本と紅茶と薬草~無くした記憶のその先~

shiguです

第1話「魔女、神力者、精霊」

人間が一人前になるには「親」の力は必要である・・


生まれてすぐ自立するウミガメなどの一部の動物とはわけが違う。


生まれてからいろんな人から愛情を注がれ、面倒をみてくれる・・

なにより、この世の知識を教えてくれる「親」は無条件で必要な存在である。

人間の人格は子供のころの生活によって大きく変わると言われる程だ。


しかし、子供の記憶がなかったときはどうなるか考えたことはある?


それは必然的にその人に人格がないと言えるのだろうか?

なぜか歩き方、食べ方、当たり前な知識は覚えてるのに育ててくれた「親」との記憶だけがない。


てことは、本当は人間は生まれてすぐ自立できるのではないか・・・?


そんな馬鹿馬鹿しいことを考えてるのは経験がある人だけだと思ってる。


そう、私みたいなね・・


私は「クリスティアナ」

親との記憶が全くなかった可哀想な子。


そして、これは・・様々な秘密暴いたことにより「真実」を知り、世界を救う。

とても勇敢な女性の物語である。



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「おい、医者はまだなのか!」


全ての始まりは・・・日食の夜に起きた事件。


城内は騎士やメイドの慌ただしい足音でいつも以上に落ち着きがなく、その焦りが

なにも知らない人まで緊張を覚えてしまう程だった。


「国内の医師、薬師をかき集めてまいりました!!」

「なお、念のため教会からの神官も数名も呼んでまいりました!!」


暑苦しいそうな制服を身にまとう騎士は、眉間に皺を寄せる長髪の男に敬礼をし

彼の返事を待っていた。


「ご苦労、陛下を診ている時はしっかりと見張っとけ。何が起こるかわからんからな。」

「 「はっ!」 」


彼の指示によって二人の騎士は背筋を伸ばし、再び敬礼し直した。


モノクルをつけ、書類に目を通してはため息をつく。それを繰り返す姿を見た騎士はごくりと息をのむほど彼から威圧感を感じているのだった。


今彼らの目の前に立ちはだかる事件は「アリアス王国」にとって、前代未聞の事件であり、すぐにでも解決せねばこの国は滅びかねない。


彼はそのことを恐れ、必死に解決策を考えている。


「はぁー・・・」

「書記官様~眉間に皺寄せてると老けるぞ~。」

「・・遅いぞ。レオンハルト。」


書斎に入ってきたのは立派な鎧を身に着け、腰に剣を差す赤毛の大柄の男

「レオンハルト」だった。


レオンハルトの顔をみた騎士は「団長!?」と声をあげ、途端に敬礼し直す。

それに対し、レオンハルトは余裕のある笑みを浮かび「少し下がって貰えるか?」と一言声をかけると二人の騎士は書斎をあとにした。


「・・陛下の様子は?」

「悪化している。今日か明日にでも解毒薬をみつけないと陛下は・・・・」


アリアス王国を襲った前代未聞の事件。


それは「国王毒殺未遂事件」


前日の夕方、書記官である「クラウディウス」は数名の公爵と国王陛下と一緒に会談を開いていた。会談を行った部屋には騎士団団長「レオンハルト」書記官の「クラウディウス」とアリアス王国では名高い公爵が三名。

会議の途中から入ってきたメイドが運んできたワインに毒が入っていて、その事に気づかず国王はそれを飲んでしまった。いま、その毒が国王の体を蝕んでいる。


「メイドの仕業だと考えるのが打倒だが・・・」


国王がワインを飲む前、毒味役としてレオンハルトがその場で飲んで見せたが

みての通り、レオンハルトにはなんの影響もなくピンピンしている。


「・・俺が飲んでいれば・・こんな事にはー」

「やめろ、もう過ぎたことだ。今は解毒薬を探すことが最優先。何か情報は?」


自分の弱音に対してクラウディウスが返した言葉で目を覚ましたのか、集めてきた情報を報告する。その内容がにわかにも信じがたいものだった。


「西の森に住む魔女・・だと?」


冗談のつもりか?とレオンハルトを睨んで見せるが、彼の顔は嘘を言っている感じはなく、焦りも迷いもない瞳だった。


「国内の医師、薬師では解毒薬を作れてないんだろ?最終手段だよ。」

「そんな本当かどうかも分からない話を・・クソッ」


そんな者にまで手を借りないといけない程切羽詰まっている状況だから仕方ない・・という気持ちと同時に自分の無力さを実感し悔しい気持ちのほうが強かった。


”西の森に住む魔女”

