチョウの頭を優しく撫でた。しかしながら、彼は気に入らなかったようで、その手を無視する。そして、俺の方へ突撃してきた。


「わ! お、おいおい、こんな時までなんだよ……」


「う……うぅ」


「え?」


「兄ちゃん……よかったよぉ……こわかったよぉ……う、うぅ」


「……あ、あはは、大丈夫大丈夫……また助けられたな」


 それぎりチョウは泣き続けた。服も体もべとべとだ。どうでもいいか。


「今宵テントでは危険です。皆様”蔵”の方へ。私は皆を起こして参ります」


 ”いや、いいですよ”なんて制止は聞いてもらえる筈もなく、俺たちは言われるがまま蔵へ移動した。

 それにしても、この村はやはり、怪物に対してえらく過敏なんだな。前に女性が発狂してたし。深い”ナガヨンバリ”の闇の中、そんな事を思っていた。

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