第2章 02 再会

 とうとう、夜が完全に明けた。夜の時間が、あんまりにも短かった気がするが……俺にとっては都合がいい。真夜中のジャングルで、大柄の鬼に追い掛け回されるなんて堪ったもんじゃない。


「そういえば”マップ”も直ったなぁ……。何だったんだ?」


 やや集落と逆方向に来てしまったな。急いで引き返……いや、来た道を戻るのは止めようか。あの鬼と、会うかもしれんし。


「にしてもアイツ、どっかで見た気すんだけどなぁ……」


 何時の事だったけな……思い出そうとするけれど、今日まで色々ありすぎて、どうやら脳メモリにはそんな余裕がない。だいたい、鬼なんてアニメだの漫画だので腐る程見た。そん中のキャラと錯覚してるだけだろう。

 それにだ。今は無事に船を見つける事が優先。その為に生き延びるのが最優先。集落に向かおう。



「み、見えた~……」


 目当ての集落が見えた。木々がある程度切り開かれ、そうして更地になった場所に、小さな三角形のテントがポツポツと立っている。想像よりはしょぼ……あぁいや、控えめな集落だな。村の人達、友好的だと良いなぁ。敷居を跨いだ瞬間、矢とか槍とか飛んで来たりしないよな。


 躊躇って、そんな風にぼーっと眺めていると、そこの集落の住人の姿が見えた。姿形は、どうやら人間らしい。


「わぁ~……」


 男性は屈強な肉体。女性は豊満な身体。皆、腰には藁を巻き、端が適当に切られた布を肩から羽織っている。そこから露出する肌は褐色で、顔立ちは彫りが深い。そして皆一様に髪が長いのだ。編み込みで個性的なお洒落さの印象も受ける。


 俺は思わず見惚れた。何だか未知との遭遇というか、興味深いというか……。ていうか、女性陣の肉体に視線が行ってしまう。これじゃあまるで覗きだ。これから恐らくお世話になるのだから、こんな不誠実な事をせず堂々としよう。


 そうして俺はとうとう意を決する。しかしその意気込む心が、忽(たちま)ち妨げられた。


「え? あ、え? アイツ……え、何で?」


 俺の眼に飛び込んできたのは、驚くべき人物だった。

 メアだ。村の住民に紛れて彼女の姿が見える。笑い合って、すっかり打ち解けている様だが……。他人の空似か? いやしかし、体型が彼女だけ明らかに浮いている。発育が停止してしまっている。


「と、ともかく行ってみよう……そうすりゃ分かるや」



「え……? わ! 冴根さん?」


「ど、どうも~……あ、えっとぉ」


 俺の見立てはあっていた。やはり彼女はメアだった。

 しかしながら状況は不味い。村に入ってすぐ、やはり村の方々は瞬く間に警戒態勢になった。懐から折り畳み式の弓矢を取り出し、冷徹に俺へ矢じりの先を向けた。こうなったら、俺は手をあげておくしかない。冷や汗がどっと噴き出す。


「み、みなさん落ち着いてください! 彼は、えっとその……私の、私の……」


「お、俺、メアの知り合いなんです! 道に迷っちまって……んでココに辿り着いて……!」

「そ、そうです! 彼は私の知り合いです!」


 メアと共にワーキャーと叫んで命乞いをした。さてなんと、その情熱は伝わってくれたらしく、村の方々は張り詰めた弦をゆっくりと元に戻すのだ。


「ほっ……」


 そうして、俺はようやく胸を撫でおろせた。そして尻もちをつく。この集落一帯の地面はカラッと乾いていて、尻に嫌な感じはしなかった。


 この時、俺は心底メアに感謝した。彼女が居なければ、俺はハチの巣だった。


 う~ん、ていうか、メアは本当にコミュ力が高いんだな。どうしてこんなに信頼されているのだろうか?

 この村に彼女がやって来て、それ程時間は経ってはいないだろう。だのにそんな短期間で、俺の命を庇えるレベルには、この村からの信用を得ているのだ。ぶっ飛んだコミュ力だ。凄いなぁ。


 そもそも、なんでこの村にメアが居るんだ? 近くに船は無い様だし、メアも投げ出されたのだろうか。そうして彷徨ってココに辿り着いた?

 投げ飛ばされたのは俺だけじゃなかった……となると、メア以外の他の皆も? まぁもしそうだとしても、メアが無事な以上、ネロや翠蓮、船長は無事だろう。



「びしょ濡れですね」

「雨が降って来てさ……ココにも降ったんじゃねぇの?」

「全然ですよ?」


「ん? ……そっか。まぁならいいや」


 局所的な大雨というやつだったか……。じゃあ本当に運が悪かったんだなぁ。それにしてもあの雨、やはり塩水だった気がする。目に染みるし、髪がパサパサになった。酸性雨ならぬ塩性雨というか……。めちゃくちゃ髪に毒なんだろうな。ハゲたりは、しないよね……?