その話は王都にも流れてくる程有名な話だった。


魔物で溢れかえる西の森は一半市民の立ち入りを禁止しているがそんな中・・


西の森の奥には百年以上生きてきた老婆、薬学や医学に詳しい「魔女」がいると噂されている。

その魔女はどんな願いも必ず叶えてくれる。金が欲しい、病を直す薬が欲しい、人を殺してほしい・・どんなものもだ。


しかし・・それ相当の物で支払わなければ呪われる話もある。


”目に目を、歯には歯を・・命には命を・・”

いわば等価交換というものだ。


この世界には「神力」も存在するぐらいだ。呪いとか魔女とかいてもおかしくない。それと同時に本当に呪いを知る魔女がいるなら・・なおさらそのままにしておけない・・


まさか、その狙いもかねてこの話をしてるのか?


「魔女の調査と同時に解毒薬の当てにもある・・一石二鳥か・・」

「ああ。悪い話ではないだろ?」


噂が本当なら呪いを知る魔女の手を借りるのはあまりにも危険すぎる。


しかし、なにもしないでいると陛下は明日中にはもう・・・

再び己の無力さに嫌気が差し、思わず手にした書類を握りしめ決心する。


「信頼に足る強い騎士を数名集めろ!西の森の捜索を許可する!!」

「・・はっ!!」


レオンハルトはその場をかけ足で去ろうとした時、クラウディウスに呼び止められた。


「あと、”彼”も連れてきてやれ。西の森は魔物で溢れている、必ず力になるはずだ。」

「・・・了解。」


なにか言いたそうな顔をしていたがそれをぐっと堪え急いでその場を去った。


「猫の手も借りたいじゃなく・・・魔女の手も借りたいかぁ・・」


頼むから急いでくれ、この国のために・・クラウディウスはそう願うばかりだった。




-------------



4年後・・・・



富、権力、民を思う心優しい国王。

活気で溢れているこの立派な国は”アリアス王国”。


四つの国で分けられたこの大陸のうちのひとつである。

風が日に日に冷たくなり、枯れ葉が増えるこの季節”秋”は

大イベントでもある「収穫祭」が近づこうとしている証だった。人々は各々の準備に忙しくいつも以上に賑わっている。


そんななか、アリアス王国で一番危険な森”西の森”に最も近い村”アスタ村”は別の事でことで賑わっていた。


「西の森に住む魔女。」


薬学と医学に秀でていてどんな願いでも叶えてくれる代わりに相当の代価を求める魔女。その代価が願いと合わなかった時は呪われるらしい。


うわさによると、魔物で溢れている西の森に住むことが出来ているのはその森の魔物を従えているからとか。魔物をつくっているのはその魔女本人だとか。


ひどい話だと西の森の魔女の正体は百年生きてきた老婆。

他の所では百年生きてきた割には外見は若く、一目見るだけで惚れてしまう程の美人。

噂が噂を呼び、どれが本当で嘘か検討をつくことはできない。


しかし、わかる事はただ一つ。


数年前の「国王毒殺未遂事件」で使われていた毒は国内の医師などでは解毒薬を見つける事が出来ず、だめもとで西の森の魔女の所に行き、詳しいことはわかってないが魔女から解毒薬を貰うことに成功。おかげで陛下は生きている。


それでわかることは一つ。西の森の魔女は存在している。


しかし数年たった今でも謎なのは、結局魔女の姿はどんなものだったのか。

そして、噂が本当なら支払った代価は・・・?


「いやねぇ・・数年たった今でも噂は絶えないわよね・・」

「当時捜索に参加していたあの公爵いたじゃない?」


噂で溢れ、いえば情報の山であるこのアスタ村の商店街。

今日も買い物に来た夫人はかごを抱え、行きつけの店に行き、お買い物ついでにお得意の噂話をしている。今日も魔女の話で持ち切りだ。


「残酷で冷徹なヴィクトル公爵のこと?」

「そうそう、噂では解毒薬と引き換えにヴィクトル公爵は魔女に魂を売ったんですって。」

「ええ??でも・・・ありえる話だわ、その日以来更に残酷になったとか--」「ごきげんよう。朝からそこわーい顔していますが、またお得意の噂話ですか?」


我慢できず彼女らの話に割って入ってしまった。

二人は私をみるなり、眉間に皺をよせ睨んでくる。怖い顔が更に怖い。


「またあんたかい?とっとと金を置いて去りな!」

「まあまあ、そう怒らなくてもいいじゃないですか?」


いつも通りリンゴ二個、レモン一個をかごの中に入れ、お代を

テーブルの上に置く。それとほぼ同時に店主がそのお金を乱暴な手つきでとり数え始める。


「ちゃんとぴったりですよ。それでは私はこれにて。」


被ったフードを深く被り直し、スカートの裾を軽くあげ一礼すると踵を返した。

その場を去った瞬間、二人はまた耳打ちをし、こちらをみながらこそこそと話し出す。


「あの子本当に不気味だわー・・」

「いつもフード被ってて・・噂だと顔は見るに絶えない程の不細工だとか!」


聞こえてますけど・・?

わざと聞こえるようにしてるのかなと思うと少しだけ複雑な気持ちになる。

噂が噂を呼び、やがてどれが本当なのかわからなくなる・・

情報で溢れるこの商店街では魔女の次に「流行っている」噂はわたし「クリスティアナ」についての噂である。


魔女の弟子。


顔が不細工。


売っている薬はすべて偽物でどれも効かない。


顔を見ると呪われる。


近くにいれば不幸を呼ぶ。


どれも私の顔についての噂が多いのが気になる・・

いくらフードで顔を見えないようにしてるからって、少し言い過ぎなのでは?


でも、この町で買いものして数年経つけど・・いっかいも顔をみせたことがないって考えると変な噂が流れてもおかしくない・・のか?


顔の事はさておき、薬がどれも偽物でぼったくってるって話が一番気に入らないのかもしれない。

家事の次に好きなのは医学、薬草についての本を読むことだった。

それなりに知識もあるうえに、薬草は自分で育てている。

知識なしでは薬草を育てることはできない。

その事実だけでも立派な薬師であることが分かるはずなのに・・


「噂ってほんとに怖いわね・・」


溜息を吐き、ぼそっと独り言をこぼしていると町とはずいぶん離れた所にぽつりと建つ私の「店」にたどり着いた。

庭に育てた薬草の様子をみるついでに軽く水をやると少し古びた扉に手をかけ、中に入る。

私のお店は全体的に古く、今にでも崩れそうな感じはあるけど私はこの空間をとても気に入っている。

薬草の香ばしくも苦みのある匂いとほんのり香る薬品の匂い。私が数年かけて、

きれいにした甲斐があった。

邪魔なフードをとり、扉のすぐ横にある鏡の自分と目が合う。


「不細工な顔・・魔女の弟子・・」


鏡にうつる自分は・・なんというか・・


べつに目が潰れるほど(?)不細工なわけじゃないと思う・・多分。

うん。目は潰れない。絶対にだ

しかし。自分がフードを被ってる理由はふたつ。


一つ。自分の髪色が気になるから。


この国では珍しい白髪。

異端なものに対して厳しいこのアリアス王国では、珍しい髪色をしてるだけで上の人に目を付けられてしまう。こそこそ暮らしてるのに、

上の人に目を付けられるとか御免。

だから、お買い物や人前に出る時はフードを被るようにしてる。

プラス、西の森に近いアスタ村は常に警備が厳重で、あちこちに王都から送られてきた騎士がいる。少しでもこの髪色のことが分かれば、変なことしていなくても少なからず誰か報告はするだろう。