「あの……冴根さん?」


「え? あ、どした?」


「あ、いや、慣れてるんですね」

「ん?」


 そう言ってメアはスタスタと去って行った。何やら作業中の男性陣の手伝いに行ってしまったのだ。なるほど。あぁやって好かれていったんだな。


「はい。終わりましたよ」

「あ、あ~ありがとうございます。てへへ」


 俺は、村の女性に髪を拭いて貰っていて、その至高の時間が今終わってしまった。

 わざわざ良いですよ~、と言ったのに、メアさんの知り合いなら~、と気をまわしてくれたのだ。この村は最高だ。ちょくちょく胸が当たったが、俺は気にしてないフリをした。うまく出来てたかな。


「……サエネさん」

「はいはい。なんでしょうか?」


「あぁいえ、本当にお二人はただのお知り合いで?」

「え? あぁ……話すとややこしいというか……まぁ仲間というか」


「仲間……彼女は、本当にいい子ですよね」

「それはもう、間違いないです」


 女性の発言に、つい食い気味になってしまった。メアが褒められると、無性に嬉しくなってしまった。何となく照れくさい。メアが離れた場所にいてくれて良かった。

 そんな童貞こじらせムーブを察してか、女性はクスッと笑う。何となく照れくさい。



「メアさんはね。この村の近くで気絶した状態で見つかったの。幸い外傷は無かったのだけれど」

「あぁやっぱり……いやぁでもホント無事で良かった……」

「はい。あんなに可愛い女の子、森の中に居たら危ないもの」


「危ない……あぁやっぱ猛獣とか?」


「いいえ。もっと怖いものよ……」


「え」


 女性は忽ち暗い顔をする。もっと怖いもの……思い当たる節がある。


「あ、もしかして、鬼とかっすか?」


 女性はキッとこちらを睨みつけた。思わずハッとする。


「違う!! あれは悪魔よ!! 決して存在してはいけない悪魔!!」


「え、え、えっと……あ」


 物凄い権幕だ。何か不味い事を言ったか? 悪魔とは……? しかし、これではマトモに話が出来ないぞ……。何とか宥めようとするが、それは全て逆効果……。

 そんな様子を見かねてか、村長さんがコチラに寄って来てくれた。やはり彼も神妙な面持ちだ。


「スエさん。少し蔵で休みなさい。それと”地蔵”にもお参りを」

「はぁ……はぁ……畏まりました」


「……だ、大丈夫なんですか? あの人」

「……いつもの事でございます」


 いつもの事って……ちょっとやべぇかもな。



「ここ周辺の森には、”メポラ”が蔓延っております」

「めぽら?」

「ご存知ないでしょうか? 明確な姿形を持たぬ生物でございます」


 明確な形を持たない……? はて、どういう意味だ? 黙って聞いていれば分かるだろうか。


「メポラは恐ろしい……液体の如き流動性と、猛獣の如き狂暴性を併せ持ちまする」

「あぁえっと……”ドロドロ生物”みたいな? 感じぃ……ですかね?」

「まさに、その通りでございます」


 スライム状の猛獣って話なんだろうか? 確かに考えてみるとかなりやべぇな。勝手なイメージだが、きっと打撃も斬撃も効かなそう。

 じゃああん時出くわした鬼も? 本当に俺、命の危機だったんだなぁ。逃げ切れたのは不幸中の幸い。


「でも、そんな危ない森の中で、よく住めてますよね。すっごく平和そうで」

「えぇ……すべてはあの”地蔵”のおかげで御座います」


 老人は、少し遠くにある石の置物の方へすっと手を向けた。地蔵……か。身体部分は無い。頭だけのダルマみたいな形状だ。

 そして先程の女性は、そのダルマ地蔵に向かって土下座の態勢を取っている。土下座の態勢と言うのが正しいか。両腕を背面に回し組んでいる。結構しんどそう……。


「あれが地蔵と……後、あれがお参りですか?」

「はい。我々を護られておられるのです。”地蔵”にメポラは近づけませぬ。”死の雨”も」


「……あの”死の雨”って?」


「……サエネさんは、ここに至るまでに雨を浴びなさったでしょうか?」

「あ、はい」

「何度?」

「一度、です……」


「……ならば良かった。あれはあまり浴びない方が良い」


「な、なるほど……てか、”やべぇ雨”も”やべぇ化け物”もどっかやるって、凄い都合いい……というか、有難い物っすね……村長さんがお創りになった、とか?」


「いえ。先祖様時代の授かり物でございます」

「授かり物……?」


「はい。言い伝えでは御座いますが、”ハコブネ”と言う御神の船から授かった、と」


「え?」

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