理由その2つ。




”魔女の弟子”・・・という噂は。あながち間違ってはないからだ。




「ちょっと嫌だけど・・帰りますか・・」


鏡をどかすとその裏に小さな犬の石造が置かれていた。

その石造の鼻を軽く押してみると。床が横に動き、暗闇へとつながる階段が広がっていた。


ためらうことなくいつものようにその階段を下っていくと、自動的に入り口が徐々に閉じていった。


最後まで閉じられていることを確認し、振り返るとそこにあったのはどこまでも続く薄暗い道と導かれているかのように壁に松明が所々設置してあるのだ。


初めて見たときはどれだけびっくりしたか・・その事を思い出すと少しだけ恥ずかしくなる。


「一番最初の松明から数えて・・2,3,4,5。」


一番最初の松明から5個目の松明。数えながら、道を進んでいく。

5個目の松明にたどり着くと、棒の部分を握り、それを下に下げる。


「よいしょっと」


目の前の壁が横に動き、私が一番大好きな空間が目の前に広がった。


薬草と本と、紅茶の匂いがする「我が家」にたどり着いた。


本が大量にあり、日差しが差していて温かみを覚えるリビング。

いろんな調味料や茶葉で溢れていて、かつ綺麗に整理整頓されているキッチン。

場所のあちこちに薬草とか瓶が散らばっているがその点も含めて、この空間が大好きなのだ。


「ふぅ、やっと落ち着けるわ~」


リンゴとレモンの入ったかごをテーブルに置くと、一人用のソファに腰をかけた。

肩の力を抜き、完全脱力状態!


目を閉じそのまま寝てしまおうかと思った矢先に良い匂いがふわっと香り、

目を開けた。


「あら、紅茶の時間かしら?」


すると、いつの間にかすぐ横のコーヒーテーブルに紅茶が置かれていた。

それをみて、ふふっと笑みをこぼし紅茶を口に運ぶ。


「今日は、アッサムに挑戦ですか?トールくん」


いっけん何もない空間。しかし、こんな私にも友達ぐらいはいるもの。

すこし、「特別」なお友達だけど。


「せいか~い!ぁ、デス!」


キッチンから顔を出してきたのは背丈が私とは変わらず、

赤黒い髪は無造作に一つ縛られていて、ほんの少しだけ目つきが悪い。

執事のような制服を着崩した青年だった。


「お、おかえりなさい、主。」


私の顔をみるなり、胸に手を当てて一礼する。


一緒にいて結構経つけど、敬語とマナーだけはまだまだ慣れないのか少しぎこちなさを感じる。


「ただいま、トールくん」


自己紹介が遅れたわね。

クリスティアナ、歳は19才。



みんなが数年前から噂していた「西の森の魔女」であり・・

この時代では珍しい「神力者」である。



”神力者”

そのままの意味だけど神力を扱える者のこと。


数百年前は神力をもつ者は多く、その力はいろんなことで使われていた。

日常的のものから医療系まで。人によっては様々な奇跡を起こすことができる。

不可能を可能にするちから。


「神力」はこの世を造った女神を崇拝する者しか得られない。と書物に書いてある。

今よりも昔の人の方が信仰深かったからなのか、今の神力者は格段と減っているのだ


しかし、他の書物では神力は受け継ぐものであり、昔の神力者がほぼ絶滅したから今扱えるものがほとんどいない。という諸説もある。


どんな理由があるにせよ、現状アリアス王国には神力者は10人しかいないこと。

そして絶滅寸前であること。


もちろんその十人に私は含まれてない。

理由は髪色と同じく、上の人に目を付けられるのが嫌だった。

教会に閉じ込められて、神力の研究を強制的にされるよりもやらないといけないことがある。


「てか、出かけるときはいつも言えって言ってますよね??」

「ぁっ・・ご、ごめんなさい?」

「ごめんなさい?じゃねぇわ!!です!」


ちなみ、怒鳴っていて口調がめちゃくちゃで、かつ優しい「特別な友達」は

トールくん。


彼が特別なのは理由がある。


「ト、トールくん心配してくれてるのはうれしいけど・・」


心配なんかしてねぇですよ!!とまためちゃくちゃな口調で反論をしてくるトールくんの頭にぽんと手を置くと、動きがぴたりと止んだ。


長年一緒にいるから分かる、これは照れてるね・・・

にまにまするのを抑え彼の頭を撫でた。


「家事手伝ってくれるのはうれしいのだけれど・・その体、疲れるでしょ?」

「!別に・・」


図星だったのか、目を激しく(?)泳がせている。

少しの間ためらっていると、諦めたのかはぁーとでかい溜息を吐いた。


ぽんっ!


すると、トールくんの体が光に纏われ、ぽん!という小さな音と共に

彼は背中に羽を生やす、小さく神秘的な姿に変わった。


「こっちの姿のほうが楽っちゃ楽だけどよぉ」


トールくんは私に仕える精霊なのである。


本で書いてあったけど精霊の力を借りることができるのは「精霊術」と呼ばれているそう。

これもまた神力よりも珍しいことらしい。

どうやら、現時点で使えるの聖シベリア教会の神官長「セシル・ルツ・トリストラム」だけ。


髪色とか、神力以前に精霊術ができるって話がバレたときはもう・・!!

絶対に教会に閉じ込められちゃう!それだけは避けたい!


そう決心したのはずいぶん前の事である。

あれこれ考えてるせいでぼーっとしていると、そのことにトールくんは

気づいたのか。


「むむっ!こんな姿でも怒鳴ってやるからな!!!なんで黙って森を出ようとするんだ!ですか!!」


あ、バレちゃった・・

(小さくなった方がダメージが少ないかなと思って・・)


申し訳なくなり、頬をぽりぽりと掻いてると、それも気に触ったのか、むすっとした顔で私のほっぺを伸ばしてきた。


「どんだけ危ないか、わかってるだr-でしょ!?ですよね?!」

「ご、ごめんなはいぃぃー・・!」


こ、これは言い訳が通じない時の怒りだ。


確かに、黙って森を出たけど・・今日だけ、じゃないか・・

その前の日も?・・そして、前々回も・・?


思い当たる節が多すぎて、なにも言い返せない。

ほっぺを引っ張られながら命乞い(?)をしてると、さすがにわかってくれただろうと思ったのか離してくれた。


「いだいよぉー・・」

「ちっっっとも反省をしないからだろ!ただでさえ記憶まだ全然戻ってないのに!ぁ、デスっ」

「・・・」


”記憶が戻ってない”その言葉を聞くとちくりと胸が痛む。

それに気づいたのかトールは少し複雑そうな顔をした。


「お、おれはただ何かあったら嫌だから・・」

「分かってるわよ、大丈夫。」



いつもこうやって世話をしてくれて、私の心配をしてくれるのは”目覚めて”からずっとトール君だった。


懐かしいなぁとつぶやくと優しく彼の頭を撫で、はじめて会った日のことを

思い出す。



九年まえ、私はこの家の近くで目を覚ました。

まるで長い長い眠りから目を覚ました気分だった。


『ここ・・どこ?・・何が起きたの・・?』


見覚えのない森、近くにある家にも見覚えがない。


当時10才だった私は親の姿を探そうと思ったが・・

どれだけ考えてもまったく思い出せなったのだ。


話し方、歩き方、自分の名前ははっきりと覚えてるのに・・・

親の顔、なんでここにいるのか。重要な記憶の部分だけまるで”誰か”にあえて抜き取られたみたいに綺麗さっぱり消えてる。


しかし、不思議と覚えてるものがひとつだけ。


《神託が下される時まで待つのだ。ティアナ》

    

そのセリフがずっと頭の中で繰り返され、当時若かったこともあり

恐怖しか感じなかった。


『ぅぅっ・・だれかぁ・・うぅっぐすっ』


普通の子供だったら、両親の姿を探そうとするが私は違った。


親の顔、ぬくもり、どんな事をしてきたのか・・すべてを忘れてるのに・・


そんな状態で親のこと呼んでいいのか?もしかして、親はもういないんじゃ・・?

あれこれネガティブな事を考えてしまって、その場で座り込んでひたすら泣き続けた。


そんな時だった。


『おーい、なに泣いてんだ?』

『ぐすっ・・だ、れ?』


目覚めた時から私の面倒を診てくれたのが炎の精霊「トールくん」だった。


『せなかにはね・・しかもキレイ・・』

『お、おう!ちゃんと俺のこと視えてんだな!!炎の精霊トールだ!』


なんの知識もなかった私はトールがいったいなんなのか、それについて聞くことはなく羽のキレイさ気をとられていたらしい。

おかげでトールの話をちゃんと聞いていたお利口さんだった・・とも言ってたなぁ。


精霊術は自身の神力を使って精霊を召喚し契約をするのが流れだけど、

トール君の場合は精霊界を統べる「精霊王」に命じられてきてくれたそうだ。


以来トール君は無くした記憶を埋めるかのように

この世界のこと、アリアス王国のこと、神力や様々な知識、そして一人で生きる術を教えてくれた。

まあ、そういう理由もあって私が一人で森をでると彼にこっぴどく怒られるんだ。


特に今は騎士団と傭兵団を合わせて動きが活発になっているからなおさら危ないとのこと。

なんていうか・・これ言うと毎回怒られるんだけど・・トールくんは親代わり?

みたいなものかな(これ言うと結構怒られるし、一週間ぐらい無視される)


懐かしいことを思い出しにやにやしてるとそれに気づいたトール君は頭でも打ったか・・?と言わんばかりの視線を送ってきた。


「あれ?そういえば、セフィナは?」


急に全てがめんどくさくなったのか、かごの中に入ったリンゴの上に乗り

あくびをし出したトールくんが「セフィナ」の名前を聞きなにかを思い出したのか


「セフィナなら情報収集に出かけたぜ」


それとほぼ同時に扉がガチャリと空いた。

噂をすればどうやらセフィナが情報収集から帰ってきたようだ。


「あ~あるじ~、かえってきたんですねぇ~」


家に入ってきたのは人間の姿になった、実際召喚した風の精霊「セフィナ」だった。


口調はとても穏やかで、腰まで伸びた髪は所々跳ねている。

どことなく緩さを感じるがそれとは裏腹にメイド服はきっちりと身に着けている。


私の姿をみた途端、ぽん!という音を立て精霊の姿に戻った。


「てっきりまだ町にいたのかと思ってぇ、探してたんですよぉ~」

「あはは、ごめんね?案外、騎士が多くて裏道通ってきたからすれ違ったのかも」


裏道とはお店とこの家を繋げる道のこと。


普段だったら人があまりいない所を狙って森を通っていくけど、

最近アスタ村は警備が厳重で裏道を通ることが多くなった。


裏道を使うと少量だけどちょっとずつ神力を吸われるから、その感覚があまりすきじゃないせいで普段使いをしてなかった。


ここで不思議の思うかもしれない”危険な森”なのに森から通っても平気なの?って。


実はここの魔物は私に近づくことは今までなかった。

実際出くわしたとしても、避けられて逃げてく。だから森から通っても大丈夫だったんだ。

その原因を探ろうとしたけど、今でも分かってない。何かが守ってくれてるのか、

それか私の神力の膨大さに怖がってるのか、

精霊と契約してるからかもって思ったけどセフィナとトール曰く、そんな事は

ないそうだ。


「それで、なにかいい情報は?いつもより時間かかったみてぇだけど」

「あのね~、騎士様がこっそりついてこうとするから巻くのに時間かかちゃってぇ~あ!リンゴだぁ!あるじぃ、今日はアップルパイ作ってくれるのぉ?」


うんうん、騎士様につけられたんだ~なるほどねぇ~


「うん~今日はアップルパイなのぉ~・・じゃないわよ!なんで?!怪しまれた?!」


あぶない、あまりにも口調が穏やかすぎて重要な問題を無視するところだった。

だけど、セフィナから焦りを感じられない。


「怪しまれたというかぁ~?」


指を顎に当てて、先ほど起きたこと思い出すセフィナ。


「なんかぁ、あるじのこと悪口いう人がいてねぇ~?ちょーっと懲らしめてやったら、騎士様に気づかれちゃってぇ~勝手についてきたのぉ~」


ちょっと懲らしめてやった・・・?


穏やかな口調のせいで、とんでもないことを言っていることを忘れてしまいそうになる。しかも、絶対”ちょっと”じゃない。


「お前、怪しまれることすんなって言っただろ!」

「え~・・あ!そういえばぁ」

「無視すんなっ!」


今度はなにを言い出すんだろ・・

さっきからとんでもないことしかいってないからつい身構えてしまう。

さすがにこれ以上とんでもない情報は出てこないだろうと半ば思っていたが


「神官さまに神託があったそうだよぉ」

「 「・・・え?」 」


セフィナがいった言葉に耳を疑い、思わずトールくんと目を合わせた。

今さっきの情報よりも百倍とんでもない情報だった。


唯一手がかりになる記憶・・


『神託を待つ』これだった。

私が言葉を失ってるときにトールくんがこのまま黙るわけがなかった。

驚きのせいなのかはたまた怒りのせいなのか、トールくんは小さな肩をぷるぷると震わせていた。


「そ、それを早くゆえーーー!!!!!」


そして、鼓膜が敗れる程大きいな声で叫んだ。


そのあと・・神託の話を詳しく聞かずセフィナは一時間ほどトールくんから

説教を受けていたのである。

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